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Paradise  作者: 香澄るか
21/42

困惑

「——で、やったのはどこのどいつだ?」


 保健室に移り、早々に保険医の処置を受けた空の前に、険しい顔付きの望夢と飛鳥が仁王立ちしていた。


「1年6組の相沢グループだよ」


 そう答えたのは、桃加。空は、相手の女子生徒達が何組なのかも知らなかった。


「相沢?」


「うん。相沢エリナ。他3名かな? 1年6組の女子の中で1番派手なグループ。……ちょっと言いにくいけど、高羽君ファンを公言しているメンツだよ」


「俺? つーか、ファンって……何だそれ」


「あれじゃない? 体育祭」


 そう言ったのは、紫。その言葉に、周りは納得した。


 元から望夢は女子からの人気があったものの、体育祭以降その支持率は上昇する一方だった。何度か告白の為に呼び出されたこともある。


「じゃあ何か? 今回の件は、望夢のせいなのかよ」


「いや、高羽君の所為ってわけじゃ……っ。でも……あの子達は、空ちゃんを高羽君の彼女って知ったうえでぶつかってきたみたいではあった」


「うん。別れて欲しいとまで言ってた……っ」


「マジかよ……」


 桃加と月菜が言葉を濁しながら伝えると、望夢は明らかにショックを受けていた。その表情を見つめる空も、胸が張り裂けそうに傷んだ。そのまま見ていられなくなった空は堪らす望夢に駆け寄った。


「望夢君、私は大丈夫だよ!」


「空……けど、お前……」


「この傷は自分で受けたものだし、私は自分のしたことを後悔はしていないから。1つ悲しいとしたら、それは今回のことで望夢君が自分を責めて苦しむこと」


「空……」


「……自信は無いんだよ。自分でも望夢君と釣り合っているとは思えないし。……けど、好きだから。私から望夢君の側を離れることは、絶対無いので!」


 そう言うと、空は望夢の手を掴み柔らかい笑みを浮かべた。それは、空自身は解かっていないが、周囲が息を呑むほど綺麗だった。


 望夢は内心この場が二人きりじゃないのを悔やんだが、空の言葉に何よりも救われた。


「お前は……どこまでもカッコいいな。そんな女だからホレたわけだけど」


「えっ?」


「おいお前ら……、俺らが居ること忘れんじゃねえぞ……!?」


 青筋を立てて今にも暴れ出しそうな飛鳥を海がドウドウと諌める。直ぐ側ではぷっと吹き出す紫と、興奮気味に2人を見つめる桃加と月菜。しかし、望夢は言いたいことを言って満足げで素知らぬ顔だった。


 ただ1人心臓がうるさい空だったが、空もまた、大事な人の言葉に勇気をもらい心を強くした。





「あーあ。恋っていいねえ~!」


「「え、どうしたの?」」


 急に笑い出した桃加を、空と月菜の2人がきょとんと見つめた。


「だって『お前は本当にカッコいいな。そんな女だからホレたわけだけど』って、少女漫画かって! 最高! あたしも言われてみたい!」


「な……っ! 桃加ちゃん!? 何でそれ!?」


 突然桃加の携帯から発せられた望夢の音声に、空は口に入れた飲み物を危うく噴出しかけた。


「さっきコッソリ録音しちゃった!」


「え!? 直ぐ消そう……っ! ね!?」


「え~勿体ないよ~!」


「ダメ~……っ!!」


 顔を真っ赤にしながら空が抗議すると、桃加は笑いながら消してくれた。と見せかけ、空にデータを送ってから、漸く消してくれた。送られても再生するタイミングが無いのだけれど。


 空は暫く悩ましい顔で音声データと見つめ合った。


 因みに3人は今、学校近くのカフェでプチ女子会を催していた。


「でも、空ちゃんって愛されているよね~羨ましい」


「る、月菜ちゃん?」


「桃ちんじゃないけど、私も憧れるわ」


 月菜が空にじっと視線を送って来るので、空はどう対処すればいいか分らなかった。でも、桃加が次の瞬間思いもよらないことを口にする。


「……けどさ、空ちゃんって、立谷君にも超絶大事にされてない?」


「え?」


「あ、それは私も実のところ思った。あの女嫌いの立谷君だから余計にそう思うのかもしれないけど、あんなに怒るなんてビックリしたもん」


「高羽君に対しても凄い怒っていたし」


「それは……、飛鳥君は友達だし、私のことを女子の中では特別って思ってくれているからで」


「「ん?」」


 何故か同時にこっちを見た2人に、空は不思議に思って首を傾げる。


「どうしたの……?」


「いや……ちょっと、引っ掛かったから」


「立谷君が何だって?」


「……私のことを少し前に、俺にとってお前はたった一人の特別な女だからって言ってくれたの。女の子が嫌いな飛鳥君にとって、私は唯一普通に話せる女友達ってことだから、それで色々心配してくれているんだと思う」


