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Paradise  作者: 香澄るか
11/42

変化


 楽しかった時間もあっという間に終わり、体育祭が閉会するとすぐさま片づけが始まった。


「今日はお疲れさん」


「写真現像したら連絡するね」


 暁と苑は一足先に、他の保護者や来訪者たちに紛れ家へ帰って行った。




・・・・・・




「全員お疲れさん。よく頑張ったな」


 後片付けも無事に終了し終わりのHR。


 珍しい加瀬の褒め言葉にみんな一瞬固まるも、顔を見合わせ、直ぐ歓喜の声を上げた。


「先生、何か無いの? ご褒美とか!」


「そうだよ! ご褒美ちょうだい!」


「みんなでお疲れ会は!?」


 顔を見合わせて沸き立つ生徒達だったが、加瀬はいかなる時も通常運転だった。


「所詮学校行事だからな」


「え? まさか、喜びムード一瞬にして終り!?」


「珍しく褒められたと思ったら……っ!!」


「超フリーズドライだな、おい!!」


 加瀬らしいといえばらしい対応だった。


 それでも、確かにいつもと違った雰囲気はみんな確かに感じ取って気分は高揚していた。


「お前ら、いくらハイになっているからって馬鹿な真似をしたら許さねえからな! 良い気分のまま一日を気持ちよく終わりたかったら、節度ある行動をすること! 調子に乗って変なところにこぞって行くんじゃねーぞ! 返事!」


「「はーい……!!」」


 念入りに釘を刺され、クラス全員でのお疲れさま会は週末へと持ち越しになった。


 それでも、興奮が冷めないうちに何かをしたいと思った生徒達は、今日の所は各々が家やファミレス等で軽い打ち上げ的な事をするムードへと自然となった。

 

