もっと早くに…
それなりに資産を持つ男がいた。それまで男は、スマートフォンという物を、これといった理由もなく毛嫌いしていたが、周囲の勧めもあり、初めて触れるスマートフォンの便利さに感動していた。
地図アプリで自身の居場所を確認してみたり、気になった物事を片っ端から調べては結果に頷き、動画共有サービスを見て、大いに笑って泣いた。
それはまるで、新しいおもちゃを買い与えられた子供のようであった。男が言った。
「スマートフォンがこんな素晴らしい物だったとは。こんな事なら、もっと早くにスマートフォンを使っておけば良かった」
男の目は、新たに出会った相棒への期待と楽しみで光り輝いていた。
だが、男がスマートフォンに触れる機会は二度となかった。翌日、齢九十になる男は、老衰で亡くなったのだ。
男の息子は悔しさをにじませながら言った。
「こんな事なら、もっと早くに遺言書を書かせておけば…」