EP63:side.森の世界 scene.4
〈視点:三人称〉
「……聖燦究極治癒大術式」
巨大なオーロラ色の魔法陣が展開され、眩い光が打撲痕や切傷、臓器損傷や複雑骨折を癒していく。
「おっ、治った治った。お前の娘って本当に便利だよな、カノープス」
「……はぁ、ボコボコにされたのに懲りないねぇ、このクソ陛下は。それから化野さん……流石に糜爛剤を撒いたからって止まるような人達でもないでしょう? なんで戦場を掻き回すだけ掻き回してジーノさんにワンパンされているの? 勇人さんと化野さんはとにかく前線向きじゃないってことは自分でもよく分かっていると思っていたけど」
「……いや、ボス。俺、普通に巻き込まれたんだけど……」
「そもそも、戦闘使用人でも圓さんの仲間でもないのに巻き込まれた僕達ってどうなるんですか!?」
「……そうです、マスターと私は関係なかった筈です」
「体力ない後衛の俺が暴力司書の代わりに強制参加させられているのに、お前らだけ知らぬ存ぜぬってのは流石にねえだろ? 不幸のお裾分けだ、遠慮するな」
「「全然遠慮していません!!」」
「それなら、僕だってこのヒースって執事の人に引き摺り込まれましたよ!!」
「いくらなんでもあのくノ一さんの相手とか絶対に荷が重いし……執事長はあちらの執事長さんと戦っていてそれどころじゃなさそうだったし、ってことで丁度そこにいい感じの勇者がいたから肉壁に……ってしようとしたら『この阿保が!』って俎板暴力メイドにボコボコにされたんだよ!」
「うふふ、誰が俎板暴力メイドですか? ……おいヒース、表に出ろや!! 俎板って言ったこと、後悔させてやる」
「アハハハ、やっぱりオニキスは最高な奴だな」
「…………まどかちゃんごめんなさい。誰も倒せないままボロボロにされちゃったよ」
「なんか、咲苗さんって盥回しにされている感あったよねぇ? ……まあ、ボクもしたから人のことをとやかくは言えないんだけどねぇ」
「ゴメンネ」と可愛く笑うリーリエに絶句する咲苗。途中から記憶があやふやだが、まさかリーリエにまで盥回しにされたとは思っていなかった。……「巴ちゃん!! 私まどかちゃんに盥回しにされちゃったよぉぉ!!」と咲苗を女神視している者達が見れば目を覆いたくなるような醜態(という名の泣き喚き)を晒す咲苗と、そんな咲苗を優しく抱擁する巴ママ。
「やっぱり、百合って最高だよねぇ? ねぇ、そう思わない? アクア?」
「最高、ですね、お嬢様……うぅ」
鼻血を出しながら尊死したアクアを見ながら「流石に刺激が強すぎたみたいだねぇ」と独り言ちるリーリエ。ちなみにラピスラズリ公爵家とラインヴェルドは「いつものことだ」と軽く流し、圓の家族達は「そういえば、オニキスってそういうキャラ設定していたっけ?」と思い出し、他のメンバーが「あのメイドの娘、大丈夫かな!?」と心配するという反応に綺麗に分かれている。
「それで、カリアさんに、瑠奈さんに、卓也さんに、綺羅さんに、維池郎さんか……晴兎さんのご友人……というか、異世界トライアスに召喚された人達と原住民って括りで間違いないかな? ……となると、今回の相手は空間的には同時に三つの世界に、しかも過去と未来を含めて……合計四箇所に干渉したのか……」
異世界トライアス、異世界ユーニファイド(圓が死亡した直後の時点)、異世界ユーニファイド(ローザ三歳の頃……つまり、前者よりも十年以上過去の地点)、地球(前者ユーニファイドと同時期)……つまり、時と空間の座標が全く異なる四地点に同時に干渉した……そんなことができるのはやはり。
「一体誰がそんな側迷惑なことをしたんだよ!!」
