告白
時間はあっという間に経ち、とうとうステージ演奏20分前になった。
「空」
「空ちゃん」
名前を呼ばれた先には当日のヘアメイクをお願いしていた苑と暁の姿が在った。
「暁君、苑ちゃん!」
「「「よろしくお願いします」」」
空と4人が頭を下げると2人は頼もしい笑顔で頷いた。
「任せておいて」
「俺は補佐だけどな」
空は髪を緩く巻きポニーテールにして、薄く化粧をしてもらった。ピンクをベースにした衣装で、スカートは膝上丈のドット柄が可愛いチュールスカート。
4人はワックスなどの整髪剤で髪型を変えた。男子メンバーは空とは対照的に黒・白・銀でシックに仕上げたシャツとパンツ。こちらはストライプがアクセントになっている。
いずれも衣装は、衣装班が協力してくれた力作だ。
「良いねみんな」
「様になってんじゃねえか」
2人から称賛され、5人はお互いを見比べ満足気に頷き合う。
ステージパフォーマンス2分前。5人は袖で軽い円陣を組んだ。
<<お待たせしました!! 続いてのグループは、あの体育祭活躍メンバー勢ぞろいの1-2からskyblueです>>
「出たよ! 高羽君の彼女!」
「え、どれ!? ……ふーん可愛いじゃん(悔しい!!)」
「でも本当に歌えるの? 凄く大人しいって聞いたけど」
噂が広まっていただけあって会場は満席で、大勢の生徒や来客がこちらを興味津々で見つめていた。
「なんか、空ちゃんの注目度がずば抜けて高いね」
「望夢の彼女っいうのが大きいだろうね」
「鬱陶しいぜまったく」
「……空、大丈夫か?」
心配して声を掛けてくれた望夢に、空は笑顔で頷く。
「本当に不思議だけど、恐いって気持ちより、今はみんなと同じステージに立てていることが嬉しいの。大丈夫」
「そっか」
そう言った望夢は3・2・1カウントをとり、それを合図に空達の演奏は始まった。
「キャー!!」
「高羽君、久遠君、鳴海君、立谷君かっこいいー!!」
「小鳥遊さんだっけ、彼女歌上手いじゃん!!」
「衣装もキマッてるし、なんか……思っていたよりずっとお似合いだよね!!」
演奏に集中していた空は何を言われているのかなど知るよしもないが、舞台袖で見守っていた暁と苑は笑顔を浮かべずにはいられなかった。
「暁、空ちゃん変わったな。あんなに大勢の前で歌を歌う日が来るなんて」
「ああ。あいつらが居たからこそだ。この姿……大地さんが見ていたら喜んだだろうな」
「そうだな。でも、きっとどこかで見守っていると思うよ」
苑が空達を見つめたままそう言うと、暁も大地の顔を思い浮かべて頷いた。
・・・・・・
<<いや~スター性が抜群でしたね!! 今日イチの盛り上がりを魅せてくれたのではないでしょうか!! 1-2skyblueのみなさん、ありがとうございました!!>>
終わってみれば本当に長いようで、瞬きをするように一瞬にも思える、不思議な時間だった。
「空、やったな」
「うん!」
大きな歓声と拍手が自分に向けられている光景に、空は目頭を熱くした。それに、何だか夢のようで、終わった後の方が心臓がバクバクしている。
「嬉し泣きは許す」
わしわしと頭を撫でながら望夢に言われ、泣きながら笑みが零れた。
きっと自分はこの日のこの時を一生忘れないだろうと、胸に刻んだ。
そして、終幕を迎えた青宝祭。
<<青宝祭を終了します。ご来校の皆さま本日は誠にありがとうございました。生徒の皆さんおつかれさまでした。各自、片付けに取り掛かってください>>
校内アナウンスが終わると、賑わっていた校内も火が消えた様に落ち着きを取り戻した。
「あーあ、……終わってみればあっという間だな」
「イベントは大抵そんなもんだよ」
「こうなると片付けが面倒だよな~。やる気しねえ」
「派手にやったからな。やるしかねえ」
「けどさー、片すの勿体なくね!? 残してえー!!」
楽しかった分各方面からそんな会話が聴こえる。空は小ホールのゴミ拾いをしながら、跡形もなくなった空間を眺めた。
……本当に、夢みたいな時間だったな。
「空、どうかしたのか?」
「飛鳥君。うん。ちょっと……浸っていた」
「ああ。成程な」
言っていることを何となく理解してくれた様子の飛鳥が、同じように空間をみつめながら、空を一瞥して静かに口を開く。
「……なあ空、この後時間あるか?」
「え? あ、うん。どうしたの?」
「その、お前に大事な話があって……。出来れば二人になりてえんだ」
「話? うん、分かった!」
「悪いな。じゃあ、後で」
そう言うと、飛鳥は一足先に教室へ戻って行った。
話って何だろう?
