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迷子のコボルト飼いませんか

作者: 刈羽松

初投稿作品です。

楽しんでいただければ幸いです。


 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ──。

 スマートフォンに設定した目覚まし代わりのアラームが鳴り響く音が、いつも通りの朝の到来を告げる。暴力的なアラームの音にどうにもはっきりしない頭を掻きむしりながら上体をもたげると、いつも通り寝転がったままのぼくの手では到底届かない机の上の規定の場所でスマートフォンは鳴り響いていた。

 それはともすれば寝ぼけたままにアラームを消してしまう寝起きのよろしくないぼくの二度寝を阻止するためであり、海外に単身赴任と相成った父と、それに連れ添っていってしまった母、大学進学に伴って上京してしまった姉と、生まれてこの方共に過ごし続けてきた三人の家人の全てが不在の間、万一にも遅刻などしないようにと試行錯誤の上に始めた苦肉の策でもある。この作戦を始める以前は二度ほど遅刻の憂き目を見たぼくではあるが、この作戦開始以降喜ばしい事に遅刻はなりを潜めている。


 「朝かあ」


 誰にともなく呟いた声は、ぼく以外の誰に届くはずもない。喧しくも鳴り続けるスマートフォンを取るべくベッドから降りると、勉強机までたった二歩の距離を歩く。

 朝、まだ目がはっきりと覚めていない時分での二歩の距離は、その長さですら実に面倒な距離だ。まだ寝ていたい、と言う欲求は強いが、高校生であるところのぼくにそれは許されない行為だろう。海外に行く両親についていかない代わりに提示されたきちんと勉学に励む事。惰眠を貪っての遅刻はその提示に完全に反している。

 まずは洗面台で顔を洗い歯を磨こう。そうしている内にきっとこの猛烈な眠気は覚めていってくれるはずだから、キッチンで朝食のトーストとコーヒーの準備をしてから自室で制服に着替えて、朝食を摂ってからゆっくり学校へ。

 遅刻常習犯であるところのぼくは、万一の二度寝に備えて朝の時間をかなり余裕をもって取っておいてある。一時間以上ある時間内で朝の準備をこなせば良いのだから、完璧なスケジューリングだ。


 ぼく、桃山優太朗はごくごくありふれた、どこにでもいる高校生だ。あえて人と違うところを挙げたとしても、両親が海外赴任で不在であり、姉も大学進学で上京していてこの広い家に一人で生活していると言う点くらいだろうか。そのくらいにはありふれた高校生だと思う。

 一人暮らしイコール女子を連れ込み放題と思っている思慮の浅い輩──嘆かわしい事に小学生時代からの幼馴染にして悪友なのだが──がぼくの同級生にもいないでもないが、別に一人暮らしだからと言ってモテるわけでもないのだから、家族と暮らしていようが一人暮らしであろうが、ぼく自身の交友関係に変化はないのである。そんな事を言うとその思慮の浅い悪友などはまるでぼくが生活感に溢れた枯れた輩のように蔑んでくるのだが、実際問題、一人暮らしなんだけれど今夜一緒に遊ばない? などと言われてほいほいついてくる女子が果たしているのだろうかと問いたいものだ。もしいるのだとしたら、ぼくはその子に対しもっと自分を大切にした方が良いと説得する側に回ると思う。

 まあ、さて置きぼくはそんなわけで一人暮らしを満喫している。時折寂しいなあと思う時はあれど、元々家事全般は嫌いじゃない。家の中は今日も綺麗に保たれていると思う。


 「おはよう──」


 と言っても返る声は勿論無いのだけれど、一階のリビングに降りても誰もいない。

 まだはっきりとしない頭だから、例えソファーの上に見覚えのない茶色い毛玉みたいなのが丸まっているのも、きっと幻覚に違いない。違いないったら違いない。


 「──ひう?」


 ぼくの声に反応したのか、茶色の毛玉がびくっと動く。

 幻覚だ幻覚。何か聞こえた気はするけれど、きっとぬいぐるみか何かだろう。


 「ってそんな訳あるかぁぁああ!!?」


 「わ、わああああっっっ!?」


 幻覚と思われたそれはぼくの唐突な大声に、びくっとその身を竦めて叫んだ。

 そう、毛玉の分際にして、ぼくの声に反応して叫んだんだ。

 つまり、恐らくだがこれは幻覚ではないらしい。


 「にっ、ニンゲンっ!? ここ、ニンゲンの巣だったの!? くっ、こんなところで死ぬわけには……!」


 茶色い毛玉はどうも毛玉ではなかったようだ。そして恐らくそれの言う言葉を鵜呑みにするのならば、ニンゲンでもないそうだ。

 だってそうだろう? この毛玉は自分でぼくをニンゲンと呼んだのだから、きっとこの毛玉はニンゲンではないと思われる。ぼくがもし見も知らない人に唐突に会ったところで、相手をニンゲンとは呼ばないと思うし、例えば道端で不意にゴリラなんかに出会ったとしたら「ゴリラ!?」と叫んでしまうくらい驚くと思う。