「まあ、大凡の検討はついていたけど……やっぱり厄介だねぇ。相手は世界の理を逸脱した現象を引き起こすことができる特殊能力――異理の力を持つ存在。能力の詳細は分からないけど、恐らく夢に干渉するものだと思う……勇人さんの話だと眠る前に黒い蝶を見たってことだし……。まあ、夢と蝶の結びつきは正直分からないけど、夢によってこの世界に引き込まれたのはまず間違い無いだろうね」
維池郎の問いに「いずれにしても側迷惑な話でしかないよねぇ」と付け加えて答えながら、リーリエは肩を竦める。
まあ、実際異理の力を持つ存在には身勝手なものが多い。身勝手な言い分で、自分の意思を通した結果、様々なものが理不尽に巻き込まれる。その際たる例は本好きを拗らせた変態が巻き込まれたあの世界だ。
最も混沌とした異世界と言われるあの世界に存在した《スキル》という力も、結局一つの異理の力から生まれたものだったという。それほどまでに異理の力とは一線を画す力なのだ……時や空間の隔たりを超えることなど造作もないのであろう。
「まあ、巻き込まれた以上はこの世界のルールに従って攻略する以外にここを出るのは無理だろうねぇ……管理者権限を使って脱出を試みても、結局この世界の中ででしか転移できないみたいだからさ」
もし、これが「因果を超えた超剋者ならまた話は違うんだろうけど……。まあ、無い物ねだりをしたって仕方ないよねぇ」と呆気なく机上の空論を投げ出し、「それじゃあ、ルール通りこの森の宝玉を納めて最後のエリアを開いて、ボスぶっ飛ばしてとっとと帰ろう。ねぇ、簡単でしょう?」と、大半の人間が聞けば「それのどこが簡単!?」とツッコミを入れそうな視線を一斉にリーリエに向け、柳が代表して「圓様の簡単と仰った以上、それを完璧に遂行するのが我らの役目! 参りますよ、月紫さん、化野さん、蛍雪さん、斎羽さん!」と圓に追随する形で森の探索を再開した。
「ってことだ。カノープス。俺達もクソ楽しい騒ぎに参加するぞ? 遅れた奴は打ち首だ! アハハハ」
「……ということだ。我々は私の陛下に追随して、この森を突破するとしよう。陛下の身の安全を第一に各員ベストを尽くせ」
その一言で全てが決定した。戦闘使用人もラインヴェルドに追随する形でリーリエを追い、残った巴と咲苗、晴兎達も慌ててその後を追った。
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「彼らの通った後にはぺんぺん草一つ残らない……」という他に形容できないほどの激しい蹂躙劇が繰り広げられていた。
先頭のリーリエと護衛の月紫、ラインヴェルドとカノープス、アクア、そして何故か先頭に拉致られた晴兎、ルーア、星矢が前衛で敵を蹴散らしていく。
「……戦わなくっていいって本当にいいですぅ。私は弱々ですからぁ」
「うちは戦闘脳で体力が有り余っている奴ばかりだから、こういう時はいい感じに怠けられるんだよなぁ。最高な職場だよ、好きなだけ花を愛でて庭の手入れをしていられるし」
「……非常時も常時もサボっているこの人なんて、絶対に見習っちゃダメよ、カリアさん。働き蟻と怠け蟻の理論を掲げているけど、実際には全く働いていないわ!! これを給料泥棒と言うのよ」
「はい、絶対に見習わないことにするですぅ」
「ざけんな! 俺はちゃんと働いているぜ! 大体屋敷の庭の範囲はお前が担当している図書館の区画よりも(以下エンドレス」
「……まあ、勇人さんだってちゃんと分かっていて肩の力を抜いて仕事をしている訳だし、こういう人もいないといけないと思うからねぇ。頑張ることが全てじゃない……ほどほど肩の力を抜いて休む時は休むべきだと思うよ?」
いつの間にか前にいたリーリエが勇人の隣に移動しており、「この人はちゃんと分かっているから」と弁護している。
「しかし……」
「しかしじゃないよ。みんながちょっと頑張り過ぎなだけだからねぇ、ほどほどにして休んで欲しいって何度も言っているんだけどねぇ。君達はボクにとって大切な家族なんだから」
