【コミカライズ開始御礼】ローザは「受け」を増やしたい(前)
本日11月17日(水)より、FLOSコミックさまにてコミカライズが始まりました!
手がけてくださるのは紫のの先生。
超美麗で超おバカで超腐っている最高のローザを、どうか皆さま自身の目でお確かめくださいませ。無料です!
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_FL00202623010000_68/
コミカライズ開始御礼にSS投稿させていただきます。
案の定文字数が爆発してLLになっちゃったので、前後編に分けます。ごめんあそばせ!
なおTwitterでは、RT数によって最大5種のSSが読める企画を実施するので、
よければこちらにもお付き合いくださいませ。
中村 颯希Twitter @satsuki_nkmr
食糧不足、人手不足、睡眠不足。
不足こそが人を悩ませるというのは世の常で、この日、ローザ・フォン・ラングハイムも、ある不足を憂えて、離宮に咲く薔薇に向かって、重いため息を落としていた。
(はあ……「受け」の開拓が、一向に進まないわ)
深刻な、「受け」不足である。
王城の離宮に身を寄せてから、もう半年が経とうとする春のことだ。
当初の予定では、この頃には王城内あちこちのイケメンを観察・把握し、薔薇愛の目覚めを促しているはずであったのに、彼女の計画は一向にうまく行っていなかった。
主な原因は、ローザが常に騎士団の庇護下にあることだ。
王女の相談役を務め、王族兄妹とも交流の深いローザは、すっかり王城で重要人物と見なされており、しかも、この半年でなにかと事件に遭遇していたため、レオン王子が「ローザを常に見守るように」と騎士団に命じてしまったのである。
騎士団に所属する義弟のベルナルドも即座に賛同したため、ローザは常時騎士団に囲まれ、彼らを通さずには外部と接触もできぬようになってしまった。
ベルク王国騎士団と言えば、国家の精鋭。
イケメンたちを間近で拝めるこの環境には、もちろん文句などない――いや、ないはずだった。
ところがどっこい、騎士たちというのがどいつもこいつも、ローザの予想を遙かに超えて、皆「攻め攻めしい」輩ばかり。
そこが大問題だったのである。
(騎士たるもの、国のために戦い、弱き者を守り、慈しみ、導くことを旨とするのはわかるわ。わかるけれど……なにもそんな、皆が皆してマスキュリンにならなくたっていいではないの)
戯れに薔薇の一輪を手折りながら、ローザはそんなことを思う。
騎士団の男たちはおしなべて、容色や体格に優れ、自信家で、ちょっと強引な性格の持ち主である。
女性から大人気のため、遊び人を自認する者も多い。
「攻め」のキャラとしては申し分ないが、いやいや、遊び人系俺様イケメンの枠には、すでに不動の頂点・レオンがいる。
彼の相似縮小形のような準・俺様イケメンは、もはやお呼びでないのである。
もっと隙や愛嬌、人間らしい弱さのある騎士がいれば、彼を「受け」に育てあげてみせるのに、そうした可能性を秘めた人物も見当たらない。
(なんだか、鍵穴に嵌まらない鍵ばかりが溢れているかのよう……)
凹と凸が組み合わさってこそ、新たな扉は開くのだというのに。
彼らはまるで、鍵穴を持たぬ鍵。
鞘を持たぬ剣。
供給過剰の「攻め」を前にすると、ローザは、絶望の呻き声を漏らしたくなるのであった。
正直、今の自分にはBLの実現という大いなる野望があるので、王城の攻受バランスの乱れは、正直なところ喫緊の課題ではない。
あらゆるリソースは、「受け」界の輝ける星・ベルナルドの薔薇化に割くべきであって、べつに、彼以外の「受け」を無理に開拓する必要はないのだ。
だが一方で、多様性こそが世界を救うとも言う。
花壇に並ぶ色とりどりの薔薇を眺めながら、ローザは神妙な面持ちで目を伏せた。
(だって、今の「小悪魔美少年受け」にストライクゾーンを絞ってしまったら、たとえば今後ベルたんが精悍な美青年になったり、イケおじになったりしたとき、悲劇が起こるもの)
そう。
ローザはローザなりに、ベルナルドを生涯「受け」として演出すべく、腐心しているのである。
最近ベルナルドは身長が伸びた。
今もまだあどけなく繊細な雰囲気は健在だが、いつなんどき、凜々しい青年へと脱皮してゆくかわからない。
そのとき、いかに滑らかに、彼を次の「受け」ステージに進ませることができるか――そこが貴腐人の腕の見せ所なのである。
(もはや、ベルたんなしの薔薇ライフなんて考えられない。わたくしの理想から逸脱した彼を排除するのではなく、わたくしの理想を彼の成長に合わせるべきだわ)
そのためには、「受け」を開拓し、ローザ自身の「受け」観もチューンアップしていく必要がある。
ローザは真剣だった。
(インプットが必要だわ。新たな「受け」のタイプを吹き込んでくれる、手掛かりが。ああでも、攻め攻めしい騎士団とばかり交流していては、一向に開拓が進まない……!)