 だから多分、この毛玉はニンゲンではなくて、ニンゲンであるぼくに至極普通の驚き方をしたのだと考えられた。


 それはさておき、ソファーの上で立ち上がったそれは、身長一メートルくらいの、三頭身くらいのフォルムの謎の生き物だった。

 簡素な衣服こそ纏っているものの、その下の肌はもっふもふの茶色の毛が全身を覆っている。それよりも異様なのはその顔だ。

 まるでデフォルメした犬のような、そんな顔。一番近いのはトイプードルだろうか。それがおびえた顔でぼくを見ている。


 「そういうきみは──えっと、犬人間?」


 「え、ニンゲンなのにボクの言葉がわかるのっ!? って犬じゃないよっ!」


 「そりゃわかるよ、日本語だもん」


 驚きに顔を染める茶色のもふもふもとい犬人間。どうでもいいけど、デフォルメされている顔が表情をころころと変えていくのは、何だかアニメでも見ているような新鮮な感覚だ。


 「ならば聞いて驚け! ボクは誇り高きコボルト族が盟主! ルトコフェン・プッド・トグムラレイ、銘家トグムラレイ家の一員だ! とっても強いんだからな! 逃げるなら今のうちだぞ!」


 調子に乗った風に自称コボルトの何とかと言う犬が甲高い声でキャンキャンと吠えるが、やっとの事で眠気も晴れてきて落ち着いてきた頭は、顔を洗う事を優先しろと訴えている。

 ぼくはきゃんきゃんうるさい犬の顔を、ぐっ、と両手で抑えつけて睨み付けた。そして、なるべくドスの利いた低い声で告げる。


 「朝からうるさい、吠えるな」


 「ひ、ひい……」


 犬をちゃんとしつけるにはただ大声を上げるよりも低い声でしっかりと目を見て伝える事が大事だと、ぼくがまだ小さかった頃に両親が教えてくれた。どうもそれはこのデフォルメ顔の犬人間にも有効だったようで、吠えるのをやめて大人しくしてくれたようだ。腰が抜けたようにへなへなとその場に座り込んでいる。おすわりとは言ってないんだけどなあ。

 当時飼っていた愛犬であるチワワのゴンザレスは両親と共に今は海外にいる。ああ、またゴンザレスをもふもふしたいなあ、などと考えながら洗面所へと向かった。

 顔を洗い、歯を磨いてリビングに戻ってくると、犬人間はまだその場に座り込んでいた。


 「おい、犬──えーと、ルトコとかなんとかって言ったっけ?」


 「犬じゃないってば! な、なんとかじゃない! ルトコフェン・プッド・トグムラレイだ!」


 「だからうるさいって。──で、ルトコは何でここにいるんだよ?」


 ぼくの抱いて当然の疑問を改めて投げつけると、ルトコ──長いから最初からルトコと呼ぶつもりではあった──は、うっ、と声を詰まらせる。


 「ボ、ボクもわかんない──と言うか、ここはどこなの?」


 「はあ? ここはぼくの家だけど、何がわからないんだよ」


 「ど、どうやってここに来たのか、わかんない……。ボク、たまたま森で出会っちゃったオークたちに追われて必死に逃げてただけなんだもん。逃げてたとこで木の洞を見つけて、慌てて飛び込んだらここだったんだ」


 ぼくは少なくても木の洞の中の家になんて生まれてこの方住んだ事は無い。この家だって日本の一地方都市にある、ごくごくありふれた住宅地の一軒家だし、大体にして森なんて近所にない。そもそも鍵だって窓だってきちんと閉めてから寝るのが毎晩のルーティーンになっている。

 と言うかそもそもにしてこのルトコはいったい何なんだろう。少なくてもぼくの知識には、こんな犬の顔を持つ人型生物と言う言語を解する存在が現実に在るだなんて情報は何処にもない。

