決別と得たモノ
「空ちゃん、こっち!」
放課後、再び沙梨と連絡を取り空は望夢達4人を連れ沙梨と合流した。
「沙梨ちゃん!」
しかし、彼女が指定した場所はカラオケ店だった。
しかも集まったメンバーは、体育祭の演舞の件が絡んでいる筈が何故か女子だけ。
「……マジ、意味分からねえぞ」
ただでさえ女嫌いで音〇な飛鳥は、場所と顔ぶれのダブルパンチでテンションが下がるどころではない。
「飛鳥、まだ来て1分も経ってないんだからここは堪えて」
「……っ、解かってるよ! けど何だよこれ? 女ばっかだし、本当に体育祭の話する気あるのかよ?」
海の指摘もありどうにか冷静に努めようとする飛鳥だが、その表情は険しい。
「うーん……そこは確かに疑問だね」
「あの子が原沙梨ちゃん?」
「みたいだな」
空が沙梨と話しているのを離れた所から見ながら、望夢と紫は顔を見合わせる。
「空ちゃん連れて来てくれてありがとう!」
「あ、うん……。でも、男の子は居ないの……? みんな女の子だけど……体育祭の話とか」
「言ったでしょう。会いたがっているのは友達だって! そんなの後でいいから、それより、早く座って! 時間勿体ないから喋ろうよ!」
「え……っ、そんなのって……」
空は何とか話がちゃんとできないかと思うが、沙梨の友達だという少女たちは挨拶も無いままスマホを手にし、しきりに望夢達を撮っていた。
「沙梨あんた、よくやったね!! マジで連れて来てくれるとか凄すぎ!!」
「生で見たらヤバい!!」
「流石、大国中で有名だった4人だね!! 最強メンツ!!」
「沙梨にはマジで感謝だわ!! 他の子に自慢できるし!! ありがとね!!」
気が付けば、カラオケルームには乾いたシャッター音だけが響いている状態だった。
流石に、この異様な状況は空でも口を開かずにはいられなかった。
「あの、沙梨ちゃん、これ…どういうことか説明してもらっていい?」
「へ? 何が?」
「だって……、この状況おかしいでしょう……?」
「だから言ったじゃん。みんな、彼らのファンなんだってば」
「それは聞いたけど……っ、でも」
「あの子達、クラスの中でもダントツ目立つメンバーなの。これであたしは一目置かれて学園生活も心配ないと思う。ありがとね!」
困惑していた空に言った沙梨の言葉は、空の抱えていた不安を一気に明確にした。
「沙梨ちゃん、もしかして……っ」
そこまで、口にしかけた時だった。
「——いい加減にしろよ」
望夢が口を開いた。
「来た途端許可もなく好きなだけ撮りやがって。俺らは見世物じゃねんだよ! 第一、礼を言う相手も違うだろ! 俺らはこの女に呼ばれたから来たわけじゃない。そこに居る、空の頼みだから来ただけだ」
続いて、飛鳥が口を開く。
「当然だろ。そうじゃなかったらこんな場所誰が来るかよ!! 吐き気がするぜ!!」
すると、飛鳥の言葉を聞き海が珍しく頷く。
「言い方には問題あるけど、今回ばかりは俺もこいつに同意だな」
「折角先輩達に掛け合ったのに、体育祭の話をする気まったくなさそうだしね。こういうの、側から見たらとても醜いよ? 誘うならもっと正直に、こんな小細工しないで言うべきだったね。…もっとも、こんな集まり更々行く気は起こらないけどね」
最後に爽やかな笑顔とは裏腹に痛烈な言葉を浴びせた紫の一撃により、女子たちは完全に正気を失った。
彼らと少女たちを見つめ、空も目の前の沙梨に、ずっと心にあった想いを吐き出す。
「折角仲直り出来た沙梨ちゃんの為になればって……そう思ったけど。……みんなね、この時の為に先輩や先生にデータを借りに行ってくれたり、出来る限りのことをしてくれたんだよ? それなのに会うなり黙って撮影をしたり、肝心の体育祭については後回し……。そんな扱い、どう考えたって失礼だと思う。みんながあの体育祭でどれほど大変な思いをしながら頑張ったか、それを知っているからこそ私は……沙梨ちゃん達がしたことが簡単に許せないよ……っ」
気が付けば、悔しいのと悲しいのとで涙が溢れた。
「空ちゃん……!」
「泣かないで……っ」
「クソ!」
空の泣き顔を見て紫・海・飛鳥の顔が険しく歪む。
「……空、もういい。帰ろう」
「うん‥‥」
