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16.ローザは腐った友を得たい(1)

 女だてらに王国を背負う、優秀な王女。

 それが、数年前までのクリスに対する評価だった。


 皇族の特徴を継いだ、金髪の目立つ美貌。

 地味な土属性とはいえ、強力な魔力。

 性格は闊達で、また勤勉。

 誰もが――そう、母親までもが、他国に追い払った王子を差し置き、クリスに期待をかけた。


 大胆であれ、凛々しくあれ、力強くあれ。

 いずれ兄に代わってこの王国を継ぐ、王者なのだから。


 疎んじられている兄に申し訳なく思う心はあった。

 ただ、周囲の注目を一身に集める状況は心地よかったし、その関心を失うのはとても恐ろしいことだったから、ひたすら努力を重ねた。

 油断すればすぐに、母親は従兄で公爵令息のカミルや、他の有能な金髪の男子を養子に迎えてしまうだろうことを、幼心に理解していたから。


 より快活に、果断に、勇ましく。誰もが王に相応しいと思ってくれるように。

 努力は実り、八歳の頃には、華やかな炎属性の魔力も開花した。


 ところが、三年前――レオンが遊学先で強大な魔力を覚醒させてから、事態は一変した。

 あれほどクリスを持て囃していた母親は、目の色を変えて息子を迎え入れ、レオンが一気に王位継承者の座に躍り出たのだ。

 クリスは、まるで飽きられた人形のように、ぽいと捨てられ、見向きもされなくなった。


 態度を変えたのが母親だけだったなら、まだ耐えられたかもしれない。

 けれど、親しいと信じていた友人が、信用していた侍女が、一斉に掌を返したように、「もっとお淑やかに」「あなたは王女なのだから」と、急に女らしさを求めるようになって、クリスはショックに震えた。


 かつては、上手に馬を操れば称賛された。

 男らしく振舞えば、笑みとともに頷かれた。

 剣を、魔力を揮えば、手放しで褒められた。


 けれどそれもすべて、レオンの登場によって否定されてしまうのか。

 しょせん、クリス自身を認めてくれていた人間などおらず、ただ、後継者に相応しい能力、いわば外側だけを、気に入られていたにすぎないのか。


 それを悟ったクリスは、意地になったように、男物の服ばかりを着るようになった。

 金髪は結い上げず、少年のように括るだけ。

 言葉はぶっきらぼうに、感情のままに物を投げ、自分のことは「僕」と名乗る。


 それは当てつけであり、反抗であった。

 自分に押し付けられようとしているものを、過剰に薙ぎ払うことで、彼女は傷付いた心を、必死に守っていたのだ。


 ところが、周囲はそんな彼女を見て、呆れたように溜息を漏らすだけ。

 困惑されることでますます傷付き、苛立ちのままに声を荒げれば、今度は怯えた視線、そうでなければ忌々しそうな舌打ちを向けられた。


 口では「どんなお姿も素敵です」などと言う輩は、ごまんといる。

 けれど、クリスに宿った大地の魔力が、そうした欺瞞を許さないのだ。

 苛立ち、受け入れられることを求め、けれど嘲りを見破っては自ら傷付いていく。

 最近では、そんな悪循環の繰り返しだった。


 でも、と思う。


(……あいつは、なにかが違う……)


