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前衛女子が打ち破る世界と陽の光  作者: 紺色ツバメ
一章 公国の姫君は、出会う
3/38

悪魔の狒々

「だって、あんまりグズグズしてるんだもの」


 歩きながら、退屈そうに原型の球体となったサイファーを人差し指の上に浮かべて遊んでいる。

 その色は、透き通るような水色。瞳と同じ色だ。


「認めてるんじゃない……それからあれ、さっきのイミュート。普通回収作業は第一世代の工具で行うものでしょう」


 イミュート、とは、この私の肩口に浮かんでつかず離れず後を付いてきているサイファーに、意思を流し込んで変形させることを言う。さっきフィリアがサイファーをふざけたトングに変えたのもそれだ。


「工具なんて重たいもの持ち歩きたくないもの。彼から借りたくも無かったし」

「……自覚ないみたいだから言っておいてあげるけど、とどめを刺したのはフィリアだからね」


 私の言葉に耳を傾けているのかいないのか、相変わらずふわふわとサイファーを浮かべて遊んでいる。


 この魔石兵器『サイファー』は、特別な手法で握り拳大の球体に生成された後、使役者の血を吸うことによって完成する。そうすることで主を認識し、主の意思のみに従って動作するようになる。だからもしこの手遊びが目障りになっても、私の干渉によって妨げることはできない。


「まあ、縁がなかったってことね」


 ぴん、とサイファーを宙空で弾く。登録された定位置である右の肩口に飛んで収まった。


 よくもまああっけらかんと。

 あのエンジニアが気に入らないから縁を切ったんじゃない――私も人のこと言えないけど。


 私より一回り身長の低い彼女を見下ろす。

 帽子の高さを足した全長で言ってもまだ私に少し足りないくらいだ。


「それを言えば、私たちには縁があるってことになるわね」

 私の言葉に、フィリアは黙って答えない。


 先にも言った通り、基本は三人一組での潜入だ。

 この原則が破られたなんて話は聞いたことがない。


 フロントと呼ばれる、前衛。

 私の仕事だ。

 役目は最前線で敵の動きを封じること。

 盾として敵の攻撃を防ぎ切る盾のようなタイプの兵士もいるし、私のように攻撃を重ねて敵を自由にさせない動き方をする兵士もいる。


 それから、後衛。バックとも呼ばれる。

 フィリアの役回りで言えば、詠唱に時間がかかるが威力の高い魔導を放ち、敵を一気に殲滅するのが主な仕事だ。


 私たちは既に何十回、いやもしかすると百を優に超えた回数の任務をこなしてきた。『魔女』と呼ばれる無口で無愛想な少女と組まされた、あの初めての任務からかなりの月日が経っていた。


「……にしてもどこまで走っていったのよ、あの男は」

 なんとなく今考えていることを知られたくない気分になって、私は別の話題を振った。

「大方、転移の間で待っているのでしょう」

 フィリアからいつもの調子で返事が返ってくる。


 地上から地下に潜るときは、基本的には『転移の魔床』を使う。もちろんこれも『カルディア』を加工して作られたもので、要は昇降機エレベータだ。


 見ての通り、サイファーは浮いている。重力を受けるための粒子が物質上に存在していないからだと言われている。その特性を利用することで、数千メートルの上下移動を実現している。


 そしてそのエレベータが設置されている部屋が、転移の間と呼ばれている。ここは二階層目だから、今向かっているのは『第二の転移の間』になる。



 

「ォオオオオ――――」




 微かにであるが、音が聞こえた。

 獣の叫び声のようだ。

 続いて、ずん、と大地が揺れた。地下洞窟に居るのでこの地面を大地と呼んでいいのか定かではないが、とにかくかなり大きな振動が伝わってきた。ぱらぱらと天井から小石や砂が落ちてくる。


「……ここって、二階層目よね?」


 分かりきっていることをあえて口に出して尋ねる。


「そのはずだけど」


 声質が先程までと少し異なっていた。フィリアの身がこわばっているのが分かる。それは私も同じだった。


 先に討伐したセグメントと呼ばれる化物は、『カルディア』をその身に取り込んで凶暴化した地下生物だ――と、言われている。そして、その生物は階層に従って分化・棲息している。地下は深くなるほど、『カルディア』はより巨大に育つ。そして化物の凶悪さは、取り込んだ『カルディア』の質量に比例する。逆に言えば、上層にはより体躯の小さな、弱いセグメントしか存在しないはずだった。