「どうする?」


「放課後何もないのは久しぶりだしなー」


「折角だからどこか寄って帰ろうぜ!!」


「空ちゃん平気?」


 4人に一斉に見られた空は、鞄からスマホを取り出すと暁へとメッセージを送る。


<今日、みんなと寄り道していい?? 体育祭の(軽い)打ち上げ……!!>


 すると、直ぐ返信が来た。


<気を付けて帰って来いよ>


 これは肯定のメッセージだった。


 空は彼らにメッセージを見せ、OKマークをつくった。


「大丈夫!!」


 すると、ガッツポーズをとった飛鳥が閃く。


「よし!! じゃあスカッと、ボーリングでも行くか!!」


 それに対し、3人の目は冷ややかだった。


「おい、あれだけ動いたのに打ち上げがボーリングって……馬鹿だろう」


「飛鳥は体力底なしだからね……。でも発散ってことなら……カラオケとか?」


「いいね。飛鳥歌上手かったよね?」


「馬鹿!! 紫、海……っ!!」


 飛鳥は何故か紫と海の提案を大慌てで打ち消そうとするが、時既に遅しで、空の耳にまで入ってしまっていた。


「飛鳥君歌上手いんだね!」


「ちが……っ、空、行かないぞ、俺はカラオケなら行かない」


「決定」


「おいこら、望夢!!」


 猛抗議はしたものの、あれよあれよという間にカラオケに決まった。







 ――そして、現在カラオケボックス。


「△〇□#$!%*+¥◆★~♪」


「「「出た。悪魔の断末魔」」」


 みんな、コレを知っているようだった様子で固まるのは空だけだった。


「……もしかして、飛鳥君が居嫌がっていたのって……っ」


「「「プっ!」」」


<<おいコラお前ら、何肩揺らしてやがる……っ!!>>


 真っ赤な顔をしてマイク越しに怒号を飛ばす飛鳥の目線の先には、言葉通り、肩を揺らし必死で笑いを堪えている3人の姿が。


「だって……、こんな天性の歌声あるかよ?」


「ある意味才能」


「歌わさずにいられない」


「みんな……」


 こればかりは、空は遊ばれている飛鳥に同情した。


「それにしても、空が歌上手かったとは」


「え……?」


 カラオケは初めてでやけっぱちだった空は望夢の思わぬ言葉に目を丸くした。今度は、その反応を見た紫が声をかける。


「あれ? 空ちゃん無自覚? ……飛鳥の歌聴いたから感覚が麻痺しちゃったのかな? ゴメンね」


「おい紫、俺に失礼にも程があるだろ!!」


「空ちゃんの声は飛鳥と違って澄んで、天使の歌声だったね」


「海も、お前ら……っ、人の尊厳を悉く無視する気か!?」


「「はいはい。ごめんね」」


 飛鳥は右と左で矢のごとく飛び交うディスリにも果敢に噛み付いていくが、紫と海のどちらも冷静に活淡々と受け流すのだった。


 一方空の方は、褒めて貰えたにも関わらず暗い顔をしていた。


「空、どうかしたか……?」


 気にかかった望夢が声をかけると、空の様子に気が付いた3人も空へと心配の表情を向ける。


「ごめんね。……ちょっと思い出したの。有馬君に、中学の頃歌声を褒めてもらったことがあったなって……」


『お前、歌上手いな。合唱部でも入れば?』


「有馬……?」


「それって……」


「今日会った奴か……!」


「空ちゃんの中学の時のクラスメートだよね」


 空の言う人物が誰か解かった4人の顔つきが少し険しくなる。


「うん……。文化祭の合唱の為に音楽室で歌の練習をしていた時に有馬君が入って来て……」


「そっか。……そんな事もあったなら尚更、謎だな。有馬」


「何かがあったのかな」


「グレるきっかけ?」


「……チッ。元がどんな野郎だろうと、思い出すと胸糞悪いぜ俺は!」


 飛鳥が吐き捨てたところで、少し空気が重くなった。


「ご、ごめんね……っ! 折角の日にまた思い出させちゃって!」


 4人の顔の険しさが一層増していくのを見て空が慌てて声を上げると、4人は首を横に振る。


「お前の所為じゃねえ。聞いたのは俺だし」


「そうだぜ。そもそも、あいつが悪い!!」


「空ちゃん、もし今後また有馬ってやつが近づいて来たら直ぐに言うんだよ」


「何があっても、一人で抱えようとしたら駄目だよ」


 望夢、飛鳥、紫、海の順で空に一人一人気遣う言葉を掛けてくれる。


「みんな、ありがとう!」


 空はこの優しい4人の為にも、有馬の思うままには二度とさせない。彼に萎縮してばかりいないで、もっと強くならなければという気持ちを強くした。


 その後はというと、再び歌を歌ったり、飛鳥が抗議して騒いで望夢と言い合いになったりと賑やかな時間だった。体育祭は勿論とても良い思い出となったが、空はいつもの風景が漸く戻って来たんだなと嬉しくなった。



「じゃあ、空またな!」


「2人ともまた明日学校でね。お疲れさま」


「気を付けてね。望夢、空ちゃんのこと頼むよ」


 代表して空を送り届けることになった望夢と一緒に3人を見送る。


「おう」


「みんなもお疲れさま! 今日はくれぐれも湯船に浸かって、身体を労わってね!」


「「「俺らの母ちゃん!?」」」


「あれ……?」


 健康を心配したつもりが行き過ぎて3人に笑われてしまった空だった。


「……失敗したや」


「あいつらはあれですげー喜んでいるよ」


 肩を落としかける空の肩を掴んで、望夢が優しく笑いかけてくれた。


「望夢君は本当に良かったの……? 望夢君こそ応援であんなにアクロバティックな動きしたし、今日イチ疲れているよね!? 早く休んだ方が……っ!!」


「寂しいこと言うなよな~。お前は、そんなに俺と早く離れたいのか?」


「え……っ、違うよ! そうじゃなくて、寧ろもっと居たいけど、身体が心配で……っ!!」


 弁明するのに必死だった空は自分が何を言ったのか自覚していなかった。


 ドタバタと慌てふためく空の様子をとても優しい目で望夢がみていることにも気が付いていない。


「ふーん。そう。……お前の想いは十分わかったわ」


「え? そう……? なら、良かった」


 ホッと安堵する空だったが、次の瞬間、悪戯好きの子供のような顔をする望夢に爆弾発言を投下された。


「よく解かった。お前が俺をどれだけ好きか」


「え……っ!?」


 言うなり、望夢は、スマホを空へと向けると音声を再生した。



『え……っ、違うよ! そうじゃなくて、寧ろもっと居たいけど、身体が心配で……』



「ぬえ……っ!?」


 驚くなり変な言葉を口走ったうえに裏返った空の声を聴き、望夢が盛大に噴出す。


「プっ!! お前、ぬえって……、何語? ……っ、あははは!!」


「そ、それは咄嗟って言うか、いつの間に!? 望夢君‥っ、それ消して……っ!!」


「いや無理。気に入ったわ。ぬえ……って」


「望夢君!!」


 空は、望夢に深く突っ込まれなかったことに内心ほっとしながらも、反面、今みたいに冗談で終わってしまうこの関係性に不安を抱いた。今は多分、彼にとって自分は兄が大好きな妹のような感覚なのだ。それか、親と子のような。