 ──あれ? そう考えてみると、こうしてルトコを前に平然としているぼく自身、大分平常心を失っているのかも知れない。

 はあ、とため息が零れる。何で親がいない時に限って、こんなとんでもない事態が起きてしまうんだろう。大体にして、こんな事をしていたら遅刻してしまう。


 「それにしてもコボルトにオークとかファンタジーか──そんな生き物、ゲームとか創作の中でしか見た事無いし」


 「ふぁんたじい? そんな事言われてもわかんないよー……」


 しゅん、としっぽを下げてうなだれるルトコ。作り物とは思えないくらい、自然に動く表情に尻尾だ。

 まあ、考えても仕方がない。ぼくにとって大事なのは、学校に遅刻しない事だ。ファンタジー世界からコボルトがやってきた、なんて遅刻の理由に告げたらぼくの正気が疑われてしまう。だってそうだろう? ぼくだって、もしもそんな理由を告げて遅刻してきた輩がいたら、間違いなく正気を疑うと思う。いっそ、ああ彼はきっとSAN値が崩壊してしまったんダネ、なんて言いながら、所謂『手遅れサン』扱いするかも知れない。


 「まあいいや。ルトコの言う事が例え正しかったとしても、ぼくの理解をとてもじゃないけど超えすぎてる。考えてもキリがないから、とりあえず今は考える事をやめようと思うんだ。ファンタジー世界から闖入者が現れるだなんて創作物はあまり読んでないから、どうするのが正解かはわからないけど取りあえずの予定は決めよう」


 「……はい?」


 「いいかい? まずぼくは朝食を摂って学校に行く。行かねばならないからね。きみは──可能なら出て行ってくれるとありがたいけど、多分きみがここから出ていくと世界が大騒ぎになると思うんだよね。まずそもそもにして、ここから出て行ったらきみは五体無事には済まないと思うんだ」


 ぼくの言葉に、ルトコの顔色がサーッと青ざめていくのを感じた。

 実際は茶色い毛に覆われているから、顔色なんてとてもわからないのだけれど。


 「えっと……何で、かな?」


 「ぼくの知る限り、ぼくのいるこの世界にコボルトと言う生き物はいないんだよ。伝承とか、作り話とか、そう言う物の中だけの存在なんだ。でも、きみはコボルトとしてここにいる。コボルトなんていないはずのこの世界にね」


 「はあ……」


 「そんな世界できみが堂々と歩いていたら、どう考えても然るべき機関に通報されるだろうし、通報されたが最後、たくさんの人がきみを捕まえにくるだろう。きみはどう見ても人間ではないから、下手に抵抗したら射殺も辞さないだろうね」


 「し、射殺……はうう」


 ぶるぶるとルトコは震え出した。あまり怯えさせても仕方ないんだけど、実際そうなるんじゃないかな、とぼくは思う。

 何も根拠がないわけじゃない。実際、住宅街にサルやらクマやらが現れたって報道の最後は大抵麻酔銃でズドンだ。それが正体不明の生物相手ならば、麻酔銃どころではないと思う。


 「あの……ボク、殺されちゃうの?」


 「まあ、ぼくとしては結構な犬好きだし、おいそれときみを射殺させるような憂き目に合わせたくはないかなと思っているよ。知的好奇心もあるし、少なくてもぼくが帰るまでこの家にいてもいいとは思ってる」


 本当の事を言えば犬好きなのがとても大きい。

 チワワのゴンザレスが両親と一緒に海外に行ってしまってから、結構な喪失感を抱いていたのは間違いないし。


 「犬じゃないってば! 犬と一緒にしないでよ! ボクは誇り高きコボ──って、ほ、ホントっ!?」


 「ただし、ぼくの言いつけを守らなかったらお仕置きはするけどね」


 にっこりと笑って告げると、ルトコはかくかくと怯えた様子でうなずいた。

 うん、物わかりのいい子は嫌いではないよ。




     ○     ●     ○     ●     ○




 落ち着いたルトコと二人、食パンを齧ってから学校へと向かってからもう九時間ほどになる。

 ぼくの名前はもちろんの事、トイレの場所、水の出し方、使っていいコップや食器、マグカップ、色々と教えたが、逐一ルトコが驚いたせいでなかなか説明が進まなくて非常に面倒くさかった。水道一つ使っただけで、あなたは魔法使いですかっ!? は無いよ。こっちの世界では常識だよ、と告げると、どれほど高位の魔法使いばかり存在しているんだと膝を震わせてたし。