望夢に促され、涙を拭うと、空はゆっくり出口へ歩き出した。その時、後ろから声が聴こえた。
「……じゃない」
「沙梨ちゃん……?」
振り返ると、さっきまでとは違ってこっちを睨み付ける沙梨が居た。
「調子に乗って説教なんかやめてくれる……? 高校でちょっと変わったからって、ムカツクのよ。中学の頃は一人じゃ友達も作れなかった陰キャのくせに! 言っておくけど……っ、あたしは、あんたを友達と思ったことなんて一度も無いから!!」
「沙梨……ちゃん……」
「今回のことも、たまたまあんたが青宝に居るっていうから使えると思って、仲直りしたいって言うのに話を合わせただけだし!!」
「そんな……」
「てめえ……っ、やっぱり本性隠してやがったな!?」
空の傷ついた表情を見て、飛鳥が怒りで拳を握る。
それを見てすかさず海が飛鳥を止めに動く。
「飛鳥、女の子には何があっても手を出しちゃだめだからね」
「チッ。……お前、自分が女だったこと感謝しろよ。男ならタダじゃ済まねえ!」
鋭い飛鳥の目が真っ直ぐ沙梨を射抜くと、沙梨の肩がビクッと揺れた。
「何で……っ。なんでいつもあんたばっかり護られて、どうして、あたしだけがこんな目に遭うのよ……っ? あいつも……、有馬も口を開けばあんたのことばかり……っ!! どいつもこいつも、こんな地味で暗い女のどこがいいのよ!?」
「沙梨ちゃん……、どういうこと? 有馬君が……私を護って……?」
信じられない話に驚きを隠せない空に対して、沙梨が不敵に微笑む。
「おめでたいよね……。もう二度と会うこと無いと思うから教えてあげる。中学の時、あんたを虐めていた連中は、本当は裏であたしが指示していたの。有馬があたしのことを追い出したのは、それを知ったから。あたしがあんたに近づかないようにする為よ」
「そんな……っ」
「あたしはあの頃、有馬の奴にあんたの前から消えるよう裏で散々脅されて、精神的苦痛を味合わされた。だから、誰にも転校のことを告げずに、離れて暮らしていた父親のもとへ行く羽目になった。有馬の奴は、完全に頭イカれてんのよ。あんた以外の人間はどうなったっていいって、マジで思っている人種。あたしが転校する日の間際まであいつは言っていた。『もし、また小鳥遊に近づいたら何するか分らねえ。忘れるな』って。だからあたしはずっと、あいつの陰に怯えてた……っ!」
「有馬君がそんなことを……っ?」
「あいつは悪魔なのよ……っ! ……でも、同時に不憫な奴よね。そこまでして好きな人を護っていたのに、全くその想いは届いていない。それどころか、嫌われていたんだものね……。ふふふ、いい気味。あんたが有馬に嫌いって言った時のあいつの顔、思い出すと今でも笑える! 傑作だったわ!!」
「てめえ……っ」
「沙梨ちゃん!!」
沙梨が高笑いをしている様に4人が激昂した時だった。視界に人影が動くのを捉えた直後、ぺチッと、軽く叩く音が聴こえた。
それが、空が沙梨の頬を叩いた音だと気付くのに時間はかからなかった。
「空ちゃん……」
頬に手を当て呆然とする沙梨に空は笑って見せた。
「やっと名前、呼んでくれた」
「は……?」
「あんたって呼ぶから。……私のこと、中学の頃名前で呼んでくれたのは、沙梨ちゃんだけだったの。知っていた? 私ね、沙梨ちゃんに名前で呼ばれるたび、とても嬉しかったの」
「……馬鹿じゃん。あたし、裏で虐めていたって話したよね?」
「うん。……ショックだったよ。それに、こう見えて、私怒っているの。……だから、ほっぺはその分の仕返し」
そう言って空が沙梨の頬を示すと、彼女の目に動揺の色が浮かんだ。
「は……っ?」
「もう、これでお仕舞。残念だけど……沙梨ちゃん、私はもう金輪際、沙梨ちゃんに友達になってとは言わない。連絡もしない。……関係を、本当の終りにするの」
「ば……っ、馬鹿本当に!! 温いのよ……!! だからあんたのこと嫌いだったの!! 虐めたの!!」
「うん……、私も、思い返したらあの時の自分は好きじゃなかった。自分が好きになれないのに、他人に好かれなくて当然だと思う。でも、私はあの頃、沙梨ちゃんが居たから……、例え偽りの友達だったとしても、諦めずに学校に通い続けることが出来たの。その事実だけは、沙梨ちゃん本人にも変えられない」