 なんたって、最初の呼び名が小鳥だったのだから。それを、今更ながら痛感した。


 自分が、もしも望夢へ好きだと伝えたらどうなるのだろう。


 この気持ちは、真っ直ぐに君の心に届くのだろうか?




・・・・・・




 体育祭も無事終わり、学園は普段通りの日常に戻ったが、空の周りは体育祭をキッカケにまたも変化していた。


「空ちゃん、おはよう」


「あ、今日の髪型かわいいね!」


 4人と話していると、登校してきた2人組の女子生徒に話しかけられた。彼女たちは、空のクラスメート。ショートボブの遠野桃加(えんどうももか)とセミロングの白砂月菜(しらすなるな)だ。2人とは体育祭の時同じパネルの係りになったことをキッカケに友達になった。


 朝の挨拶は勿論、休み時間も時々女子だけで喋ったり、今までは男女別の体育の移動は独りで行っていたが、体育祭以降彼女達と行動を共にしている。


 桃加と月菜の2人は4人同様、空にとって既に大切な存在だ。


「桃加ちゃん、月菜ちゃんおはよう」


 空は分かりやすい程嬉しそうに頬を紅潮させながら2人に歩み寄って行く。


 桃加と月菜の2人は空の髪型を見て目を輝かせた。


「コレ、自分でやったの?」


「体育祭以来のアレンジだね!」


「うん。まだ日は浅いけど練習して、普段の日でも出来るようにしたの! 頑張るんだ!」


 空は気恥ずかしそうにしながらも、落ち着いて2人に応える。


「いいよ! すごく似合う! 私も明日髪型変えて来ようかな!」


「あ、どうせなら3人でおそろいにする?」


「うん!」


 一部始終を見守っていた望夢達は空の楽し気な表情に笑みを浮かべた。


「心配要らなかったな」


「空、嬉しそうだ……」


「そりゃそうだよ。今まで俺ら以外とは話すことすらあんま無かったんだから」


 どことなく悔しそうな表情の飛鳥に、呆れる笑みを零しながら海が応じる。


 その言葉に続いたのは、腕を組みながら苦笑する紫。


「良かれと思ってだけど……、実際、俺らで空ちゃんを囲い過ぎてたところあるかもね」


「そうだな……。空は緊張しいな奴だけど、ちゃんと話してみればダチなんて普通に作れるんだよ。周りが急かし過ぎたり、逆に心配して護り過ぎた結果が前までの空を作っちまってんのかも」


「これからはちょっとガード緩めてみる? 俺らはいいけど、移動とか考えると、女友達はやっぱり居た方がいいだろうしね」


 望夢の言葉に同調した海がそう言った直後、飛鳥がフンとそっぽを向いて言い捨てた。


「そうか? 俺は要らねえ」


 その言葉を聞いた海がすかさず辛辣な返しを放つ。


「飛鳥のことはどうでもいい」


「ど……っ!? お前、俺の扱い雑だな!!」


 何やら可笑しそうに笑う桃加の目線を追ってみると、空にとっては当たり前の光景となっている、飛鳥と海の2人によるコントのような掛け合いが始まっていた。


「……なんか、立谷君って恐そうだけど、遠くから見ている分には面白いよね」


「うん。特に鳴瀬君と喋っている感じとか凄く表情豊かだしね!」


 桃加と月菜がそう言うのを聞き、空は嬉しくなった。


「私も最初は緊張したし、飛鳥君はちょっと誤解されやすいけど……、とても仲間想いの優しい人だよ」


「そうなの? ……実はさ、体育祭で立谷君を好きになった子結構いるみたいなのね!」


「え!?」


 空は思わず声を上げてしまった自分の口元を慌てて押えた。


「女嫌いとかって噂で、実際話しかけにくいオーラ全開だけど、かっこいいし運動神経抜群で、体育祭とか超活躍したでしょ? それ見ると、やっぱり良い! ってなる子が続出したって話」


