Happy Sweets Festival 1
「まさかエルミアーナさんも本当に来ているとは思わなかったよ」
目の前に座る茶髪の女性はかがみ、まるで騎士がお姫様にするようにエルミアーナの手を取り、指先に口付けた。人目をはばからないその行為に、周りからは黄色い悲鳴が上がる。エルミアーナはその女性の経歴を知っていたので、確かに見せつけられればうらやましくなるな、と思った。
「本当です。こんなはるか遠くでユーリアさんを見かけるとは思いませんでした」
首を横に振ると、彼女のふわふわした髪が揺れる。エルミアーナとしてはきっちりと結ってもらいたかったのだが、侍女たちは下ろしておく方がいい、と言ってすべて結ってくれなかったのだ。だが、その髪型はエルミアーナのかわいらしさを引き立てるのには十分だった。
「ふふ。どうやらアドリアン殿下もグスタフも考えることは一緒だったみたいだね」
ユーリアはその紺色の瞳を細めた。
「え?」
エルミアーナは一応、夫であるアドリアンからは鴻国で開かれる晩餐会のため、としか聞いていない。なので、本来ならばこんな町中に出かける予定もなく、『ここにいてもつまらないと思うから、街中の祭典を見に行ってきなよ』と言って、護衛をつけられたのは記憶に新しい。
「多分、私も晩餐会のため、と聞いていたけれど、あの人たちは素直じゃないからなあ」
ユーリアはそう独り言ちた。
彼女もまた、夫であるグスタフに鴻国の晩餐会に出席するから、と言われここまでついてきたのだが、この都についた途端、『じゃあ、僕は陛下と話してくるから二人で遊んできなよ』と言われた時にはびっくりしたのだ。だが、彼からその時に手渡された紙を見た瞬間に、彼の意図を理解した。
「何かあるんですか?」
エルミアーナは首をかしげる。
「うん。これを見てごらん」
そう言って差し出された紙を見る。その紙はカラフルでピンク系統の配色がなされていた。
「『スイーツ探し選手権』?」
「そう、それだよ」
そこに書かれていたのは、『スイーツ探し選手権(参加費無料)』というイベントだった。
内容としては、6組で1チームを作り、女性陣はそれぞれのパートナーのためにスイーツを選ぶ。それをシャッフルした状態で男性陣6人の目の前に置き、誰がどのスイーツを選んだのか当てるゲームである。
「で、一致したらその男性陣はスイーツをもらうことができる。当たらなくても、主催者からなんらかのプレゼントをもらうことができる、ですか」
エルミアーナはなるほど、と頷いた。ユーリアの夫であるグスタフは、どうやら最初から二人をその選手権に参加させるために、わざわざ時期を合わせてきたみたいだ。
「最初は私も驚いたけれど、なかなか面白そうだよね」
ユーリアは笑いながら言った。
二人はそれから受付のテントに行って選手権にエントリーし、アドリアンとグスタフに渡すスイーツを選んだ。
「意外だな」
「意外ですね」
ユーリアもエルミアーナも互いに選んだスイーツを見て、そういった。
「これを選ぶとはグスタフも思わないだろね」
「ふふ。アドリアン様もこれを選んだと思いませんでしょう」
顔を見合わせて笑う。
選んだスイーツを受付嬢に預けてテント外に出ると、そこにはすでに護衛たちから連絡が行っていたのか、グスタフとアドリアンの姿があった。どうやら、誰も庶民のような服を着た二人の身分に気付いていないらしく、誰しもが彼らを素通りしていく。
「待たせたね、エル」
アドリアンが開き直った顔で言う。どうやら彼も、最初からこれが目的だったようだと、エルミアーナは悔しかったが、楽しめそうだからまあ、いいかと思い直した。
「いいえ」
「エルがどんなプレゼントを買ったのか、楽しみだな」
アドリアンはエルミアーナの髪で遊びながらそういった。
「楽しみにしておいてください」
エルミアーナも彼ににっこりと笑いながらそう言った。
「君が選んだスイーツを間違えるはずがないから、楽しみに待っておけよ」
グスタフも妻であるユーリアに向かって言っていた。グスタフにとってユーリアは専属護衛であったが、初恋の相手でもあった。だから、間違えるはずはない、と先に宣言した。ユーリアはそんな勝気な夫の発言に、そうですか、と笑いながら返した。
そして、ユーリアとエルミアーナの番になった。6組12人が男女に分かれてステージに上がると、観客から歓声が起こる。
ちなみに、彼女たちのチームは、二人とストレートの栗毛で神秘的な紫色の瞳を持つ女性や金髪の本当のお姫様みたいな女性、どこかユーリアと似ているが鮮やかな金髪である女性、そして、その主人と思しき真っ赤な髪を持つ豊満な女性で構成されていた。
『さあ、最後のチームになりました。今回のチームは全員とも遠いところからお越しくださいました方々です。さあ、鴻国名物『スイーツ探し選手権』で女性からの贈り物をゲットできるのは、どの組み合わせなのでしょうか?』
道化に扮した主催者のアナウンスに会場が沸き起こる。
反対側にいるアドリアンの姿を探すと、グスタフと赤い髪の男性に挟まれて座っていた。彼はエルミアーナに気付くと大丈夫だ、と言わんばかりににっこり笑った。エルミアーナは頷き返すと、目の前のゲームの行方を見守った。
隣のユーリアもまた、グスタフの方をじっと見て、手を握りしめていた。
「大丈夫ですよ」
「もちろんだ」
二人は小声でそう言った。
そして、ゲームが始まった―――――――