 でもまあ、お昼に食べていいよと食べ物もちゃんと置いてきたし、多分大丈夫だろう。

 勿論ぼくだって未知の世界に迷い込んだとしたら、ルトコほどではないにしても動転はするとは思う。でも、ルトコは異常なくらい驚きおののいているような気がする。トイプードルみたいな顔しているのもあるし、小型犬くらいの肝っ玉の小ささなのではないだろうか。

 ぼくとしてはゴンザレスで小型犬の扱いには慣れているつもりだけど、ゴンザレスはチワワにしてはとんでもなく剛毅で豪胆な犬だったので、ここまで小心者となると少し困った。

 まあ、小型犬と言いながら大きさの欄にはカッコ一メートルくらい、って書かれちゃうような小型犬なんだけどね。


 「ただいまー。ルトコ、ちゃんと留守番してたー?」


 「おかえりなさい! おかえりなさい! ユータロ、ちゃんとボクお留守番してたよ!」


 その小型犬が玄関に向けて走ってくる。朝ごはんをあげたらすっかり懐いてくれたようで、しっぽがはちきれんばかりに振り回されてる。

 やっぱり犬はいいなあ、こうしてご主人様扱いされるのってとっても嬉しい。ルトコは犬扱いすると怒るようだけど、ぼくは朝からこいつを犬扱いしかしていない。


 「うん、えらいぞルトコ。落ち着いたら改めて朝の続きを聞くから、ちょっと待ってて」


 ぽんぽんと頭を撫でてやってから、ぼくは部屋へと戻ろうとした。鞄を置くためだったが──辿り着く前にぼくは茫然自失としてしまった。


 「──は?」


 ルトコが荒らしたとか、そういうわけじゃない。むしろその逆だ。


 「どーお? ぴっかぴかでしょ! ボク、お掃除得意なんだよ!」


 家の中がまるで埃一つ落ちていない程に綺麗に片付いている。高校生の一人暮らしとは言え、家事は得意で割と掃除に気を遣っていたぼくではあったが、流石にここまで綺麗にはしていない。

 それがどうだ、ルトコの掃除能力は圧倒的じゃないか。


 「ごめんね、ボクの背じゃ高いとこは届かなくて、床ばっかりになっちゃったんだけど」


 「いや、充分だよ。ルトコはすごいな……びっくりした」


 「そうでしょうそうでしょう、私もそう思います」


 「今度踏み台用意してくれたら、高いとこもお掃除するよ!」


 「うんうん、ルトコちゃんは偉いですね。ちゃんと向上心を持っていますし」


 「全くだよ、ルトコはえr──って誰ぇっ!?」


 何やら気づいたらぼくらの会話に自然に割って入ってくる声があった。

 と言うか、あまりに自然すぎて気づかなかったよ!? あまりに大きな声でツッコミを入れてしまったせいで、ルトコがびっくりして頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

 声の主はリビングのソファーで当たり前のように座って、ぼくが朝、ルトコに使っていいよと言っておいたマグカップでコーヒーを飲んでいる。見た事もないような美人ではあったが、仏像なんかでよく見る謎の浮く帯みたいなのを纏わせている辺り、間違いなく普通じゃない。多分、ルトコの関係者に相違ないだろう。


 「あら、まだ自己紹介させていただいてませんでしたね。ルトコちゃんにはもう先に話していたのですが」


 「あの……えっと。この人、ボクのいた世界の女神さまなんだって」


 女神さまがぼくの家のソファーで座ってインスタントコーヒーをマグカップで啜っているの図。

 改めて文字にすると実にシュールな光景だとぼくは思う。


 「やですね、シュールだなんて。ルトコちゃんがうっかり次元の狭間に入り込んでしまって、こうしてこちらの世界の方にお世話になってしまったようでしたので、ご挨拶にお伺いしたまでですよ。どうも初めまして、イ=エルと言うこちらで言うところのライトファンタジー的な世界の一つにて創造神をしております、オルエダと申します」


 「はあ、これはご丁寧に。あ、ぼくは桃山優太朗です──ってそれにしても、次元の狭間ですか。何の事だかさっぱりなんですけど」


 「はい、こちらの世界ではよく『神隠し』などと呼ばれている現象ですね。端的に説明してしまえば、ゲームにおける壁抜けバグのような物でしょうか。ルトコちゃんはオークに追いかけられていた際、うっかりその壁抜けポイントを通り抜けてしまったようなんですよ」


 「女神さまゲーム知ってるんだ……で、その壁抜けバグみたいなもので、ルトコのいた森の木の洞? とぼくの家が繋がってしまったと」


 「そうなんです。実は私の管理している世界で、大変大きな戦争がありまして。その魔力同士のぶつかりの余波によって、歪みが発生して穴が開いてしまったようなのです。そこでですね、優太朗さん。大変不躾で申し訳ないのですが、あなたにお願いがあるのですが……」


 コーヒーを一啜りして、女神さまとやらは一息つく。

 どうでもいいけど家主が何も飲んでないのに、ちょっとこの自称女神図々しすぎやしないかな?