「へえ~!! すごい!!」


「あと高羽君も、今爆発的人気だよね」


「え……っ?」


 興奮していたのも束の間、望夢の名前が出た瞬間、ズキと心が痛んだ。空の様子に気付かない2人はそのままのテンションで話を続ける。


「高羽君はもう当然だよね!! カッコいいし、どちらかというと硬派で、体育祭ではあの通りだし!!」


「みんな言ってるよ!! 友達としてでもいいから一緒に居られる空ちゃんが羨ましいって!!」


「……友達」


「空ちゃん……?」


「どうしたの!?」


 気が付けば勝手に涙が出ていた。2人が動揺しているのを見て空はハッとする。


「ご、ごめん……っ!」


「空ちゃん……泣いて……っ」


「どうしたの……っ?」


「何でもないよ……っ! 目にゴミが入っただけ……!!」


 空は涙を拭うと、二人に笑って見せた。そしてそのまま勢いよく教室を出た。



「空!!」


 後ろから聴こえた声に振り返れば、意外な人物が追いかけてきていた。


「え……飛鳥君……?」


「どうかしたか……? あいつらに、何か変な事言われでもしたか?」


「ふふ」


「は? ……おい、どうしたんだよ……っ?」


「やっぱり、飛鳥君は優しいね」


「お、俺が優しいのなんて、当たり前だろうが……っ!」


「はは。うん。そうだね。……だから、嬉しいの」


 真っ赤な顔して言い放つ飛鳥に、肩の力が抜けた空は笑いが込み上げた。


 すると、急に真顔になった飛鳥に腕を掴まれる。


「え?」


「ちょっと来い」


 そう言われ、腕を引かれるまま着いた先は屋上だった。


「ここ、入っていいの……?」


「俺に聞いても無駄だ」


「はは」


「……お前、やっぱり何かあった? 無理して笑い過ぎ」


 ずっと笑っていた空だったが、こっちを見る飛鳥の目が真剣で驚いた。


「飛鳥君……」


「あいつらはお前に女友達が出来るのを喜んでいるけど俺は別だ。俺がどうとかじゃなくて、お前が傷つくなら、無理にダチなんて要らねえだろ」


「ち、違うよ? さっきは…虐めとかじゃなくて……っ。私が勝手に2人の話にショックを受けちゃっただけで! これは、私自身の問題なの!」


 そう言うと、飛鳥の顔が険しくなる。


「問題って?」


「えっと……っ、それはちょっと……っ」


「言いたくないのか?」


「……どちらかと言うと。は、恥ずかしくて……」


「恥ずかしい……? 意味が解らねぇんだけど」


 困惑している飛鳥に、空は心底申し訳なく思う。


「そうだよね……」


「ま、言いたくないなら無理には聞き出したりしねえ。俺は、さっきはああ言ったけど、紫や海みたいに優しく慰めるとか無理だし、アドバアイスとか上手い言葉浮かばねえし。……今考えると、何も考えずに飛び出してきちまったけど、お前は望夢の方が良かったよな……ははh」


「そんなことないよ!!」


「……空?」


 いきなり大きな声で遮って来た空に、飛鳥は笑いを止め固まる。


「飛鳥君は他の人と比べなくても、十分、優しくて頼りになる存在だよ!」


「……マジで?」


「うん! 私、さっき無理して笑っていたわけじゃないよ? 飛鳥君と居ると、どんな時でも自然と笑顔になれるの。それって、どんな言葉を貰うより、力が湧いてくるし、素敵だなって思う」


「なんか、俺がいつのまにか励まされている感じがする……」


「へ? ……あっ、えっと…」


 ハッとする空が慌てふためき始めると、今度こそ飛鳥はお腹の中から笑った。


「あはは。お前、最高。……やっぱり、女嫌いの俺が初めて心許した女だけあるわ」


「飛鳥君……」


「俺が出来る事なんてほんと少ねえけど、今の言葉の礼に、お前に言っておく。俺は、この先何があってもお前の味方だ。もし、あの3人には言えないことがあっても、俺にだけは言え。遠慮なんかしなくていい。迷うな。お前が呼べば、どこへでも絶対に駆けつける。解かったか?」


