表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/86

10.ローザは危機に晒されたい(2)

「おう、いい子にしてたかァ?」


 乱暴な音と共に扉が開き、海賊の男が乗り込んできた。

 先ほど「お頭」と呼ばれていたあの男だ。

 妄想から「受け」が抜け出てきたように思えたローザは、つい肩をびくりとさせてしまった。


 少女たちも、咄嗟に解かれた手首を後ろに隠す。

 幸い庫内は薄暗く、縄の無いことに酔った海賊が気付くことはなかった。


 素直になれない系「受け」、もとい、海賊のお頭は、雄臭い顔に下卑た笑みを乗せて告げた。


「おまえらに、いい知らせがある。よーく聞けよぉ」


 彼は手近な樽を蹴飛ばし、そこにガンッと足を乗せた。


「本当はおまえらは、このまま、下世話な豚貴族や、がめつい娼館に売られる運命だった。だが、俺のかわいい部下が、あんまりに頼み込むもんでよぉ。慈悲深い船長としては、おまえたちにもちょっとくらい、いい思いをさせてやろうと思ったのさ」


 船長の言葉と同時に、後に続いて入ってきた男たちが、にやにやと興奮を隠せぬ様子で笑う。

 マルタなどは、その意図を察して、さっと顔色を変えた。


「なにせ、俺たちはこの航海の間中、ずっと女に飢えていたもんだからよぉ……わかるな? おまえらが売り飛ばされる前に、俺たちがわざわざ天国を見せてやろうってんだよ! 海賊流のな」

「…………!」


 少女たちが一斉に息を呑んだ。

 自分たちがこれからどんな目に遭うのか、その場で理解せぬ者はいなかった。


「そ……っ、それって……!」


 いや。


(もしかしなくても、女不足のあまり男に走った海賊たちによる、薔薇ラブの一幕を見せてくれるということかしら……っ!?)


 約一名、頓珍漢な理解に至った者がいた。

 すでに思考リソースをすっかり腐方向に持っていかれていたローザだけは、船長の宣言をそのように受け取ったのだ。


(そっ、そうよね!? 女がいないと言ったら、普通そういうことだものね!? 海賊流の天国を見せてくれるということは……つまり、そういうことよね!?)


 性懲りもなく鼓動が高まってきた。

 心臓に血液が集中しすぎたせいで、体がふらふらする。


 具体的にはなにを見せてくれるのだろう。

 ハグだろうか。それとも寸劇。

 キスくらいはするのだろうか。


「さぁーて。特等席で楽しみたいやつは、前に出て来い。総出で楽しませてやるよ。おまえら自身に選ばせてやる。さあ、誰だ?」


 声を聞き、少女たちは皆、じり、と一歩後退した。


(皆、なんて奥ゆかしい方々なの……?)


 最前列で見たいとは思わぬものなのか。

 それとも、縄抜けの礼に、ここは譲ってくれるということか。


 少々申し訳ない気もしたが、ローザは我慢できず、意を決して進み出た。


「わ――わたくしが」


 途端に、少女たちがどよめく。

 マルタに至っては、真っ青になって声を張った。


「この、ばか……! あんた、そんな小さいっていうのに――!」


 意外に年功序列を気にするタイプだったということだろうか。


(ごめんなさい、マルタさん。でもわたくし……譲れないの)


 目に力を込めて、肩越しに頷いてみせたら、マルタはなぜかふるりと身を震わせた。

 ローザによる裏切りがショックだったのかもしれない。


 ほかの少女たちも、男たちとローザから、目を逸らしたい、いややはり見ずにはいられない、といった様子で視線をさまよわせている。


(わかるわ。皆さま本当は、興味津々なのよね)


 やはり、薔薇ラブが嫌いな女子などいない。

 ローザは強く確信したが、もちろん、実際の少女たちの心境はそうしたものではなかった。


(信じられない……)


 例えばマルタなどは、先ほどから、衝撃で心臓が張り裂けそうな思いをしていた。


(こんな子が、本当にいるってのかい……?)


 幼少時から奴隷としてこき使われ、あげく娼婦となったマルタは、基本的に神の存在など信じてはいない。

 同時に、「慈愛深い貴族」などというものの存在など、笑い飛ばしてしまうほどだった。


 天は奴隷を救わない。強者は弱者を搾取することしか考えない。

 信じられるのは自分と、あるいは同じ境遇の女たちだけ。

 それが、マルタの長年の指針だったのだ。


 だが――。


(なんてきれいな、姿だよ……)


 小柄な体を真っすぐに伸ばし、海賊に向き合うローザの姿に、マルタは心から震えた。


 天使のように美しい顔。金の髪。

 淡い色だと思っていた瞳は、彼女が力を込めると神秘的な紫色に輝く。


 汗を滲ませ、ふらついてまで魔力を揮い、縄を解いてくれたローザ。

 動揺する女たちを、たった一言で宥めてみせた彼女。

 そして今、この場の誰よりも高貴で、年少であろうに、彼女は後ろ手に女たちをかばってみせる。


 その華奢な背中が、どんな言葉よりも雄弁に、彼女の高潔さ、そして慈愛深さを語っていた。


「ほおー! まさか嬢ちゃんのほうから来てくれるたぁな! ん? おまえ、金髪だったのかぁ!?」


 海賊たちが下卑た笑い声を上げ、上機嫌に腕を伸ばす。

 その汚らわしい指が、無遠慮にローザの髪を掴み、ぐいと引っ張るのを見て、マルタは固く目を瞑った。


(くそ……っ!)


 ああ、こんなにも彼女のことを尊いと思うのに、自分が彼女の身がわりになれるかというと、やはりそれは恐ろしいのだ。

 なまじ、マルタは男の恐ろしさを知ってしまっているから。


(神様……! 誰か!)


 彼女は臆病な自分を罵りながら、生まれて初めて、神に真剣に祈った。


 神。天使。

 運命や宿命。

 なんでもいいから、どうかこの少女を助けてほしい。


 マルタが組んだ両手を強く握り合わせた瞬間、それは起こった。


「――ここか!」


 ばんっ! という激しい音とともに扉が蹴り倒され、男が踏み入ってきたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆コミカライズ開始!
貴腐人ローザコミカライズ
― 新着の感想 ―
[良い点] 申し訳ありません、ローザ様をつけ狙う憎き惨劇を思えば笑ってはいけないのに「なんて奥ゆかしい方々なの…?」「年功序列」「皆さま本当は、興味津々なのよね」と連続して小さな爆発くらい噴き出しまし…
[一言] ローザ様の性に関する知識はどれくらいなのでしょうか。一般的な知識が欠落しているようで心配です。父親の反動なのか汚い部分は見ていないように見えます。
[良い点] ローザさまを見ていると、わたしもなぜか突然叫びだしたくなります(笑) (夜中はやめろ) [気になる点] >「――ここか!」 >ばんっ! という激しい音とともに扉が蹴り倒され、男が踏み入って…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