「……使用人の立場としては、圓様にはもうちょっと休んでもらいたいと思いますけどね」
「まあ、ボクは趣味だから別にいいんだよ。それに、ぶっ倒れるところまで計算づくだからねぇ」
「部下としては主人にぶっ倒れてもらいたくないというのが正直なところですけどね……」
「……まあ、ボクは好きに生きているからねぇ。そうやって好き勝手やった結果が前世の死ってことだから、ある意味因果応報ってことになるんじゃないかな? まあ、結局そうやって痛い目に遭ってもこの生き方を変えなかった訳だけどさ」
百合薗圓は、百合薗圓の魂を持ち続ける限り、きっとその生き方を変えることはないだろう。
『おいおい、俺はお前を殺しに来たんだぜ? 自分の命を取りに来た暗殺者にまで救いを差し伸べるとかどんな菩薩だよ?』
『ボクが菩薩ねぇ? そんなんじゃないと思うけどさ? 世の中には正義だ、悪だなんて二元論で語ろうとする者が沢山いるよねぇ。そういう人達からしたらボクや君は沢山の命は沢山の命を奪ってきた悪人ってことになる。……でも、ボクはそんな風に善悪二元論で全てが語れるとは到底思えないんだよねぇ。正義の対義語は果たして悪か? ボクは正義の対義語は別の正義だと思う。そうした正義が対立し、紡がれてきたのが勝者の歴史。その歴史の中で、別の正義が悪に置き換えられてきた……動機や過程があるからこそ結果がある。ボクがこうして富豪擬きになったのにも、君が暗殺者になったのにもさ……だから、ボクが信じるのは世間一般が言うような正義なんて曖昧模糊なものじゃない――自分の感覚や、信じたいと思うもの……まあ、具体的にっていうと難しい、実際は勘みたいなものだよ。でも、ボクの勘はよく当たるんだ。……ということで、確固たる理由がある訳じゃない。ただ、ボクは君を殺したくないと思った。ただ、それだけなんだけど……不満かい?』
『いや、不満じゃねえよ。……寧ろ、そういう価値観は嫌いじゃねえな。金だ、権力だ、そんなものに固執する奴の手足になって働くのは正直反吐が出る……。俺がアンタの下に着いたら、俺は何をもらえる?』
『それは君自身が決めるべきことだよ。そのために、ボクは助力を惜しまない。ボクは君に賭けるってそう決めたんだからねぇ。だから、これは君の命を助けた訳じゃない。君という人間に投資家として賭けたってことだよ』
『あはは、気に入ったぜ! それじゃあ……そうだな。あんまり人殺しはしたくねぇな。……妹が好きだった花を育てて、静かに平和に暮らしてえ』
『いい夢だねぇ。やっぱり、君を選んで良かったよ――斎羽勇人』
少女趣味は甘ロリという格好には似つかない誰よりも大きな度量で、圓は勇人に手を差し伸べてくれた。
その圓は死んで、ローザに転生して今目の前にリーリエの姿でいる。
だが、その心はあの頃と全く変わらない。どこまでもリアリストで、そしてどこまでも天真爛漫に夢を追いかけている。
目の前の大切な主人を、もう二度と絶対に失ってはならない。圓はそのままの魂を持ってローザに転生したが、そのような奇跡は二度も起こり得ないのだから。
(……貴方は俺を選んでくれた。その期待に応えるようなことを俺は果たしてできたのか? ……まあ、できていてもできていなくても関係ねえ。これからもずっと俺は圓様の部下……いや、圓様はこの呼び方が嫌いだったっけ? 家族、だからなぁ。だから、今度こそ絶対に見失なわねぇ。……もう二度と、朝陽の時みてえに目の前で奪われてたまるかよ!!)
例え、殺人者だと、悪だと断じられたっていい。
かつては、大切な妹を奪ったアイツに復讐さえできれば……そうやって暗殺の腕を磨いてきた。
そして、今度は自分の価値を認め、家族として迎えてくれたあの人のためにその力を使いたい。
――それが、斎羽勇人という一人の男の生きる理由だ。




