お人好しなキツネのハンバーガー屋さん
逆さ虹の森に、お人好しのキツネが住んでいました。
キツネは、なにか食べもの屋さんをはじめようと思いました。というのは、今まで逆さ虹の森には食べもの屋さんがなかったのです。
動物たちは、なにか美味しいものを食べたいと思ったら、森から出て人間のすむ町まで買いにいかなければなりませんでした。ですが、森の動物が町に出かけるときまって大騒ぎになり、最悪、人間につかまってしまうのでした。これは森にすむ動物の宿命でした。
ある日、キツネは穴ぐらの中で、フライドチキンを食べながら、おくさんと2匹の子どもたちにいいました。
「ぼくは明日からハンバーガー屋さんをはじめるよ!」
「なんですって、あなた! ハンバーガー屋さんを? それも明日から?」
おくさんは驚いて叫びました。
「そうだ。みんな、ぼくを止めないでおくれ。仲間たちが、ハンバーガーを食べるために町に出て、人間に捕まるのをもう見ていられないんだ。そうだろ。だったら、ぼくがハンバーガー屋さんをはじめればいいんじゃないか。それは、お人好しなキツネのハンバーガー屋さん、逆さ虹の森ではじめてのハンバーガー屋さんなのさ」
子どもたちは立ち上がって拍手をしました。おくさんは困った顔をしていましたが、しばらくして、
「すごく大変なことだと思うけど、あなたって一度言いだしたらわたしがなにをいっても聞かないから。結婚したころからそうだったわ。男って変わらないのね。いいわ。わたし、あなたを止めないわ。そのかわり、わたしもハンバーガー屋さんを手伝うわよ。それでいいわね?」
といいました。
キツネは成功を願って、森の中にあるドングリ池にやってきました。
この池にドングリを入れて、願いごとをすると叶うとされているのです。
「ハンバーガー屋さんが成功しますように!」
キツネはどんぐりを一つ投げ入れると、手を合わせて、お祈りをしました。すると、
(大変だと思いますけど、がんばってくださいね……)
と美しい声が、キツネの大きな耳に聞こえてきました。
「あれ、誰?」
キツネはあたりを見まわしました。しかし誰もいませんでした。
それから、キツネは鼻歌をうたいながら、自分の住んでいる穴ぐらの前にこんな看板を出しました。
*
お人好しのキツネのハンバーガー屋さん
明日からお店をはじめます。
ハンバーガー どんぐり5こ
チーズバーガー どんぐり6こ
フライドポテト どんぐり4こ
ミルク どんぐり3こ
キツネセット どんぐり10こ
*
「へえ、キツネがハンバーガー屋さんなんて始めるんだ」
集まった森のリスたちは口々にいました。それは、とても小さな口でした。
しかし、この看板を見たいたずら好きのリスは、大変おもしろいいたずらを思いつきました。
リスは、看板にらくがきをして、ハンバーガーのねだんを変えてしまったのです。
*
お人好しのキツネのハンバーガー屋さん
明日からお店をはじめます。
ハンバーガー どんぐり15こ
チーズバーガー どんぐり16こ
フライドポテト どんぐり14こ
ミルク どんぐり13こ
キツネセット どんぐり110こ
*
「はははっ、こいつはずいぶん高いねぇ」
いたずら好きのリスは満足して、笑い転げました。
しばらくして、そこに暴れん坊のアライグマが草をなぎ倒しながらあらわれました。
「おおい、そこの子リス、なにをわらっていやがるんでい。おもしろいことでもあったのか」
「あ、いえ、なんでもないんです。それよりも、こちらをごらんください。あのキツネめがハンバーガー屋さんをはじめるらしいんです」
「あんだって?」
アライグマは、目を丸くしてハンバーガー屋さんの看板を眺めました。
「食べたいねぇ。ハンバーガーか! でもさ、ハンバーガーひとつで、どんぐり15こはいくらなんでも高いんじゃあないのかい。これじゃぼったくりだよ。ひどいねぇ。もうがまんならない。こらっ! キツネ!」
アライグマは怒って穴ぐらにとびこんでいきました。
キツネは穴ぐらのなかで、コックさんの白い帽子をかぶって、ハンバーグを鉄板の上にのせて、じゅうじゅうと音を立てて焼いていました。とてもおいしそうな香りがしています。煙がもくもくしています。
「こらっ! キツネ! ハンバーガーひとつで、どんぐり15こはいくらなんでも高いんじゃあないのかい!」
「えっ、なんですって? ハンバーガーひとつでどんぐり15こ? そんな高いねだんにしたおぼえはありませね。たしかハンバーガーひとつでどんぐり5こだと思いますが」
「うそをいっちゃいけないよ! こうして看板に書いてあらぁ」
キツネは、ハンバーグがこげないか、心配になりながら穴ぐらから出てきました。そして看板を見て、びっくりしました。