「飛鳥君…っ。ありがとう」


 飛鳥の言葉が胸に沁みわたるように温かく届く。


 空は、飛鳥の目を見るたび感動で涙が止まらなかった。出逢った当初はこんなに信頼できる、いい関係になれるなんて思いもしていなかった。


「おい、泣き過ぎると……逆に俺があいつらに疑われる」


「ごめん……っ。はは、ありがとう。ありがとう飛鳥君」


「……まあ、ゴメンを何度も言われるよりかは、良いか」


 そう言いながら、照れくさそうに、飛鳥は頭を掻きながら言うと、いつも望夢や紫がしてくれるみたいに、空の頭にそっと手をおいて軽く撫でてくれた。


 彼がこんなことをするとは思いもしなかった空が顔を上げると、ゆでたこのように顔を真っ赤にした飛鳥と目が合ってしまった。


「あ、あいつ等には絶対に言うなよ……っ!?」


 ぎこちなく動作を続けながらそっぽを向く彼に、空は満面の笑みで頷く。


 不器用だけれど、大きく真っ直ぐな思い遣りに、空は言葉では言い切れないほど感謝した。




・・・・・・




 その頃、教室に残っていた望夢は心が落ち着かない時間を過ごしていた。


「先、越されたな」


「……あいつの方がスタートは速いから、仕方ねえ」


 空気は読めるくせにこういう時程敢えて話しかけてくる親友には困る。


「一応聞くけど、遠慮しているわけではないよね?」


「は? お前に?」


「馬鹿? 飛鳥みたいなこと言うなよ。……あ、コレ飛鳥に失礼だな」


 そう言って笑ったあと、ちょっと真顔になって再度紫が言う。


「その、飛鳥に」


「……別に、遠慮なんてしてない。あいつとはそういうんじゃねえし。さっきは、本当にあいつに先行かれた。……予想外だった」


「そっか。でも、これで火が点いたかと思うと俺は嬉しいよ」


「あ?」


 一体何の話だと思っていると、紫は笑顔でサラッと投げかけてきた。


「空ちゃんのこと、漸く自覚しただろ? ちゃんと、好きだって」


 こいつ……!


「……お前、恐い奴だな」


 青い顔で呟くも、紫は笑顔のまま告げる。


「お前のことは、お前より解かっている」


「……言うなよな。俺、今度からどんな顔して、空とお前の前で居ればいいか分からなくなるだろ」


「それは悪かったよ。でも、お前からいちいち報告があるとは思わなかったから、見ていて気になって」


「……紫、俺は確かにあいつが好きだって自覚した。お前の言う通り、今まであだ名で呼んでいたのも、好きにならない為の予防線だったと気が付いた。……けど、俺は……、安梨沙のことを無かった事にしてあいつと付き合ったり出来ない……!」


「望夢……」


「俺は、これからもあいつと仲間のままで居続ける」


「お前、本当にそれでいいのか? このままだと、先を 越されるかもしれないぞ? ……後悔してからじゃ遅いんだぞ?」


 本気で心配してくれている親友の言葉は胸に響くが、望夢は、もう決めていた。


「分かっている」


「応援するとまで言えないくせに強がっちゃって」


「う……っ! うるせーな!」

 

 ため息交じりの紫の言葉に望夢は慌てて言い返すが、紫に口で勝てる筈も無かった。


「ったく、……何処まで馬鹿なのか」


「おい、俺をどっかの馬鹿みたいに扱うな」


「煩い。馬鹿に馬鹿以外の言葉は無い」


「う……っ。……紫、色々ありがとう。それと、ゴメンな」


 不満アリアリの顔を隠そうとしない紫に、望夢は苦微笑交じりに謝った。すると、こんな親友だからしょうがない。と最後には、笑顔を見せたことにホッと胸を撫で下ろした。


 この、正確なゴメンの意味を、今ここに居ない空は後に知ることになるのだが、それは違う場面で……


「―—そう言えば、海は?」


「……気が付いた時には居なかったな。もしかしたら飛鳥の後を追ったかもね」


 教室には自分達しか居ないことに今更ながら気が付いた望夢に、屋上がある方を見上げながら紫が言った。





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