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若き支配者

作者: 一条 灯夜

 2019年春――大遅刻の末、ようやく、俺は領土を得た。

 六畳一間で、風呂とトイレは一緒で、台所は……まあ、お察し程度のモノだけど、それでも初めての自分だけの空間である。嬉しくないはずがないだろう。日向で、運び込んだばかりの布団に転がって枕を掻き抱くぐらいには。


「そんなに、一人暮らしが嬉しいものかねぇ」

 そんな声と共に振って来たのは、足だった。いや、蹴られたわけではなく、足先でつつかれる程度ではあるが、この角部屋の若き支配者に対して、なんたる無礼を働くのか。

 抗議もかねて、ぐるんと体を回転させて仰向けで天を仰ぐ。

 背中をつついていた爪先が、今度は俺の腹をつついた。

「ゴールデンウィークにホームシックになって、実家から中々帰ってこない生徒もいるんだぞ」

 逆光の中のニヤニヤ笑いが、またなんとも挑発的である。

 しかも、こうした場合のセオリーに反して、穿いているのがスカートではないというのもなんとも小憎たらしい。せめてタイトなデニムかなんかなら、まだ足のラインを楽しむ余地があるというのに、理系大学生らしいカーゴパンツと来たものだ。

「俺の部屋は、女性はズボン禁止なんですよ……先輩」

 ズボンの裾を掴んで軽く引っ張るも、慌てた様子はなく、むしろ悠然と「口先ばっかりの後輩に強がられてもねえ」なんて返される。

 くそう。

 姉御肌ではあるが、思春期男子のあこがれる年上のお姉さんとは絶対的に乖離しているこの人とは、同じ塾の先輩と後輩だった。去年、先輩が先に進学してしまうまでは。

 追っかけたとかではない、たまたま、学力と学部から選んだ先が一緒だっただけだ、そして――。

「それに、実は私の部屋では、泊まった男に対して一宿一飯の恩を百倍で取り立てる権利もあるのだよ、キミ」

 なんたる暴君だ。

 だがしかし、塾の先輩後輩という縁を頼らなければならないほどには、知り合いのいない地方であり、かつ、近年の引っ越しの難しさから、入居が遅れに遅れ、入学式とその後の数日、この面倒見のいい姉御の厚意に甘えてしまったのも事実である。

 だって、ネカフェって思ったよりも寝辛かったし。

「宿泊料ぐらい払うし――」

「三十万」

 強がりを返そうとしたら、食い気味に真剣な目でそんなことを言われてしまう。

「……ぼったくりだ」

「どこか! 女の子つきなんだから、そんなもんでしょ」

 そう言われてしまえば、まあ、確かにな、とも思ってしまうが……。

 困っている俺に向かって、無い胸を張って勝ち誇る先輩。

「私に勝とうだなんて、十年早い。しかも、これから過去門から何からお世話になるって言うのに、いいの先輩の機嫌を損ねても?」

「参りました、お姉さま」

「その諦めの良さは、褒めてやろう」

 諦めって褒め言葉か? とは思ったが、また言い負かされるだけなので、素直に適当にうなずいて春の陽気に、荷解きでくたびれた手足を投げ出す。ちょっと暑いぐらいだ。


「そういえば」

「んう~?」

 布団にねっころがる俺と、唯一の玉座に座って足をパタパタさせてる先輩。

「先輩はホームシックになったんですか?」

「なんで~?」

「いや、さっきの言い方から、そうなのかなって」

 パタパタ、パタ。

 足が揺れるリズムが変わった。

「可愛いか?」

 勢いをつけて、前屈するみたいに上体を俺に近づけてきた先輩は、可愛い、と、言えないことも無いんだけど、女の子女の子してるタイプではないので、なんか、どっか同性の先輩っぽい雰囲気の時もあるし、判断と解釈に悩む存在だ。

 先輩ン家に連泊したのも、それが理由。

 なんか、初日意識しまくった割には、普通にゲームして、だらだらしてって感じだったし。


 ふむ、と、もっともらしく頷き。

「いや、先輩も人の子だったんだなぁって」

 そんな素直な観想を口にしたんだが、今度こそ先輩の爪先で蹴られてしまった。

「この野郎!」

 先輩の足に虐待されている中、外からは花火の音が響いてきた。

「俺の門出を花火は祝ってくれてるのに」

「他大の入学式か、新元号のなんかでしょーが」

「正論どーも」

 昼間の花火は、なんか、雅さに欠ける気がする。

 それでも、音が注意を引くから二人で自然と空の同じ方向を向いていた。


「そういえば、アンタこれからどうするの?」

 ……質問の意味が広過ぎて答えに困る。

 真剣味はないから、適当な会話のための会話なんだろうと解釈した俺はハハン、と、軽く笑って答えた。

「まあ、この小さな城でたったひとりの独裁者になってもしょうがないし……当面の目標は、お姫様探しだな。……美人の」

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