一応、望夢に連絡を入れておこうとスマホを取り出す。
<今日はこの後用が出来たので先に帰ってください。ごめんね>
話の内容が分らない以上、飛鳥のことは伏せておいた。
<わかった>
教室にいる望夢から直ぐに返事が来た。短い文面だが、その向こうに優しい笑顔が思い浮かんだ。
「空、待ったか?」
屋上で待っていると飛鳥が現れた。
「大丈夫、待ってないよ!」
「そっか。……ゴメンな引き止めちまって」
「うーうん。でも、話って?」
ここへ来るまでに色々考えてみたが見当が付かなかった。
「もし言ったらどうなるだろうって、お前は困るかもしれないって考えたらずっと……なかなか言えなかった。でも、空が望夢と付き合うことになったって聞いて、もしも早く、俺も伝えていたら……何か違ったのかもって思うと、本気で後悔した……っ」
「飛鳥君……?」
珍しい強張った表情の飛鳥を心配に思いつつ言葉を待つ空だったが、次の瞬間、頭の中が真っ白になる。
「俺は、お前が好きだ」
「え……?」
「解かるか? 俺が言っている意味……。ただの、仲間としてじゃねえ、お前と望夢の関係と同じだ」
「……で、でも、飛鳥君、好きな人がいるって……っ。あれは……」
「お前のことだ」
「うそ……」
予想もしていなかったことに、空はそれ以上喋ることが出来なかった。しかし、脳裏には飛鳥のこれまでの言葉の数々が思い出される。
『お前は俺にとってたった一人の特別な女だ』 『俺なら……ムカツク』 『……誰にでも優しいわけじゃねえよ』 『モテたって、好かれたって……好きな女に想われなきゃ何の意味もねえ』
本当に……飛鳥君が……私を……っ?
「……お前が望夢のことが好きなのは十分知っている。今更どうこうとか……、そういう気持ちで言ったわけじゃねえんだ。俺なりのケジメっつーか……、このまま黙っていたら、また、お前は何も悪くねえのに変な態度とかとって傷つけちまいそうで……っ。困らせるかもしれないって思いながらも、青宝祭が終わったら告ろうって決めていた。――……驚かせて悪かったな! じゃあ!」
一体どんな言葉を返せばいいのか分らなくて立ち尽くしていると、飛鳥の方から居た堪れなくなった様子で話を終わらせると足早に立ち去って行った。
「……私、どうしたら」
1人になった屋上で、放心状態となった空は地べたにへたりこむ。
『俺は、この先何があってもお前の味方だ。もし、あの三人には言えないことがあっても、俺にだけは言え。遠慮なんかしなくていい、迷うな。お前が呼べば、どこへでも絶対に駆けつける。解かったか?』
ほんの数分前まで、この先も変わらず、5人で笑い合って居られると思っていた未来。それが、自分の選択で、もしかしたら失われてしまうかもしれないと思うととてつもなく怖かった。
「お? おかえり。打ち上げは無かったんだな」
帰宅すると、暁が不思議そうにしながらも変わらない笑顔で迎えてくれた。温かさに、張り詰めていたものが一気に抑えられなくなり、感情が涙となって溢れ出た。
「暁君……っ!!」
「……どうした?」
泣き続ける空を、暁は優しく背中を摩って宥める。
「私……どうしよう……っ」
「学校であいつらと何かあったか……?」
「今日ね……っ、飛鳥君に告白されたの……っ」
「……なるほど。そうか、やっぱり」
「え……っ? 暁君……知って……?」
何故か納得している暁に空の方が驚く。暁は空の顔を見て、空を連れだってソファーに移動すると、躊躇がちに静かな声音で打ち明けた。
「実はな、前々からそうじゃないかと思っていた。多分、苑も気付いている」
「苑ちゃんも……っ? えっ、どうして……!?」
「お前が動揺すると思って言えなかったけど……、いつか、お前が立谷に特別って言われた話を聞いたときに確信した。あいつ結構分りやすかったし」
「私……全然気が付かなかった。もしかして……望夢君達も気が付いているのかな……っ?」
暁に縋る様に訊ねると、口元を隠しながら苦い表情をみせる。それは肯定の表れだった。