込み上げる焦燥感のまま、薔薇の茂みに手を突っ込んだそのときだ。
「ひ……っく」
ガサガサという音に紛れ、しゃっくりのような声が聞こえ、ローザは目を瞬かせた。
「え?」
「ふう……」
幻聴かと思ったが、気だるげな溜息も聞こえる。
驚いたローザは茂みを回り込み、そこに、青年が生け垣に背を預けて座り込んでいるのを見つけ、「まあ」と声を上げた。
「レナード様?」
そこにいたのは、まさに先ほどまでローザが思い描いていた騎士団の一員だったのである。
(レナード……、たしか、レナード・シュトルム様、だったかしら)
鼻の高い横顔に、わずかに赤みがかった豊かな茶髪、そして、野性味と甘ったるさを含んだ瞳。
そんなものを観察しながら、素早く脳内で照合する。
たしか彼は、ベルナルドより五つほど年上の、中堅の騎士だったはずだ。
下級貴族の、それも庶出の人間だが、そうした出自を跳ねのけるほどの武功を重ね、騎士団でもそれなりの地位にいると聞く。
華やかな容貌と、軽薄な――もとい、気さくな性格もあいまって、あちこちで浮名を流している青年だ。
もっともローザは胸をときめかせるどころか、「この程度の軽薄イケメンであれば、レオン殿下がいるので不要」と冷徹に彼を切り捨ててしまっていたのだけれど。
「あれえ……? ローザちゃん」
レナードはローザに気付くと、ふらりとした仕草で手を挙げた。
途端に、握った錫のカップから零れる液体。
呂律の甘い声や、だらしなく座り込んだ姿勢、そして、傍らに転がされたワインのボトルから見ても間違いない。
彼は――酒に酔っているのだ。
「まあ……」
騎士が離宮の庭園で、白昼堂々飲酒していることに、つい絶句してしまう。
「よかったら、一緒に飲も?」
赤らんだ顔でウィンクまでされて、ローザは困惑に顎を引いた。
「いえ……。レナード様におかれては、なぜこのような場所でお酒を? もしや非番ですか?」
「んーん。普通に勤務中。サボってるだけ」
「……見咎められれば、懲罰ものなのでは」
「うん。除隊されるだろうね、あはは」
へらりと笑って告げるわりには、内容が重い。
不穏な要素を感じ取ったローザは、そろりと踵を引きはじめた。
なにか事情があるのかもしれないが、踏み込んでいけるほど親しいわけでもない。
巻き込まれてはかなわないから、申し訳ないが、ここは逃げるが勝ちだろう。
BLにとって有益な人材なら、お節介承知でカウンセリングを仕掛けるところだが、レナードのようなチャラ男攻めは、残念ながらお呼びでない。
彼は遊び人が多い騎士団の中でも、特に真性の女好きであるようなので、そもそも薔薇人員として起用するには無理があるのだ。
薔薇に絡まぬ男には塩対応も辞さぬ女、それがローザ・フォン・ラングハイムだった。
「そ……そうですか。ですが、除隊などされては、きっとあなた様のファンの女性たちが嘆きますわね。このくらいでおやめになったほうがよいのではないでしょうか」
一応、彼が最も気にするであろう女性人気をちらつかせて、軽く諫めておく。
後はもう知らない、と、早々にその場を去りかけたローザだったが、
「――はは。ファンの女、か」
背後で、吐き捨てるような言葉が響いたので、思わず足を止めた。
「俺はもう、どうでもいいんだ。女なんてさ」
「……今なんて?」
遊び人らしからぬ発言に、ローザは思わずぎゅいん!と振り向いた。
今――今、彼は、「女なんて」どうでもいいと言わなかったか。
(えっ、では、殿方は殿方は!?)