「空ちゃ……」
衝撃で言葉にもならない沙梨に、空は静かな瞳で見つめながらゆっくりと近づいていくと、そっと彼女の身体を抱きしめた。
「沙梨ちゃんバイバイ……。大好きだったよ……」
「……っ!?」
それは、見守っている望夢達にとって、一瞬のようで長い時間にも思えた。
「……今度こそ、帰るね。さようなら」
そう言い残すと、空は自分の荷物を手に、ゆっくりと部屋から出て行く。
その姿を、沙梨は呆然と見つめていた。
飛鳥・紫・海の3人も空を追って部屋を後にするなか、ふと、望夢が立ち止って沙梨を振り返った。
「お前、気付いてないだろ。空が何故、お前を叩いたか」
「え……?」
「お前の為だよ。さっき、俺か飛鳥が、一歩出る寸前だった。もしあそこで空が出ていなかったら、お前は今の状態じゃとてもいられなかった筈だ。……それに何より、あいつが敢えてそうしたのは、自分が一番、苦しむからだ」
「どういう意味……?」
「大好きだった。虐めていたと言われてもあそこまで言う奴が、ダチを叩いて平気でいられると思うか? お前が罵倒しなくても、余計な真似しなくたって、一言苦しかったと言えば、それだけで十分あいつにはお前の痛みが届いたんだよ。あのビンタは、お前への罰じゃない。自分への罰だった」
「……嘘……っ」
望夢の言葉に衝撃を受けた沙梨は、自分の口元を震えながら覆う。
その様子を伺いながら、最後に、望夢は静かな声音でそっと告げた。
「お前、俺達が今過ごしているより長い時間あいつと居たのに……勿体ねえな。——俺は、あいつ以上のダチ作る方が、この先難しいと思うぜ」
そして、望夢は今度こそ、空達が待つ方へ姿を消した。
「う……うぅ……っ」
誰も居なくなった静けさの広がるカラオケルームで、店の雰囲気に似つかわしくない、少女の泣き声がやけに大きく聴こえた。
・・・・・・
「空」
後から追って来た望夢の姿を見ると、店の外で待っていた空は安心感で包まれた。
「望夢君、待っていました」
「え?」
「みんな一人一人心強いですけど、やっぱり、4人揃っているのが一番、安心します」
そう言って笑うと、望夢は空の手を取って言った。
「遅くなってごめん」
「うーうん。……沙梨ちゃんに、話してくれたんだよね? 私が言えないことを」
「空……」
「望夢君、みんな、今回は迷惑をお掛けしてごめんなさい。でも……っ、私はみんながいてくれなかったらあの場でしっかり立って居られたか分らなかったです。一緒にいてくれて……本当に、ありがとう」
「空、お前はカッコいいぜ」
「飛鳥君……?」
思いもよらない言葉に目を丸くすれば、ニッと笑って、みんなの前であるにも関わらず頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「俺はあの時、手が出る一歩手前だった。怒りに任せて、つい力でどうにかしてやろうとしていた。けど、お前は……一番腹が立っている筈なのに、苦しいくせに、あの場の誰より冷静だった。俺は、お前のこと凄いと思うぜ。マジで、尊敬する」
「そ……っ、そんな……私、大層なことは……っ」
飛鳥の勢いとは反対に、どんどん恐縮する空に、他のメンバーも口を開く。
「空ちゃん、俺も同じ想いだよ。飛鳥が言ったこと、本当にそう思う。俺なんて、ごちゃごちゃ考えて、ロクに何も動けなかったし。逆に情けなかったよ。それでも、一番大変な空ちゃんの言葉で、励まされた」
「海君……」
「飛鳥を基準にして考えるのは良くないかもしれないけど、こいつが女の子にそこまで言うのって、天地がひっくり返ってもあり得ないくらいの確率だから、空ちゃんは、人間的に素敵な才を持っていると思うな」
「紫君……」
「空、お前は何度言葉を伝えても自分の良さを実感できないみたいだけど、俺ならさっきの場面で絶対にあんな真似は出来ない。だから…頼むからもっと自分を肯定して、自分へ優しくしろ。お前まで、自分を虐めぬくことねーんだ」
「望夢君……」
「空、もし自分に自信が無くなったら俺らに言え。今みたいに、お前を見て来た俺達が、どれだけお前がすげえやつかを確り教えてやる! お前の知らないお前すら、沢山教えてやる! それで、俺達にとってお前がどれだけデカい存在かっていうことも伝えてやる!」
