自分と彼ら
ある朝、登校した空を待ち受けていたのは、他のクラスの女子たちだった。全員、髪型やメイクも完璧の女子力が高そうなメンバー揃いだ。
「小遊鳥さん、こないだの放課後高羽君たちと居なかった?」
席に着くなり周りを囲われその迫力に少し慄く。
「あ……はい」
「どうして!?」
「誘ってもらって……っ」
「どこ行ったわけ?」
「ファミレスと……ゲームセンターに……っ」
「へえ……ねえ、小遊鳥さんさ、高羽君達と自分が似合うと思う?」
「それは……思いはしませんが……っ」
「だよね? じゃあ、何で付いて行こうと思うわけ? 思った時点で帰んなよ」
思わない。けれど折角仲良くなれたき気がする彼らと一緒に居たいと思うのは駄目な事なのか……。
「——おい女子、虐めはやめろよな~!」
「ダセーぞ~!」
空の席が廊下側だったので通りかかった男子生徒達がそう言い去ると、その場全員の視線が空を囲う女子生徒たちに集中した。
「ち、違うわよ……っ!」
「イジメじゃないわよ!」
「そうよ……っ! ただあたし達は訊いているだけでしょう!」
口では否定を繰り返すが、視線に耐えられなくなったらしい彼女達が教室を去ろうとした時、教室の戸が外側から勢いよく開けられた。
「え……高羽君達……っ」
女子たちの顔が蒼白になっていく。そこに立っていたのは望夢達4人だった。
しかも、このタイミングで扉の前に居たということは、今までの会話が聞こえていない筈がない。
「他に聞きたいことは?」
「え……っ」
「無いなら今すぐ消えろ。——胸糞悪い。目障りだ」
望夢が最後の言葉を言い切った直後、戸口を蹴る音が室内に響いた。
「ご、ごめんなさい……っ!」
羞恥心と恐怖感で一杯になった女子生徒達はそれだけ言い残すと足早に2組の教室を去って行った。
「あ……」
朝から色々あり過ぎて困惑する空に、ゆっくりと望夢達が近づいてくる。
「小鳥、大丈夫か?」
「……高羽君」
「どちらかと言えば、望夢の一蹴りの所為で大丈夫じゃないよね。……空ちゃんおはよう。俺らの所為で朝から災難な目に遭っちゃったね」
「久遠君……」
「だから、女なんて嫌いなんだよ! 勝手にギャーギャーと騒ぎ立てやがって!」
「立谷君」
「嫌な想いさせてごめんね。これから、オレらで出来るだけ気を付けてみておくね」
「鳴瀬君」
話している間に4人に囲まれた。けど、さっきとは全く違う、安心感。
「……っ、みんな」
泣いたらさっきの女子達に悪い。そう頭では思っているのに、力が抜けて涙が溢れる。
「……ありがとう。私ね、みんなと全然違うけど……っ、一緒に居たいです」
涙を制服の袖で拭いながら伝えると、望夢が空の目の前に立って言った。
「誰も駄目だなんて言ってない」
「けど、他の人達はそうは思わないから……」
「そんな他人の意見は聞くな。俺らと居たいなら居ろ。自分の気持ちに従え」
言い終わるなり、今度はドカッと音を立てて自分の席に座った望夢と視線がかち合う。
逸らすことを許してくれそうにない強い目、でも怖いとは思わない。寧ろ、今の空にとっては大きな支えだ。
「私、みんなと出会えてよかったと、まだたった数日だけど思ってます……っ。私にとって、みんなはかけがえのない大切な人たちです……っ。だから、もっと仲良くなれたらと思うし……っ! みんなと居るために、私は自分で出来る努力をして……っ、これから近づいていけるよう頑張ります!!」
てっきり、褒められないにしても笑ってくれるかと思っていたのに、彼は笑うどころか渋面を作った。
「……たく」
「えっ?」
いきなり立ち上ったかと思えば、望夢に頭を無造作に撫でられた。
「もういい。解かった」
「あの、高羽君……」
「便所。ついて来るなよ」
「つ、付いていきませんよ……っ!!」
既に背を向けて歩き出した望夢に、空は真っ赤になりながらつい言い返した。
「——お前、キャラ崩壊してんぞ」
「立谷君……」
可笑しそうな顔をして自分の席に着く飛鳥を目で追う。
「俺さ、お前のことちょっと誤解してたわ」
「え?」
「卑屈でクソ真面目なだけの女だと思ってた。……俺は昔から女は嫌いだけど、お前、ガッツあるじゃねえか」
「立谷君……あの、」
「飛鳥でいい」
遮って投げられた声は、とても大事な言葉を云っていた。
「え、今……っ」
「仲間なのに苗字だと堅苦しいし、ムズ痒くなるだろ」
「じゃあ、俺もお願いしようかな」
飛鳥に続いて海も、空に笑いかけながらそう言った。
「ほ、本当に……? 嬉しい!!」
空は思いがけないプレゼントを貰った気持ちになり、満面の笑で喜んだ。
しかし、この時、空は知らなかった。
「……あれ? そういや、紫は?」
「望夢と一緒でトイレじゃないかな」
喜んでいた裏で、望夢と紫が不穏な会話をしていたことに。
・・・・・・
「望夢」
望夢はトイレではなく、屋上に居た。
そのことに気付かれ一瞬動揺するも、背後に立っていた人物に納得する。
「……紫か」
この男とは小学生の時から一緒に居る。
お互いの行動パターンはお見通しという訳だ。
「空ちゃん、可愛かったね」
「そうだな」
サラッと答えると、紫が目を丸くする。
「意外」
「何が?」
「てっきりはぐらかすかと思った」
紫がじっと顔を見ながら言ってみると、望夢が遠くを見ながら眉を下げ笑う。
「飛鳥相手だったらな。でも、お前には誤魔化しは効かないだろ?」
「まーね」
伊達に長く一緒に居るわけじゃないしねと、紫も一緒に笑う。けれど、まだ聞きたいことはあった。
「望夢が空ちゃんをあだ名で呼んでいるのは、予防線かと思っているけど違う?」
「予防線……」
「うん。安梨沙ちゃんに悪いから。空ちゃんを好きにならないための」
「……っ」
望夢は紫を驚きの表情で見つめる。
「俺的には空ちゃんは良い子だから、例え好きになってもアリだと思うよ」
「違う」
「そろそろ前に進んでもいいんじゃない?」
「駄目だ……っ!」
「……じゃあ、何で空ちゃんを巻き込んだ。酷くないか?」
紫から放たれた言葉に望夢は何も言えずただ立ち尽くす。
その様子を目の当たりにしても、紫は言葉を重ねた。
「あの子は、本当に生まれたての雛鳥みたいなものだよ。最初に出逢った望夢が自分にとっての全てだ。でも、それは空ちゃんの所為じゃない。お前が手を引いて、自分に振り向かせたからだ。今は大事な友達かもしれないけど、そのうちにもし望夢を好きになったら、空ちゃんが感情を表に出した時、お前は突っ撥ねる気か? ……俺は、そんなやり方は身勝手で、無責任だと思う。空ちゃんが可哀想だ」
「紫、俺は……っ」
「望夢、お前にだって幸せになる権利はある。迷うなら自分の気持ちに従え」
どこかで聞いたセリフに、胸が漬れそうなほどに傷んだ。
望夢は自分でもどうすればいいか分からなかった。
悔しいけれど、こんな時でも考えるのは、会って以来急速に自分の心を占めている一人の少女のことだった。初めて見たときの笑顔が頭から離れないのだ。