Happy Sweets Festival 3
鴻国の街中――――
「アランが言っていたのって、これのこと?」
少し古めのドレスを着ていたものの、まっすぐと伸ばされた髪や姿勢などから、高貴な身分の人間であると推測される女性――――アリアは目の前の看板を見ていた。
今、彼女たちの目の前には、非常にカラフルな色どりの看板が置かれていた。
「そうだ」
隣にいた赤毛の少年―――アランは頷いた。その看板には、『スイーツ探し選手権(参加費無料)』と書かれていた。
「あちらでも見たことがないわね」
そうアリアがつぶやいたのにもアランは頷いた。
「全くだ。だが、なかなか面白いだろう」
「ええ」
そう、二人は現代日本から転生していたので、今まさに目の前で開催されているような祭典は見たことがあっても、看板に書かれている『選手権』は見たことがない。
「そうね。でも、その前に撒いてきた護衛と侍女を回収しないと」
二人はリーゼベルツの国王と王妃本人である。しかし、彼女たちの事情を知るのは本人たちだけである以上、いくら幼馴染たちが護衛と侍女長を務めているとはいえども、この会話に彼らを同席させる訳にはいかなかった。
「そうだな」
「で、君たちは僕らをおいてどこへ行っていたんだい?」
二人は現在、滞在している場所――――王宮で目の前の人物にこってりと絞られていた。目の前にいる二人はアリアたちと特殊な関係であるため、私的な場では敬語抜きでしゃべることが許されている。
「―――――――」
普段、怒らない人物だけに怖い、と感じた二人だったが、
「二人とも一国の王と王妃なんだよ。普段はいいとしても、今は祭典の時期なんだから、警備だって緩くなるんだ」
と、さらに黒髪の青年――――クリスティアン・セレネ伯爵に言われてしまった。そして、彼の隣に座っている金髪の少女―――ベアトリーチェも泣きそうになりながら言った。
「全くです。アリアも一言言ってくれれば、ここまで探さずに済んだものを」
二人はアリアとアランの幼馴染であり、かつての上司とその婚約者、そして、現在は自身の護衛と侍女長である。そのため、いろいろ強く言うことができない。すまない、というと、二人は顔を見合わせ、肩をすくめた。
「まあ、あなたたちはほかの君主たちと比べて、多くの死線を潜り抜けているわけだから、多分、腕っぷしには自信があるのだろうが、僕たちの苦労だけはわかってほしい」
と、クリスティアンはため息をつきながら言った。クリスティアンとベアトリーチェが二人の護衛と侍女長になってから起こした数々の所業には、アリアもアランも身に覚えがありすぎて、そろって明後日の方向を向いた。
「で、収穫はありましたか?」
ひとしきりお小言を言いきったのか、しばらくしてクリスティアンがそう尋ねた。
「まあな」
アランは一枚の紙を二人の目の前に置き、二人がそれを覗き込む。
「『スイーツ探し選手権』?」
「ああ。男女6ペア12人が1チームになり、男女に別れる。そして、女性が選んだスイーツが6人分、シャッフルされて男性の前に置かれる。それをそれぞれ相手の女性が選んだと思われるスイーツを自分たちは選ぶんだ」
二人の疑問に、アランは答える。
「一応、俺とアリアは参加する。お前たちはどうする?」
アランの宣言にクリスティアンはそうですよね、とあきれつつも、考え込んだ。
「確かに、面白そうだね。まあ、祭典で行われているだけあって、値段も高めかと思ったけれど、無料とは、ね」
そう考える彼の顔を、隣からベアトリーチェが覗きこんでいた。それに気づかないクリスティアンだったが、目の前の二人はそれに気づき、思わずクスっと笑ってしまった。
「どうかな?それとも、君は奥さんの選んだものが当てられないのかい?」
アランがクリスティアンの耳元でささやいた。さすがにその言葉で、闘争心がつけられたのかもしれない。クリスティアンは唸るように言った。
「―――――――わかったよ。参加しよう」
先ほどのテント前まで来た四人。
「さすがにここまでとは思わなかったよ」
アリアとアランは先ほど来ていたのであまり気にならなかったが、クリスティアンとベアトリーチェはその人の多さに唖然としていた。
「そうだろ?」
アランは笑いながらそう言った。
「でも、あのステージの上はもっとすごいんだろうな」
そして、四人がエントリーを済ませると、最終回にちょうど二組分の余裕があったらしく、そこに通された。アリアとベアトリーチェはそこで男性陣と別れ、スイーツを選ぶ場所に向かった。
そこには様々なスイーツが並んでおり、女性たちがどれも目を奪われるものばかりであった。
「きれいですね」
ベアトリーチェは目を輝かせていたが、アリアのほうはそうでもなかった。
(かなり似ているわね)
アリアが昔、いた世界――現代日本――における冬の祭典では、百貨店などに並んでいる商品と非常に似ていた。もちろん、この国独特の文化なのだろうが、かなりリアリティが高いと思ってしまった。
ベアトリーチェは選ぶのに時間がかかっていたが、案外、落ち着いて選ぶことができたアリアはそんなに時間がかからなかった。
「リーチェはリーチェらしいわね」
彼女が選んだものを見て、アリアは苦笑いしながら言った。原材料が何か分かったアリアにはそれはどう見ても、ベアトリーチェが選んだものだったのだ。一瞬、言われたベアトリーチェはきょとんとしたが、
「まあね」
と、彼女自身もまた、苦笑いしながら言った。
「そういうアリアは意外ね」
今度はベアトリーチェがアリアのほうを見て言った。アリアが選んだものは一見、アランに似つかわしくないだろう。だが、アリアはそれがアランに最も合うのではないかと考えていた。
「そうね」
否定するのも野暮だったので、そう答えておいた。
そして、二人はスイーツを選び終わった後、ステージに上がった。
アリアたちはステージの一番奥側に座った。隣には薔薇色の髪の女性や金髪の男装少女、茶髪の女性、蜂蜜色のかわいらしい女性が座っていた。
そして真向かいには長髪を束ねた男性がおり、その隣に銀髪の男性、アラン、クリスティアン、黒髪の男性、茶髪の男性が座っていた(ちなみに、黒髪の男性からは元のアランと同じ匂いが漂っていた)。
『さあ、最後のチームになりました。
今回のこの『スイーツ探し選手権』では、まだどの組もパーフェクトが出ていません。さて、最後の回である彼らは、パーフェクトを出すことができるのでしょうか?
今回のチームは全員とも遠いところからお越しくださいました方々です。さあ、鴻国名物『スイーツ探し選手権』で女性からの贈り物をゲットできるのは、どの組み合わせなのでしょうか?』
道化に扮した主催者のアナウンスに会場が沸き起こり、彼らのイベントが始まった。