 「それはすみません、でもこっちの世界のコーヒーってすごくおいしいんですよ」


 「心の中を読まないでください」


 「あれ? あまり驚かないんですね」


 意外そうにオルエダが言う。もう女神だなんて呼ばなくていいや、俗っぽいし。


 「今朝からぼくの価値観狂わせられまくってて、もうちょっとやそっとの事じゃ驚かない自信がありますから。で? そのお願いとやらは何なんです? ぼくが出来る事なんてたかが知れてますけど」


 「それは大丈夫です、優太朗さんなら問題なく成し遂げられるでしょうから」


 女神がにっこりと笑った。あ、この笑顔、すごくやな予感がする。


 「ルトコちゃんをしばらく預かっ 「お断りします」」


 「「ふぇっ!?」」


 笑顔で頼んでくるオルエダに笑顔で返すぼく。そして驚く女神とルトコ。

 何でルトコまで驚いているのだろう。オルエダもぼくの心が読めるんだったら回答くらいわかっていたろうに。


 「ルトコちゃんをこんなに可愛がっているのに何でダメなんですか!?」


 「ぼ、ボク、ここにいていいんですか? あれ、でもユータロはダメって言ったような? あれ?」


 二人が混乱したように好き好きに声を上げる。いいから落ち着けと言いたい。


 「いいですか、オルエダさん。この世界にコボルトはいません。ぼくはルトコを隠し続ける事は不可能だと思います。今でこそぼくは一人暮らしですけど、ぼくには両親も姉もいますから、間違いなくいずれバレます。ぼくの家族だけなら或いはバレても大丈夫かも知れませんが、心無い人にもしもバレたらルトコは確実に解剖その他に回されます。ぼくも恐らくは事情聴取やら取材やらに囲まれて、平穏な暮らしとは縁遠い立場に立たされてしまうでしょう。そんなリスクはぼくには負えません」


 「え、結構ボク大事に思ってもらえてる……?」


 頬を赤らめるなルトコ。どっちかって言うときみよりぼくの平穏な日常の方が大事だときみの心を蹴落とすような事を言ってやろうか。

 と言うか、毛むくじゃらのルトコの顔なのになんで赤らめてるのがわかるんだぼく。


 「ぼくは犬が好きです。大好きです。だからこそ、ぼくは責任を取れない」


 続く言葉にルトコが真っ白になっている。そんなに犬扱いはダメなのだろうか。


 「──はい、わかっています。あなたがそんな犬好きだからこそ、私はあなたに頼むのです。ルトコちゃんには世を忍ぶ仮の姿に変わってもらいますので、そこを何とかできませんでしょうか?」


 「女神さままでボクを犬扱いしてるっ!? ボクは犬なんかじゃないやーい!」


 反論するルトコとは裏腹に、ぼくの脳内は驚くほど澄んでいた。

 ルトコに仮の姿へと変わってもらう、だと──?

 つまりはあれか、ぼくの要望をかなえ、ルトコを本当の犬のように飼えるって事か!


 「成程──仕方がないですね」


 「了承、いただけるんですか?」


 「ぼくを犬好きと知っていながら、いや、むしろ犬好きだからこそ無理を承知で頼んでいるのだと、オルエダさん、あなたは言いましたね? ルトコが世を忍ぶ仮の姿を取ってくれるのであれば、ぼくとしては協力できる範囲で協力させてもらいます。犬に罪はない」


 「だからボクは犬じゃn」


 「ありがとうございます、優太朗さん。──実は次元の狭間による転移は、周辺環境に大きな損害を与えるのです。魔力の歪みが発生し、通常では発生しえないような危険生物が生み出されてしまったり、周囲の自然環境に大きな歪みを生じさせたりなど、枚挙に暇がないほどなのです。そんなところにルトコちゃんを返してしまっては──」