息を呑んだローザの前で、レナードはカップを弄び、立てた片膝に顔を埋めながら、こう呟いた。
「最近、思い知ったんだ。俺、女の子にちやほやされたいがために、頑張って頑張って……。何もかも手に入れたつもりで、本当はなにひとつ、手に入ってなかったんだ、って」
ローザはつかつかと踵を返し、素早くレナードの隣に腰を下ろした。
カップは一つしかなかったため、手にしていた薔薇の花弁の内側にワインボトルの中身を注ぎ、ぐいっと呷る。
「――そのお話」
驚きに目を見開くレナードに、ローザは身を乗り出した。
「詳しくお聞かせ願えますか」
***
「困りますよ、ラドゥくん。患者はきちんと面倒見てもらわなくちゃ!」
「そんなこと言ったって」
王城の一室――ラドゥの仕事場である癒術室で、男たちの言い争う声が響いた。
「こっちにだって通常業務はあるんだ。本職の騎士が気配を殺して脱走するのを、片手間に防ぐなんてできっこないよ」
両手を広げて苛立ちを示すのは、褐色の肌を清潔な民族衣装に包んだラドゥ・アル・アプタン。
アプト王国の王子で、今は留学の名目でベルク王城に留まり、癒術師として活躍する人物だ。
「それはこちらだって同じですよ。一介の神父では、問題行動を起こす騎士のカウンセリングはできても、体力馬鹿の騎士を拘留することなんてできない。だから君の鎮静剤で眠らせてもらいたかったのに」
「だからするつもりだったんだってば。鎮静剤を卓に並べて、ちょっと手を洗いに背を向けたとたんに、まさか薬と酒瓶ごと掴んで脱走するとはだれも思わないでしょ」
「というかなぜ癒術室に酒瓶があるんです」
一方、眉を寄せ抗議するのは、百合紋入りの聖衣をまとった神父、アントンである。
彼はその背後に、騎士服姿のベルナルドとレオン、そしてクリスを伴っていた。
誰もが皆、焦りと心配を滲ませた顔をしている。
そのうちの一人、短髪がすっかり板についたクリスが、押し殺した声で「すまない」と切り出した。
「もとをたどれば、僕がレナードに甘すぎたせいだ。兄上は即座の除隊をと言っていたのに、僕が引き止めたりなんかしたから……」
いつもの強気な態度はどこへやら、しょんぼりと肩を落とす彼女に、アントンが条件反射のように「いいえ」と声を掛けた。
「殿下のせいではありませんよ。彼の特殊な境遇を、あなた様が見逃せるわけがない。さらに元をたどれば、これはただ、魔獣のもたらした禍です」
「うん……」
クリスが悄然としたまま頷けば、ラドゥは困惑した様子で肩をすくめる。
「っていうか正直なところ、レナードの事情もろくに聞かされてないんだけど。魔獣の返り血を浴びたせいで感情の制御が効きにくくなった、ってことじゃなかったっけ? なんでそれを、クリス殿下が同情することに?」
「それは俺が説明しよう」
尋ねたラドゥに、レオンが説明するにはこうしたことだった。
レナードたち騎士団は、先日、郊外の森にヒュドラ退治に向かった。
当時、団長らベテラン勢は周辺国の小競り合いの制圧に駆り出されていたのと、森の魔獣は低ランクと見なされていたため、中堅騎士たちのみでの道行きだった。
人員不足の折、リーダー役にはレナードが任命された。
ところがここで、彼らを悲劇が襲う。
なんとヒュドラはわずかな期間で周囲の魔素を貯め込み、すっかり上級魔獣と化していたのだ。
過去にない急激な変化を前に騎士団の足並みは乱れ、装備の少なさもあって、大いに苦戦を強いられた。
最終的にはレナードが囮となってなんとか仕留めたものの、ヒュドラの炎がもたらす被害は近隣領土にまで拡大。
騎士団の脇の甘さをさんざん非難され、騎士団たちにはつらい帰路となった。
「で? 周囲に責められて心が折れちゃったってわけ? 脇が甘かったのは事実じゃん」
ラドゥが辛辣な意見を寄越すと、レオンは少々口元を歪めて付け足した。
「実情はもう少しだけ複雑だ。レナードは討伐の際、ヒュドラの血をこれでもかと浴びて、呪いを受けてしまってな。その結果……周囲の負の感情が『聞こえる』ようになってしまったんだ」
「魔獣の血って、そんな効能があるの?」
「ああ。フェイの魔力発現も、同じようなものだろう」
レオンは頷き、そこからレナードの身に起こったことを説明した。