 あいつというのは、つい数週間前に王宮にやってきた、ローザ・フォン・ラングハイムのことだ。


 辺境の伯爵領出身の娘。

 きっとほかの女たちのように、レオンとの接触につられて上京した、押しつけがましい人間なのだろうと思いきや、彼女はほかの者たちとは、一味も二味も違っていた。


 まず、ひどく美しい。

 金髪と菫色の瞳もさることながら、白磁のような肌や、ほっそりとした手足がクリスの目を引いた。

 ダイエットに明け暮れる、不自然にひょろりとした令嬢たちとはまた違う、華奢だが、きちんと引き締まった体つき。

 病弱と聞くし、実際倒れるところも目の当たりにしたが、きっとその隙を縫って、当たり前のように毎日鍛錬を重ねてきたのだろう。

 同じく努力を重ねてきたクリスにとって、それは当然好ましく映った。


 また、そうした芯の強い在り方は、言動にも表れていた。

 彼女は、直前に魔力で襲われていたにも関わらず、クリスに向かって優しく微笑みかけ――そして、言ったのだ。

 今の姿が素敵である、と。


 言葉に嘘はなかった。

 明るい紫の瞳には、見間違えようのない、純粋な好意が宿っていた。

 しかも、こちらのペースを乱すだけ乱すと、「王女殿下のお気に入り」の立場になど興味はないというように、さっさと退室までしてしまった。

 だから――翌日、こちらから「部屋に来てよい」と声を掛けてしまったのは、動揺のせいだ。


 結局それから、クリスはローザの訪問を毎日許している。

 もちろん、あんな女など来なくても全然かまわないのだが、一日でも暇を与えると「ごきげんよう」と笑顔で離宮を去ってしまいそうなので、やむなしに呼んでやっているのだ。


 ローザは基本的に、なにをするでもない。

 クリスの行動を、やけに楽しそうに見守っている。

 怒ってもにこやかに受け止めるだけだし、ぶっきらぼうに振舞ってもやはり動じない。


 ただ、恐ろしく聞き上手だ。

 本気のものとわかる好奇心で、きらきらと目を輝かせて話を聞いてくるので、ついクリスとしても話しすぎてしまう。


 また、大層な感動屋でもある。

 この前など、気まぐれで用意した焼き菓子を「食べれば? ……べ、べつに、おまえのために買ったわけじゃないけど。僕が食べるために、買ってきただけだけどな!」と言い訳がましく勧めたら、それだけで涙ぐみ、テーブルに頭をくっつけて打ち震えていた。

 そうまでされると、ついこちらも張り合いが出て、苦手な甘味でも揃えるようになる。


 気が付けば、クリスにとってローザは、立派な茶飲み友達になってしまっていた。






「え? 話し相手として離宮に上がった者たちを、一斉退去、ですか……?」

「ああ。いい加減、あれこれ煩わしいからな」


 かれこれ二十連続での王女訪問となったその日、ソファに通されるなりクリスが切り出した内容に、ローザは目を見開いた。


 それは、客間の居候と化している貴族令嬢たちに、一斉に退去を命じる、というものだ。


「ええと、それは……短い間ながらお世話になりました……?」

「なにを言っている、ばか者! おまえは留任だ!」

「えっ、そうなんですか?」


 てっきり、ともに追い払われるのだと思ったローザは、慌てたように叫ぶクリスに、再度驚いた。

 ということは、この離宮に、自分だけが残るということか。

 まじまじとクリスを見返すと、彼女は少年のような顔をふいと背けた。


「……その、なんだ。今のところ、話し相手役は、おまえで十分機能しているしな。……まあ、おまえだけいれば、いいかと……」


 言っていて恥ずかしくなってきたのか、声が徐々に小さくなってゆく。

 ローザは、無表情のままガンッ! とテーブルに顔を打ち付けた。


 ぷんデレの極致だ。尊い。


「!? なんの音だ?」

「いえ、なんでも」


 クリスがぎょっとして振り向くよりも一瞬だけ早く、ぱっと体勢を立て直す。

 穏やかな表情を取り繕ったローザに、クリスは怪訝そうに首を傾げたが、ややあってから「それに」と唇を尖らせた。


「ここ最近、おまえ、あいつらから嫌がらせに遭っていただろう? この離宮にいるのは、だいたい野心家で自信過剰な女たちばかりだ。そういうのは、これ以上暴走しないうちに、さっさと追い出すに限る。……ま、まあ、べつに、おまえのためってわけじゃないけどな……!」

「……ぅっ」


 どこまでも、ローザの思い描く「ぷんデレ」を体現してくるクリスに、思わず息を呑んで胸を押さえた。


(はい可愛い! はい「受け」!)


 まったく、彼女ときたら、つくづく女性にしておくのが惜しいほどの「ぷんデレ」の天才だ。

 自分の最推しはベルナルドだというのに、こうも次々と理想的な「ぷんデレ」ぶりを披露されると、ついクリスのことも激推ししたくなってしまう。

 ローザは、浮気性な自分を内心で罵った。


(というか待って、嫌がらせってなんだったかしら……?)


 ついで、今更ながら疑問を覚える。


「嫌がらせ、と言いますと……?」

「そんなに動揺しておいて、とぼけても無駄だ。脅迫文を送りつけられたり、愛読書をインクで汚されたりしたそうじゃないか。見かねた使用人から密告があったぞ」


 おずおずと問うと、クリスは険しい声で答える。

 それでようやく、ローザも合点がいった。


 そういえば、そんなこともあったっけ。


 連日王女に呼ばれているローザが気に食わないのか、何度か部屋に脅迫文を投げ込まれたり、不在の間に本を汚されたりしたことがあったのだ。


(脅迫文はあまりに見事な筆致だったから、ありがたく執筆の参考にさせてもらったし、愛読書などといっても、偽装用のノーマル恋愛本だったから、なんら実害はなかったのよね。忘れていたわ)


 BL作家志望のローザとしては、将来の執筆の糧となるような新しい表現を常に求めているし、なにしろ貴腐人は行間を読むのが得意なので、書物がインクで読みにくくされても、全然問題はない。

 むしろ、飛び散ったインクが伏せ字として機能した結果、書物全体が淫靡な雰囲気になった感もあり、ローザは初めてその本に愛着が持てたほどだ。


(わたくしはむしろ、仕掛けた方と仲良くなりたいというか……)