 「成程。弱いコボルトには、死ねって言ってるようなものですね」


 ぼくとてただ学校に行ってただけじゃない。コボルト、と言う物についてスマートフォンを使って色々と調べてみたのだ。

 ただ、ぼくが調べた限りコボルトってすっごく弱い。何これってレベルで弱い。そんなに強い存在じゃないはずのオークに追いかけられてたって言ってたし、ルトコも多分に漏れず弱いのだろう。

 だからもしここに置くとしても、コボルトであるルトコによるぼくへの危険は多分少ないと思う。


 「はい、私のような者が一つの種族に肩入れするのはあまりよくはない事なのですが、いくら何でも可哀想ですからね。せめて次元の狭間の歪みが修正されるまでの間、お預かりいただけると助かります」


 「まあ、死ぬまでずっと面倒見ろ、って言われたらぼくでも断っていたかも知れませんけどね。期間限定ならどうにかしますよ。ゴンザレスのお下がりでよければ道具もまあ、無くは無いですし」


 「ああ──ルトコちゃんが流れ着いた先がゲンダイニホン世界で本当に良かった。この世界の方々は異世界に対して非常に理解がありますから」


 オルエダが非常にメタな事を言いながら、ほっとしたように豊満な胸を撫で下ろす。

 うーん、言われてみれば女神って感じの見た目ではあるけれど、どこか残念っぽさがあるんだよなあ。


 「残念とは失礼な」


 「だから心の中を勝手に読まないでください。ほら、話は決まりましたし、さっさとルトコを周囲の目から誤魔化せるようにしてくださいよ」


 「え、ボクこのままじゃダメなの?」


 「今更何言ってんだお前──今朝も言ったけど、このままだと人に見つかったら実験動物行き確定だからな?」


 自分の事だと言うのに他人事のようにルトコは首を傾げていたので、今一度念を押す。

 実際、しゃべる犬人間なんて見たらマスコミ各社も黙ってはいないだろうし、研究機関だって喉から手が出るほどに欲するだろう。実際に喉から手が生えた人間が来たら、コボルトなんてそっちのけでそっちを調べろと言いたいけれど。


 「あ、いますよー、そう言う魔物。ウデハキって言う魔物なんですけど」


 「いるのかよっ!? って言うかだから心の中を読むなとあれほど言ってるじゃないですか」


 「はいはい、優太朗さんはなかなか面白い発想をするので楽しいのですよ。じゃあ、ルトコちゃんを変身させちゃいますねー──≪変身≫」


 詠唱を経て、ルトコがもわもわと桃色の煙に包まれた。


 「おおっ!? これが魔ほ……う?」


 思わず口走ってしまったぼくの声が、止まる。


 「え、っと? ボク、どうなったの?」


 大きなコバルトブルーの瞳に、チョコレートブラウンのくせっ毛なショートヘア。そして髪の毛と同化するような色ながら、しっかりと存在を主張している大きなたれ耳。

 煙が晴れた先にぺたんと座り込んだままでいたのは、ぼくとそう年の頃が変わらないと思われる犬耳の美少女だった。


 「ふふん、年頃の少年の要求などわかっているのですよ優太朗さん! あなたは一生懸命ルトコちゃんを犬にしたがっているふりをしていましたが、やっぱり王道は美少女と同棲! これっきゃないですね! 何なら美少女を犬のようにかわいがるなんて言うマニアックなプレイも楽しめますよ!」


 得意げな顔をするオルエダだが、ぼくはつかつかと彼女に歩み寄っていき──その豊満な胸倉をつかみ上げた。


 「チェンジ」


 「え?」


 「チェンジだ」


 犬になったルトコを散歩したり、お風呂に入れたり、一緒に寝たりと言う夢の愛犬生活がしたかったのに。

 オルエダだってそれをわかっているとばっかり思っていたのに。

 ──女の子になってしまってはそれが出来ないじゃないか!


 「──あの、ユータロ。ボク、元々女の子なんだけど」


 「あン?」


 「──ご、ごめんなさい」


 しゅん、となるルトコにも、どうしてもイライラは収まらない。

 そりゃあ誰が見ても可愛いと思うよ! でもさ、小型犬のあの可愛さに比べたら女の子なんてどうでもいいよね!


 「まったく、優太朗さんってば女の子との同棲に照れてるだけなんでしょう?」


 ──ああ、このクソ女神、ぶん殴ってしまっていいだろうか。


 誰か。誰でもいい。

 ぼくの代わりに迷子のコボルト飼いませんか。

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