Happy Sweets Festival 2
あるスイーツ店のテラス席―――――
「鴻のスイーツは美味しいって聞いたことあったけれど、本当みたいね」
そう言いながら、目の前で一口サイズのタルトを頬張る姿は、リサにとってみれば眼福、としか言いようがない状況であった。もちろん、目の前の女性もそれを感じ取ったのだろう、にっこりとほほ笑んでいたので、ずっとそれを眺めていたかった。しかし、彼女は、リサも食べてみなさいな、と皿の上に載っているマフィンを差し出す。その姿でさえときめいてしまい、じっと見つめていたら、最終的には皿ごと渡されてしまった。
「リサさんもせっかく鴻に連れてきてもらえたんだから、食べておきなさいね」
リサが使えている国王の夫人――――つまりは王妃だが―――はそう言い、ついに観念したリサはその皿を受け取り、マフィンをいただいた。
リサは現在、ロシュール国に一つしかない騎士団の団長を務めている。過去にはすったもんだあったものの、結局、元騎士団長であり、現在は『黒羽』の頭領を務めているヴィルヘルムと結婚し、即位した国王から許しをもらう際、その条件としてくっつけられたのが『新騎士団の団長就任』であった。最初は断ったものの、他に適当な人材がいなかったこと、そして、騎士団からの強い希望があったため、受け入れざるを得なかった。そして、その国王に彼女は仕えており、彼の手足となって日々働いていた。ヴィルヘルムの方もあまり目立つことはできないが、個人的な頼まれごとをされることもあった。
今回の訪問では、その国王の妻であり、目の前の貴人―――ロザリンド―――の護衛を任されていた。
「しかし、マックス様は何をお考えなのでしょうか」
さすがにお忍びで来ている中、うっかりと『陛下』とか『殿下』と呼ぶことはできない。なので、非礼を承知で「様」づけで呼んだが、ロザリンドは反応しなかった。
「あの方は鴻の国王陛下と会談に行っているのですから、私たちがその間に退屈しないで済むようにと街歩きを許してくださったのよ。ちょうど、祭典もやっているから、ちょうどいいだろう、っておっしゃっていたわ」
ロザリンドはその豊かな赤毛を揺らしながらそう言った。
「そうでしたか」
その答えにリサは、だったら何も長旅をさせてまでここまで連れてこなくてもいいだろう、とツッコんでしまった。しかし、せっかくだから、という国王の言い分には納得できた。彼女は時々、国王代理として地方に派遣されることもあるが、その際、夫を連れていく場合もある。それと似たようなものだろう、と考えた。
「お仕事だからしょうがないのかもしれないけれど、あなたもせっかくの街歩きなのに、制服姿で残念ね」
ロザリンドは眉尻を下げてそう言った。これを言ったのがほかの人だったら、社交辞令なんてばかばかしい、と思ったが、残念なことに王妃である彼女は、リサに対しては一度たりとも社交辞令を言ったことがない。なので、素直に受け取っておくことにした。
「そうですね。でも、私がドレスを着たらロザ様が笑われてしまいますよ」
以前、ある夜会で起こった事件の体験談をもとにそう言うと、そんなことないわ、という答えが返ってくる。これ以上の押し問答は無用だと感じ、肩をすくめただけでその場は終わらせた。
「おーい、お嬢さんたち」
リサもロザリンドに勧められるまま、スイーツを頬張っていると、突然、何者かに声を掛けられた。一瞬、ならず者かと思ったリサは抜刀こそしなかったが、ロザリンドをかばい、その声の主を探った。
「おいおいおい。おっかないな」
その声の主はかなり若い男性で、かなり女性からモテそうな雰囲気を出していた。しかし、リサが身構えたのを見て、少し後退った。
「ご用件は何でしょうか」
ロザに直接、喋らせるわけにはいかなかったので、リサが質問した。すると、男性は、
「いやぁ。もしこの後、時間があるんだったら、これに出てもらえないかと思ってね」