「……望夢君、みんな……っ、ありがとう。ありがとう……っ!」
空は、拭っても拭っても止まらない涙で濡れた顔で笑顔を浮かべ、精一杯、思いのたけを伝えた。
そんな空が、過去に全て終止符を打つ為、彼らと向かった場所があった。
それは、来栖高校。
「——いっぱいお供引き連れて、宣戦布告の次は、人の学校に殴り込みか?」
「……有馬君」
有馬を前にして、空は一瞬気持ちが怯みかけるも、後ろを振り返れば彼らが居るそう思えば、自然と俯いていた顔が持ち上がった。
「何か用かよ?」
「……有馬君、確かめたいことがあるの」
「何?」
「……中学の時、原沙梨ちゃんを転校に追いやったのは、沙梨ちゃんが裏で私を虐めていた主犯だったから? それに、当時私に優しくしてくれていた先生を辞めさせたことも……、本当は、何か正当な理由があったの?」
「それ……誰に聞いた? まさか、あの女と会ったのか!?」
涼しい顔をしていた有馬の顔がどんどん険しくなっていく。
その表情が、隠れていた真相を語っているようで、胸が疼いた。
「もう大丈夫。……ちゃんと、縁は切って来たの。会うことはもうないよ。それよりも……有馬君、私……全く知らなくて、知ろうともしてもいなかった。本当のことから目を逸らして、全力で護ってくれていた人をずっと傷つけてた……。謝っても今更遅いかもしれないけど、本当にごめんなさい……っ」
「馬鹿じゃね? 俺なんかに謝ったりして……」
謝る空に対し困った様に笑いながら有馬は言った。
「有馬君……っ」
「俺がしたことは例えどんな理由を付けても、お前を悲しませたことには違いないんだろう。だから別に、謝る必要なんてない」
「何で、私……もっと有馬君のこと、解かろうとしなかったんだろう……っ」
「理解する必要なんてねーよ。あの時のお前と俺は立場が違い過ぎていたからな。理解できるとも思えねーし。いいんだよ。過ぎたことは、取り戻そうとしなくても」
「……ごめんなさい」
「お前、俺の前じゃ恐がるか、泣くかしかしないな。おまけに謝罪までしやがって。その方がムカツク。——まあ、でも……これで漸く、気持ちにケリが着けられるってことか」
「え?」
何を言っているのか分かっていない空を一瞥した有馬は、スマホを取り出すとデータフォルダを開き、画面から目を離すともう一度、今度は真っ直ぐに空を見て告げた。
「小鳥遊、俺はお前のことがずっと好きだった」
「え……っ?」
衝撃を受けたのは後ろの4人も一緒で、誰一人固まって何も言えないなか、有馬だけがフッと笑みを零し、懐かしむような目をして続ける。
「誰も見ていなくても花壇の手入れをしたり、教室の花を変えたりするところ。顔に似合わず馬鹿にされたら直ぐ怒るところ。一生懸命に話すところ。笑ったら……花が咲いたみたいになるところ。……全部が、好きだった」
「あ、あの……っ」
「大好きだった」
「有馬君……っ」
「驚かせて悪い。でも……やっと、言えた」
そう言った有馬は、空が初めて見る、弾けるような笑顔だった。
その笑顔を見て途端、空のなかで、彼との日々が走馬灯のように蘇る。
『お前、小鳥遊空だよな?』
『……え?』
中学の時、クラス替から暫くしたある日の帰り道。急に声を掛けられたことに驚いていたら、名札を渡された。
『落としたぞ』
『あ……ありがとう。私の名前、知っていてくれて……っ』
『は? そっち? ……お前、面白いな。当たり前だろ。同じクラスだし』
何を言っているくらいの顔で言われたことに、とても衝撃を受けた。
<<ねえ、この小鳥遊空って誰?>>
<<こんな人、うちのクラスにいたっけ?>>
大抵の人は、こっちが普通の反応。空は空気のような存在だったし、自分もそう感じていた。
『有馬君は……有馬……ゆう?』
『違う。悠』
『そっか……有馬悠……君……』
この日から、有馬とは男子で唯一話をする仲になった。
文化祭前に、こっそり練習をしていた時だった。
『小鳥遊、みっけ』
『有馬君……っ。今の聴いていた……?』
『お前歌上手いな。合唱部でも入れば?』
『……えぇ!? 私なんて無理……っ!!』
『ムリかどうかはやってみないとだろ?』
『結構です』