「後天的に授かったものだから、力は不安定だ。怒濤のように『声』が流れ込んでくることもあれば、一切聞こえないこともある。ただ、触れるとほぼ確実に、相手の『声』が聞こえてしまうようだな。それも――負の感情に限って」
仲間、友人、恋人。
触れるほど近しい者というのは、本来、心を許した相手のはずだ。
なのにレナードは、そんな彼らから立て続けに、隠されていた忌まわしい「声」を聞いてしまった。
たとえば、「おまえにリーダーとしての資質が足りなかったせいだ」と責める仲間の声。
たとえば、「領土への飛び火を許すなんて」と呆れる市民の声。
何より堪えたのは、それまで彼をうっとり見上げていた恋人たちが「役立たずね」「騎士ならもっと強くいてもらわなきゃ困るわ」などと、冷ややかにこき下ろしてきたことだ。
逆境の中、不慣れなリーダー役を必死にこなし、その身を血まみれにしてまでなんとか魔獣を倒した挙げ句、得られたのはそれ。
その日からレナードは徐々に精神の均衡を欠きはじめ、勤務中に酒を飲みまでしはじめた。
レオンが除隊しようとしたのだが、そこにクリスが口を挟み、解呪に詳しいアントンに告解をさせようとしたのである。
「……甘いのはわかっている。だけど……望みもしないのに心の声を聞いてしまうなんて、本当につらいことだから」
クリスが横から、ぽつりと呟く。
その静かな声に、一同もまた押し黙った。
クリスは、大地属性の上級能力で、人の嘘を感じ取ることができる。
陰謀の渦巻く王宮では重宝する才能ではあるが、同時に、彼女はこの力にひどく苦しんできた。
望みもせぬのに、相手のやましい気持ちや敵意をまざまざと聞き取ってしまうのは、なんと恐ろしいことか。
幼少時からそうであったならともかく、大人になって突然、制御の方法もなく「そう」なったなら、きっと極度の人間不信に陥ってしまうだろう――ローザと出会う前の自分のように。
そう思うとクリスは、レナードにもせめて救済があってほしいと、願わずにはいられないのだった。
「ですが、クリス殿下。僕には、レナード先輩が、むしろ除隊を願っているように思えます」
とそこに、それまで沈黙を守っていたベルナルドが口を開く。
「一度壊れた人間関係を立て直すのには、大変な気力がいるものです。けど、今の先輩は、誰かに触れるたびに、その気力自体を叩き壊されてしまう。だから、問題行動を起こして、自ら除隊されようとしているのではないですか」
「だが、呪われている以上、故郷へ逃げ帰ったところで同じことだ」
クリスは眉を寄せて答えた。
「魔獣の血の影響は消えない。彼は生涯、流れ込む『声』に苦しむ。結局のところ、彼が信じられるなにかに出会い、心を強く持つ以外に、方法はないんだ」
「ですが――」
ベルナルドは反論しかけ、そこでふと言葉を途切れさせた。
急に青ざめ、クリスが身に付けているネックレスを凝視する。
「殿下……。そのネックレス、光ってはいませんか?」
「え?」
指摘されて、クリスも胸元の装身具をたぐり寄せる。
それは、かつてアントンが、「美少女二人のペアアクセって素敵だよね」という下心のもと、「ローザに危機が迫ったら光る」という機能を付与してクリスに押し付けた呪具であった。
その、金の鎖に繋がれた紫水晶が、うっすらと光っているのである。
「もしや、姉様の身になにか……!?」
「――ねえ」
愕然として呟いたベルナルドに重ねるように、ラドゥがふと身を乗り出した。
「レナードの直近の問題行動って、勤務中飲酒だよね。やつは今、酒を持ってる。この近くで手っ取り早く酒を、それも人目を忍んで飲もうとするなら、離宮の庭に向かうんじゃない?」
離宮の庭。
その言葉を聞いて、全員が一斉に血の気を引かせた。
この時間、薔薇好きのローザ・フォン・ラングハイムは、たいてい花の世話をしている。
「そしてレナードは、酒だけでなく、鎮静剤を持っている。万が一酒と一緒に飲んだら、意識を混濁させたり、逆に興奮させたりもする、鎮静剤を」
「…………!」
自暴自棄になって、除隊を願っている男。
女好きで、けれど今や女への恨みを募らせている男が、万が一興奮した状態で、心優しく隙だらけの美少女に、出会ってしまったら。
「姉様!」
「くそっ――ローザ!」
一同は口々に叫び、離宮の庭へと駆け出した。
続きは明日の20時に!