「あれっ、たしかにハンバーガーひとつでどんぐり15ことかいてある。これは変だなぁ」
キツネは首をかしげました。たしかに自分はどんぐり5こと書いたはずです。
「どうだ。わかったか。こんなきたない商売をしちゃいけないよ。ハンバーガーならどんぐり1こと交換にしようぜ」
「それはあんまりですよ。そんなに安いんじゃ、商売あがったりです。おくさんや子どもたちが暮らしていけません」
するとキツネのおくさんが穴ぐらから飛びだしてして、
「あなた、ハンバーグがこげるわよっ!」
といいました。
「ハンバーグがこげるらしいのでちょっと失礼します」
キツネはぺこりとおじぎをして、穴ぐらに入っていきました。
「なんでえ、べらぼうめ。こんな高いハンバーガーがあるか。よし、子リス、その右前足に持っているペンをかしてくれ。おれがこいつを書きなおしてやる」
とアライグマはいって、ペンを受けとると、看板をこのように書きなおしました。
*
お人好しのキツネのハンバーガー屋さん
明日からお店をはじめます。
ハンバーガー どんぐり1●こ
チーズバーガー どんぐり1●こ
フライドポテト どんぐり1●こ
ミルク どんぐり1●こ
キツネセット どんぐり1●●こ
*
これにはアライグマもリスも笑いころげました。メニューのものがぜんぶ、どんぐり1こで買えるのです。あまりにも安いではないですか。
そこに食いしん坊のヘビがやってきました。
「おなかが減ったなぁ。おっ、なんか、おいしそうなアライグマとリスがいる! ねえ、きみたち、食べていい?」
「馬鹿なこというなよ。それよりもこいつを見てみろよ。キツネがハンバーガー屋さんをはじめるんだってよ」
「へえ、おいしそうだねえ。それにぜんぶ、どんぐり1こで買えるの? お安いね。ああ、今すぐにでも食べてみたいなぁ」
そこに、お人好しのキツネができたてのハンバーガーをもって、にこにこ笑いながら穴ぐらから出てきました。
「さあさあ。そこにお集まりのみなさん、ここに味見用のハンバーガーがあります。どうぞ、ひとくち食べてみてください……って、なんだ、このどんぐり1こって! 勝手に書きなおすんじゃない!そんな商売なりたつかっ!」
キツネはあわてて看板を自分のからだで隠しました。
「ねえねえ、ハンバーガー食べさせてぇ!」
食いしん坊のヘビがキツネの首にからみついてきます。キツネはめんどくさそうにふりほどくと、もうぷりぷり怒っています。
「みんな、ふざけていると、ハンバーガー屋さん、もうやめるよっ!」
「いや、それはこまる」
3匹はキツネにいいました。キツネが怒ってしまったので、なんといってよいのかわからず、しょんぼりしています。
「悪かったよ……」
アライグマがいいました。
「もうふざけないからさ、許してくれよ、おれたちもハンバーガー屋さん、手伝うからよ……」
そういわれるとキツネもすっかり機嫌をなおしました。そうか、とうなずいて、
「じゃあ、みんなでハンバーガー屋さんをはじめようか……」
といいました。4匹は喜んで踊りだしました。木の上でこのようすを眺めていたコマドリはさも嬉しそうに歌をうたいました。
みんなではじめよう ハンバーガー屋さん
ねだんは どんぐり5こ
それなのに 看板にはどんぐり1こ
そんなねだんじゃ 商売あがったりよ
こまった こまった
ハンバーガー屋さん
どんどん お肉を焼いて
どんどん レタスをきざんで
トマトを切って
パンにはさんで
おおいそがし
どんぐり1こじゃ もうからないよ
さあ みんなではじめよう ハンバーガー屋さん
お人好しなキツネの ハンバーガー屋さん
さて、次の日から、ハンバーガー屋さんは大繁盛しました。穴ぐらの前には森の動物たちが行列をつくりました。みんな、ファストフードにうえていたのです。
それにお人好しのキツネのつくるハンバーガーの美味しかったこと!
穴ぐらの中では、お人好しのキツネが鉄板で肉とパンを焼き、暴れん坊のアライグマが食器を洗い、おくさんが野菜をきざんで、子どもたちが肉と野菜をパンにはさみ、食いしん坊のヘビが味見をしていました。それを、いたずら好きのリスがお客さんに売りました。
「こらこらヘビくん、そんなに味見をしていたら、ハンバーガーがなくなっちゃうよ!」
キツネがいいました。するとヘビは、
「だって美味しいんだもの」
とハンバーガーを丸呑みにしてしまいました。
みんなで笑いました。
日が暮れたので、キツネはお店を閉めました。穴ぐらのどんぐりは山のようになっていました。大成功だったのです。
キツネが穴ぐらから出ると、コマドリが木の上に止まっていました。
「良かったわね!」
「あっ、その声は……」
コマドリは嬉しそうに笑うと、どこかに飛んで行ってしまいました。