『……鉄壁の女だな』
彼だけが、思えば自分の良い所を引き出そうとしてくれていた。
自分はムリって決めつけて、考えてみようともしなかったあの頃。
でも、自分は変われると分かった今、それをしていたら、過去は色々違っていたのかもしれない。
『沙梨ちゃんに……何をしたの?』
『別に。あいつがウザいからビビらせただけ』
『有馬君は……っ、私のことが目障りなんでしょ? どうして私じゃなくて、私の周りの人に酷いことするの……っ?』
『お前に言ったところで無駄だから。分からないなら黙って見ていろよ』
『黙ってなんて……。誰かを傷つける有馬君を見たくなかった……っ。有馬君なんて大嫌い……!!』
過去の黒い闇に覆いかぶさられて忘れていた。
あの時、自分がああ言ったあと、彼がどんな表情をしていたのかを。
『……そうかよ。そうやって、お前は俺のことを憎めばいい。そしたら……』
「——そしたら……、忘れるよ。嫌な事、全て……っ」
どうして、あの日の言こと、言葉全て忘れていたのだろう。
自分に、腹が立ってしょうがない。
「小鳥遊……?」
「有馬君が言ってくれた言葉に込められた想い……今、やっと気付けたよ……っ」
空は、涙でぐちゃぐちゃになった顔を、有馬に向けた。
ずっと、自分が悪者になって知らない所で護ってくれていた。こんなにも大切に想って貰っていたことに気が付けなかった。
「ごめ……っ、ごめんなさい……っ」
「小鳥遊……」
有馬は自分の顔を手で覆って泣き崩れる空の腕を取り、そっと自分へ引寄せた。
「もう……いいから!」
「うぅ……っ」
「何もかも、過去に置いて、お前は今から新しく歩き出すんだ。笑え」
「でも……っ!」
「言っただろ。好きだった、大好きだったって。これで、俺も過去の自分の想いと切り離して、漸くお前と向き合うことができる」
「有馬君……っ」
「言っておくけど、今も、すげえ好きだ。忘れようとしたけど頭から離れなかったほど。--でも今までは、好きだという気持ちと同じくらい、お前が憎かった気がする。……自分で始めた事なのに、お前が俺から離れて行こうとするのが、何も知らずに他の奴と楽しそうにしているのが、目にするたび苛ついて、ぶっ壊してしまいたくなる時があった」
「……私は、ずっと逃げていたのかなと思う。自分でも気が付かないうちに、真実からも、有馬君の想いからも。全ては、自分が傷つきたくなくて……」
有馬の真っ直ぐな想いに、空は、自分なりに答えを探した。
「有馬君私、有馬君のこと、あの頃……もしかしたら、好きだったのかもしれない」
「小鳥遊……っ?」
「「「「な……っ!?」」」」
突然の空からの告白に、有馬も4人も雷を打たれたようになる。
しかし、空は、彼らの視線を全身で感じながらも、声を絞り出した。
「私は、恋とか分らなかったから、ハッキリと答えることは出来ないけれど……っ。でも……あの頃……、有馬君が変わってしまった事がどうしようもなく悲しくて、辛かった……。例え恐怖心があったとしても、有馬君の存在を忘れることが出来なかったのは……もしかしたら、そういう感情もあったのかもしれない」
「マジ……か」
「沙梨ちゃんと同じくらい、有馬君が、あの頃は……私の心の支えだったから。でも……っ」
空の頬を一筋の雫が伝うのを見て、有馬は踏み出そうとした足を止めた。
その口元に、溜息と共に諦めの、悟った笑みが浮かぶ。
「……解かっている。お前は【あの頃】って、言ったからな」
「ごめんなさい……」
「もういいよ。それが聴けただけで、十分だ。本当なら、一生知ることが出来なかったかもしれねえから」
「有馬君……」
また、空の目から雫が零れる寸前、有馬がそれを指先で掬った。
「頼む。……最後だけは、笑ってくれ」
「……有馬君、本当に……ありがとう。いっぱい、ありがとう……っ! ずっと、嫌いって言ったままでごめんね……っ! ちゃんと、好きだったからね!」
精一杯の笑顔でそう伝えると、有馬の見開かれた目から、初めて、涙が零れた。
「本当……お前はズルいわ……。好きって言って振るとか……ムカツク。--でも……人生で一番、今が幸せかもしれねえ」
最初で最後の、彼の笑顔と涙。
空は、確りと胸に焼き付けようと誓った。