「そうだよね……、気が付いていない筈がないよね。私が、鈍かったんだね……っ」
「空……」
「今思い返すとね、望夢君と付き合うことになったことを報告した時、飛鳥君……良かったなって笑ってくれたけど、機嫌が悪そうって言うか、様子が違ったの。私が何かしたのかなって思って、飛鳥君に会いに行ったら、何でもないって逆に謝ってくれた。……そのうえ、これからは一人で来るなって。望夢君との関係を気遣って、優しく諭してくれたんだ。……なのに、私は自分の事ばかりで、最低だ……っ」
「それは仕方ねえだろ? 人の気持ちなんて、言葉にして初めて解かるものだ。今回のことは誰も悪くない」
「でも……、飛鳥君にも望夢君にも、何て言ったらいいのか全然わからないよ……っ。2人はいつも顔を合わせれば喧嘩ばっかりだけど、本当は仲良しだって解かっているもん……っ! それに、2人が仲違いしたりしたら、紫君と海君まで傷つけることになる……。私なんかの所為で、大好きな人たちが傷ついたり、バラバラになるのは見たくない……っ」
空が口を引き結んで俯いたとき、暁は空の正面に片膝を着け、目線を合わせると真剣な顔で言った。
「空、私なんかって言うのは止めろ。お前がどんな風に思ったとしても、高羽と立谷は、そのままのお前を好きになってくれたんだろう。それなのに自分を卑下するのは、あいつらの想いを足蹴にするのと同じだ。2人に失礼だろ」
「暁君……」
「それと、立谷はどんなふうに言った? 高羽と別れて俺と付き合えとでも言っていたか?」
「うーうん……っ。私が望夢君のことを好きなのは十分知っているから、ケジメだって……。あと、このまま黙っていたら、また私に変な態度とかとって、傷つけるかもしれないからって……っ」
「そうだろう? あいつは全部解かっているよ。自分が傷つくって解かっていても、お前を無暗に傷つけてしまうよりはマシだって、正面から気持ちを伝えてくれたんだ。……だから、空も周りがどうとか抜きにして、あいつと向き合って、素直な想いをちゃんと伝えてやれ。立谷はきっと、お前から何か言ってくれるのを待っている筈だ」
「うん……、そうだね。私……明日飛鳥君と話してみる。暁君、ありがとう」
「どういたしまして。……じゃあ、腹も減ったし、飯にするか?」
「うん」
空は、自分のやるべきことがハッキリ分った今、涙を拭って前を向いた。
飛鳥君、今日は何一つ言葉を返すことが出来なくてごめんね。私、明日になったらちゃんと、自分の口で伝えるから! 待っていてね!!
・・・・・・
一方、同じ頃。
「――ちょっと、人の部屋で反省会するの止めてくれない? 鬱陶しい」
海は、勝手に上がり込んだうえ、人のベッドに顔がめり込みそうな程横になって突っ伏している親友に、ため息を交えながら呆れ気味に声を掛けた。
「……この、サドめ。人が落ちているときくらい、気の利いた言葉の一つも掛けられねえのかよ」
「何で落ちるわけ? ちゃんと気持ち伝えられたのに。有言実行したじゃん」
「そうだけどよ……でも、ほぼ言い逃げで、空のこと困らせちまった……。あの時の空の顔が頭から離れねえ……っ。明日、もしあいつが学校来なかったり、避けられでもしたら……っ、俺はどうすればいい!?」
「そんなの、待っていればいいじゃん」
「え!?」
海の意外な言葉に、飛鳥は思わず、勢いよく身を起こした。
「空ちゃんは人の気持ちを無下にするような子じゃないでしょ。驚いたり困ったって、今まで友達としか見ていなかった相手から告白されれば当然だよ。時間はかかっても、彼女からの言葉が聞けるまでは、普通にして待っていればいい。それが、お前がすべきことだよ」
「……くそー。なんか、お前かっこいいな……。ムカツク!!」
「そ? 飛鳥がかっこ悪いだけじゃない?」
「おま……っ、今それを言うのは鬼だろテメエ……っ!!」
「くよくよしていた罰だよ」
海は、どんな形でも飛鳥がいつもの騒がしいテンションに戻ったことにホッとしながら、本心は気付かれないように、一言そう言って舌を出して見せた。