「「……空ちゃん、それ、本気で言っている?」」


「え……?」


 今の言葉の何がいけなかったのか全く分からないでいる空を見兼ね、2人はキョロキョロと辺りを気にした後、何故か声を抑えながら言って来た。


「空ちゃん……、それ、違うから……っ! そう思っているのは空ちゃんが鈍……恋に免疫がないからだと思うんだけど、それは仕方ないけど……っ、絶対今の話は望夢君にはしない方がいいよ! もちろん、私達以外の誰かの前でも!」


「え……っ?」


「立谷君の想いを私達が勝手に云うのはおかしいから詳細は伏せるけど、間違いなく、修羅場になるから……っ」


「しゅ、修羅場……っ?」


 2人の口から出た予想も出来なかったワードに、空はただただ困惑するばかりだった。けれど、その後何故そうなるのかを詳しく聞こうとしても、2人は絶対に口を割ろうとはしなかった。


 空は仕方なく消化不良な想いを抱えたまま帰宅した。


「ただいま……」


「お帰り。って……おい、その顔は何だ?」


「え? あ……っ」


 桃加たちの話で頭が一杯で、1番注意を払わないといけない人物がいたことが抜けていた。


 大きなシップが貼られた頬を咄嗟に手で隠すも、暁は当然だが見逃してはくれなかった。


「今日学校で何があった? 隠さず話せよ」


「はい……」


 空は暁の気迫に圧され、今日のことを全て打ち明けた。


 暁は全て聞き終えると険しい顔で溜息を吐いた。


「……なるほどね」


「暁君……あの、望夢君の所為ではないよ……っ? 怒ったりとかは」


「しねえよ」


 暁の返答にホッと胸を撫で下ろすも、暁は続けてこう言った。


「ていうか、もう電話もらったし。内容はお前から聞くつもりで訊き出さなかったけど」


「え!?」


「多分お前がどんなに許しても、あいつのなかではそれと俺に対してのけじめは別物だと思っているんだろうな。こっちが居た堪れないくらい、しっかりしている奴だよ」


「……望夢君」


 暁の言葉を聞き、望夢の顔が浮かぶと無性に会いたくて堪らなくなった。


 しかし、今日の桃加と月菜の話を思い返すと気が引けてしまう。


『空ちゃん……、それ、間違った解釈だから……! そう思っているのは空ちゃんが鈍……恋に免疫がないからだと思うんだけど、それは仕方ないけど、絶対今の言葉は望夢君には伝えない方がいいよ!』


 私にはまだ、2人が言いたいことが分からない。


 それなのに望夢君と会ってしまうと、余計な言葉を口にしたり不快に思わせることがあるかもしれない。


 ふと、そう思ったら、飛鳥の言葉を思い出した。


『違うっつの。……あのな、もうお前は今までとは違うだろ? 立場が。 ……付き合っている男が居んのに』


『俺が彼氏だったら……、好きな女が自分の知らない間に別の男の家に行くとか……すげえムカツクと思う』


 もしかして、そういった事なのだろうか?


 付き合っている人が居るのに、他の人から特別だと言われたことを喜ぶのは、相手《望夢》に嫌な思いをさせてしまう可能性がある?


「ねえ、暁君」


「どうした?」


「暁君は彼女いたことある?」


「……何だよいきなり」


「ごめん……っ、ちょっと聞きたいことがあって」


 一瞬固まった暁だったが、空の様子を察して優しく聞き直してくれた。


「どうかしたのか?」


「た、例えば……付き合っている彼女が、他の男友達に特別だって言われたこと話したら……怒るかな?」


「応えてやるから、誰に言われたかを教えろ」


 例えばと前置きしたにも関わらず、暁にはお見通しだったらしい。観念した空は静かに告白した。


「……えっと、飛鳥君」


 すると、暁の顔が曇った。


「え? どうしたの……?」


「いや……」


「暁君?」


 気になって呼びかけると、暁は一度背を向け煙草に火を点ける。それからしばらくして漸く口を開いた。


「さっきの答えだけどな……、高羽には話さない方がいいと思うぜ」


「え……っ?」


「お前が嬉しかったのは解かるけどな。高羽はきっと……お前と一緒に喜んではくれねえはずだ」


「そ……そっか。やっぱりなんだね。わかった。言わないでいる。……暁君、ありがとう」


「おう。すぐ飯作るから、着替えて来いよ」


「うん!」


 空が部屋へ行くのを見届けると、暁は顔を片手で覆いつつ、苦笑交じりに溜息を吐いた。


「マジかよ……」



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