と、一枚の紙を差し出しながらそう言った。リサはそれを受け取ると、なるほどですね、と呟く。一応、ロザリンドにもそれを見せると、考え込んだが、
「面白そうね。でも、これを旦那様に知らせる方法ってあるかしら」
と言った。その質問にリサは、少し迷ったが、あるにはあります、と答えておいた。
「じゃあ、決めた。参加しましょう」
リサの答えにロザリンドは目を輝かせて言った。怪しいものじゃないと決めるのが早いな、と心の中で盛大にツッコんだが、輝かせている彼女の眼には抗えなかった。
「わかりました」
ため息をつきながら、リサはそう答えた。
そして、男に先導させて、リサとロザリンドはそのイベント『スイーツ探し選手権』の会場に向かった。その道中、リサは男に気付かれないように伝書鳩を呼び出し、先ほどもらった紙を結わえて、ヴィルヘルムのもとへ届けてもらった。
結局、男に連れられた二人がたどり着いたのは町の中央に位置する特設会場で、あるテントに『スイーツ探し選手権 受付』と書かれており、どうやら誘拐でもなんでもなく、本当にただの勧誘だったみたいだ。
リサはホッとしながらもその詳しいルールを聞き、パートナーに渡すためのスイーツを選んだ。
「きれいだわね」
目の前に並べられているスイーツはかなりきれいなものから、個性的なものまである。
「ええ、そうですね」
リサはそのうちの一つを取り、眺めた。
「なんだか、それってヴィーに似ているわね」
隣から覗き込んだロザリンドがそう言った。リサは、そうですか?と尋ねたが、ええ、そうよ、絶対、と割り切られた。
「ならば、私はこれにします」
と、受付嬢にそれを手渡すと、
「私はこれにするわ」
と、隣のロザリンドもそれを受付嬢に手渡した。
「そういえば、もうチームを組む皆さんはそろっているのですか?」
リサは参加票を書きながら尋ねた。
「二人お見えになっていて、あと二人待っていただきます」
そう受付嬢は答えた。
「そうでしたか」
リサはその答えに少し驚いた。このテント内には誰もいなかったが、と思っていたが、どうやら、始まるまでどこかに出かけているみたいだった。
書き終わり、参加票をカウンターへ提出し、外へ出た。
「ここにいたか」
聞き馴染みのある声がしたと思って、辺りを見回すと、ロザリンドの夫であるマックスとリサの夫であるヴィルヘルムが並んでいた。さすがに二人で並ぶと目立つらしく、周りの女性たちは話しかけたくてうずうずしていたが、ロザリンドとリサが二人のもとへ行き、かなり親しげに話す姿を見ると、悔しながらも、その場を静かに去っていった。
「よかったです」
リサはホッとして夫の手を取った。
「迷惑をかけて、すまなかった」
そばからマックスに声を掛けられたリサはいいえ、と首を振る。
「迷惑とは思っていないのですが、ただ、少し緊張していたみたいで」
普段はこの四人で行動することが多い。もちろん、ヴィルヘルムが表に出られないときもあるが、決してリサだけで護衛をする、ということはない。なので、どうやら非常に緊張していたらしく、のどがカラカラだった。
そして、リサたちの回になった。
ステージに上ると、かなり多くの人たちがこのイベントを観戦していることに気付いた。
リサたちの隣――――すなわち、女性陣―――には、どちらも貴族っぽい金髪のお姫様と茶髪のお嬢さん、そして茶髪の貴族のお嬢さんと茶髪の凛々しいお姉さんがいた。そして、真向かいには、ヴィルヘルムとマックス、そして、赤毛の少年と黒髪の青年、同じ黒髪だが長く結んでいる男性と銀髪の青年が座っていた。
『さあ、最後のチームになりました。今回のチームは全員とも遠いところからお越しくださいました方々です。さあ、鴻国名物『スイーツ探し選手権』で女性からの贈り物をゲットできるのは、どの組み合わせなのでしょうか?』
道化に扮した主催者のアナウンスに会場が沸き起こり、彼らのイベントが始まった。