「まさか――いや、でもそんなはずは……」


「行きましょう。もし考えている通りの事態だったら、レベル2のチームだけじゃとても太刀打ち出来ないわ」


 私たち二人は駆け出した。

 橙色の灯りが包む狭い通路を、飛ぶように走り抜けていく。


 兵士としての階級で言えばフィリアの方が私よりも上だ。レベル4。

 私はレベル3。レベルがそのまま潜れる階層を表している。現在私たちがいるのは二階層目。それは、潜入可能階数が、部隊の中で一番レベルの低い奴に引っ張られてしまうからだ。

 奇声を上げて拗ねて姿を消したあの男のレベルが、2。


 この階級分けのルールは、私たち採掘者の身を守るために定められたものだった。レベル2の兵士では、三階層目よりも深くに棲む化物には敵わない。



 

「グオオオオォ――――」




 先ほど聞こえた咆哮が、より鮮明になっていく。

 明らかに、獣の叫び声であった。

 また一度小さく地面が揺れる。


「……グルード」

 私の横を走る彼女が呟いた。

「信じたくないけど、間違いないわね」

 おそらくこの咆哮の主は奴だ。私たちはさらに足を早める。


 悪魔の狒々、グルード。


 見上げるほど大きなその体躯は、肥大した上半身とそれに比べると矮小な下半身からなる。

 二足歩行ではあるものの、丸太ほどもある腕で常に体を支えるようにして歩き、攻撃の瞬間だけ上体を起こす。そこから繰り出されるパンチは強烈で――


 ずしんと心臓を圧迫するような音が通路の奥から響いてきた。


「戦闘中みたいね」


 グルードが壁か地面を殴ったのだろうか。


「……どうせまた警邏部隊あたりが色気出してんじゃないの。奴が三から四階層目の化物セグメントだってこと分かってるのかしら」

「みんなあなたが思っているよりは教本をちゃんと読んでいると思うわ。どちらかというとレベル2の兵士がグルードのスピードから逃れられていないだけの可能性が……近いわね」


 通路から飛び抜けて開けた空間に出た。 

 この地下は、蟻の巣のように空間と空間が通路で繋がったような構造をしている。ここは地図で言えば転移の間からさほど離れていない部屋だった。

 

「――グルアアアアアアア!!!」


 狒々の咆哮が響き渡る。

「……あー」

 目の前の状況を見て、フィリアが気のない声を上げた。

 部屋には四人の人間がいたが、立っていたのは一人だけだ。


 惨状だ。


 倒れている者は、女が二人、男が一人。皆一様に意識が無いようだ。ピクリとも体を動かさない。いや、一人だけ違った。動いている。というかあれは痙攣ね。ピクリというか全身がビクンビクンしている。危険な状態だというのがひと目見て分かる。


 そして残って立つ一人には見覚えがあった。さっき奇声を発して勝手にどこかに立ち去った、まさにその男だ。

 そいつはガクガクと足を震わせながら、根元から折れた銀の刀の柄を掴んで、立ち向かおうとしているのか逃げようとしているのかよくわからない格好をしている。


「なんだ、刀のイミュートくらいは習得してるんじゃない」

「違うわ。ほら、あいつのサイファー。原型のまま向こう側に浮いてるじゃない」


 彼の肩口に浮かぶサイファーは、持ち主の精神状態を反映しているようで、制止ではなく不規則な軌道でさまよっている。


「……第一世代の武器ね。確かにサイファーならノックバックが起きる程の損傷だわ」


 第一世代の武器とは、サイファーが発明される前、『カルディア』をそのまま錬金して形作った武器だ。つまり、この化物には一応通用するものの、変形も共鳴も属性変化もしない普通の武器ってことで、そんな説明をしてる間に男が殴り飛ばされた。


 そのまま壁に叩きつけられ、彼の背負ったバックパックからボロボロと工具がこぼれ落ちた。


「……あー」


 また魔女が感情なく声を漏らす。『一応言っておくか』みたいなノリだった。


「喰らったわ」

「喰らったわね」

「あ、動いてるわ」

「まだ生きてるみたいね……あ、ダメだ、力尽きた」

「倒れたわ」

「倒れたね」

「放っておく?」

「それだとまた私の昇級が遅れるじゃない。嫌よ」

「いいじゃない、レベル3のままで。お姫様にはお似合いの階級よ」

「誰が」


 そうこう言い合っている間にずしゃあと地面を踏みしめる音を立てて、狒々の巨体がこちらを向いた。腫れぼったい瞼の下、充血した二つの目がこちらを睨んでいる。


「……私たちを狙ってるみたいに見えるけど」

「へえ、そう。身の程を知らないお猿さんね」

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