 実は、書物にインクをぶちまけた人物が、部屋を出て行く瞬間を目撃してしまったため、ローザは当然、一連の事件の犯人を把握していた。


 実行犯は、離宮の住人の中で最も爵位の低い、ヤンセン男爵令嬢アリーナ。

 けれど、彼女にそれを命じたのは、従姉にあたるヒューグラー伯爵令嬢ペトロネラだ。

 ヤンセン家はヒューグラー家に多額の融資を受けていると聞く。

 つまり、アリーナはペトロネラに命じられて、嫌がらせを実行させられているのだろう。

 アリーナは、いかにも引っ込み思案で、思いつめそうな雰囲気の持ち主だったから。


(ペトロネラ様は、殿方に媚びを売ってばかりと聞くから、あまりBLの沼にははまってくれなさそうだけれど……異性とろくに言葉も交わせないと噂のアリーナ様は、かなり素質がある気がするのよね)


 例えばその、思い詰めやすい性格。

 異性に堂々とは接触できない奥ゆかしさに、脅迫文で披露した優れた文章力。


 心を弱らせている人間は、新興宗教にのめり込みやすいと聞く。

 うまくボタンが掛け合えば、一気にBLに開眼し、深くはまり込んでくれる気がするのだが。


(なんとか彼女を引き込めないものかしら。親しくなって、あわよくば、修道院BL執筆生活を共に送る、よき作家仲間に……。そして、薔薇教の使徒に……)


 ローザは時々夢想する。

 彼女が出家するタイミングで、BL素養と教養を持った貴族令嬢がともに修道院入りしてくれたら、どんなに素晴らしいだろうかと。


 結婚や社交に煩わされない女の園で、秘めやかな妄想は濃密に交わされるだろう。

 表現力を持った女たちは、きっと妄想を書物として吐き出すはずだ。


 多彩なBL作家陣は、やがて一大サロンを作り上げる。

 いや、退屈な社交倶楽部(サロン)とは区別して、ここではコミュニティと呼ぼう。

 そうして、年に二回、例えば夏と冬に、布教のための小説頒布会を開くのだ。略して、夏コミに冬コミ。

 きっとそれは、やがて大陸中の貴腐人へと拡大していく――。


(見果てぬ夢ね。でも、絶対に実現してみせる)


 ローザは信じている。

 呼称も詳細も異なるかもしれないが、同じような集団が、当たり前のように存在している世界を。

 そして、今自分たちのいる世界の未来を。


(わたくし、頑張らなくては。具体的には、どうやったらアリーナ様を洗脳できるのかしら。わたくしの腐った魔力か血でも注ぎ込めばよいの? ああ、好きな人の飲み物に髪の毛を混入する女性の気持ちが、なんだかわかる気がするわ……)


 重度の狂人思考である。

 視界に入った自身の金髪を、ハイライトを失った瞳で眺めていると、


「――……い! おい! ローザ! 大丈夫か!?」


 焦り顔のクリスに肩を揺さぶられた。

 どうも、腐考に没頭しすぎるあまり、挙動不審になっていたらしい。

 すぐに思考が脱線し、しかもすさまじい勢いで展開するのは、貴腐人の悪癖だ。


 ローザは我に返り、慌てて両手を振った。


「は、はい! いえ、なんでも! まったく問題ございませんわ」

「そんなはずがないだろう。そんな青褪めた顔をして。まさか、そこまで事態が深刻化していたとは……」

「え」


 どうやら、またも興奮のあまり、顔色を失っていたらしい。

 こんなことで誤解されて、未来のBLの使徒たちを追い出されてしまっては困る。

 ローザは必死になってクリスに取り縋った。


「わたくし、青褪めてなどおりません。少々興奮しただけですわ!」

「この話のどこに興奮する要素があると言うんだ。犯人なんか庇うな! くそ……、おまえがもっと早く教えてくれれば、こちらだってなにかしてやれたのに」

「いえ、だってわたくし、全然気にしてなど――」

「もう黙っていろ!」


 ローザはその後何度も、「嫌がらせになどあっていない」「むしろ犯人とは友達になりたいと思っている」「一斉退去はどうかお考え直しを」といった主張を繰り返した。

 偽りを見抜く力とやらを使ってもらい、本心からそう思っていることを伝えたのに、なぜだかクリスはますます表情を厳しくし、取り合ってくれない。


 そして翌日には、正義感に燃える王女殿下は、一斉退去を強行してしまったのである。

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貴腐人ローザコミカライズ
― 新着の感想 ―
[一言] 節々にレオを感じるのです。なんですかね(笑)やっぱりこれ、レオとレーナの家系ですよね!!私 無欲の聖女の続編と言われても納得する所存でございますことよ。
[良い点] 思いもしない発想の転換が素晴らしい!! [気になる点] あまりの面白さに、私の腹がよじれるんじゃないかと気になります。 [一言] ローザと友達になりたい笑 むしろ、ローザと周りの人々を間近…
[良い点] 沼の導き手 [一言] ” 噂のアリーナ様は、かなり素質がある気がするのよね” わろすw
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