3.仕事開始!
こんにちは、葵枝燕です。
連載『空梅雨に咲く』、第三話です!
本当は、五月中に投稿するつもりだったんですけど、大学の授業の関係で色々忙しかったのと、どういうふうにしようか悩んでいたら、遅くなってしまいました。お待たせしましたです。
さて、主人公のフミちゃん、今回やっと名字が出ます! フルネームが出るのはまだ先ですが、名字は公開できました!
それでは、どうぞご覧ください!
事務室と呼ぶには、あまり周囲から切り離されていないスペースが、伯母の仕事空間だ。伯母も含めた職員以外の立ち入りが禁止されていて、子どもの頃の俺にとってそこは憧れの空間だった。そんな事務室に入っていった伯母は、俺に向かって真新しい布巾を投げて寄越しながら、
「フミちゃん、閲覧席のテーブル拭きお願い! あと、日めくりカレンダーもめくっといて! それから、ドアのプレート、“開館中”にしてちょうだい! それと――」
と、矢継ぎ早に仕事を命じた。確かにさっき「一仕事手伝ってちょうだい」とは言っていたが、どこをどう見たって“一仕事”ではない。
「そんなにいっぺんに言われてもできねぇよ!!」
そう答えながら、日めくりカレンダーをめくって、ドアのプレートをひっくり返し、テーブルを拭きに行くあたり、要領は悪くない方だと感じる。そんな俺の心を見透かしたように、伯母はいたずらっぽく笑ってみせた。
「フミちゃんって、意外と器用よねぇ」
「“意外と”は余計だ」
「意外と優しいし、意外とかっこいいわよ-。そんな見た目なのに、実は真面目だしねぇ」
その言葉に俺は、少し伸びてきた髪をつまんでいた。赤く染められた髪は、ここ最近染め直していないから本来の黒が戻ってきていて、若干プリン状態となっている。どちらにしろ、まだ赤が残っている髪は、周囲から奇異の目で見られるのだ。そのことにも、慣れている自分がいた。それでもそのスタイルを貫いているあたり、俺は自分の髪色にこだわりがあるのかもしれない。
「あーぁ。あたしがあと十歳若ければ、フミちゃんみたいなコはモノにするんだけどねぇ」
半分冗談、半分本音――そんなふうに聞こえる声で伯母は言った。お節介焼きで、ときに鬱陶しくも感じる伯母だけれど、悪い人ではないのだ。
閲覧席のテーブルを拭き終わる俺を待っていたように、伯母はネームホルダーと紺色のエプロンを差し出してきた。ネームホルダーには[市立公民館図書室職員 アマサワ]という文字が並んでいる。“アマサワ”を漢字に直せば、“雨沢”――俺の名字だ。
「フミちゃんの仕事は排架っていって、返されてきた本を分類番号に従って棚に戻していく作業になるわ。慣れれば簡単だからすぐできると思うけど、何はともあれ油断は禁物よ」
エプロンを身に着けながら、伯母の話を聞く。排架という言葉には何となく聞き憶えがあったが、その言葉の示す意味までは知らなかった。
「分類って、背に貼られてるラベルに書かれてる数字とかカタカナだよな? 日本文学なら、キュウ・イチ・サンみたいなやつ」
図書館の本には、大体三桁の数字が書かれたラベルが貼られてある。最初の数字がその本の大まかなテーマ――歴史や言語、文学などを表し、その下の数字でより細かく分類していく――そんな仕組みだったと思う。
「そうそうそれよ。偉いわフミちゃん、キュウヒャクジュウサンって読まなかったわね」
「陽子さんに厳しく言われたからね」
まだラベルの数字について知らなかった頃、普通に“キュウヒャクジュウサン”と読んで、伯母に笑い混じりで訂正されたことがある。一つ一つの数字に意味があることを、そのときに知ったのだ。
「そんなこともあったわねぇ。フミちゃんてば、間違えたことがよっぽど恥ずかしかったのか、泣いちゃったのよねぇ」
「余計なことまで思い出すなよ……」
まったく、それだけのことで泣いた俺も俺だが、それだけのことでそこまで思い出せる伯母も伯母だ。恥ずかしいから、忘れてほしいのに。
「あ、そうそう。昼休みは、十二時から十三時までの一時間ね。勤務時間は、開館時間の九時から閉館時間の十七時まで。時給は、八百二十三円よ。雇入通知書は、近いうちに渡すわね」
今突然に思い出したというように、伯母がそう口早く説明する。思ったよりも時給が高かったことにもだが、そもそも給料が出ることに驚いていた。
「さ、そろそろ九時よ。わからないことあったら、気軽に訊いていいからね」
「了解」
伯母が、ニッと笑ってみせる。
「それじゃ、しっかり働いてちょうだい!」
その言葉と共に、伯母は力いっぱい俺の背中を叩いた。バシンという重い音と、凄まじい衝撃が俺を襲う。
「いてぇ……」
伯母としては鼓舞するつもりなのだろうが、いかんせん伯母は加減というものを知らない。悪意じゃないことがわかるだけに、何も言えないのが悔しい。
それでも、伯母のこの手荒い歓迎のおかげで、この仕事を頑張ろうと思えたのだった。
第三話のご高覧ありがとうございました!
今回出てきた図書館の分類法ですが、「日本十進分類法」といって、略して「NDC」と呼ばれます。細かく分ければ分けるほど、小数点以下の数字が増えていく仕組みになっています。でも、公共図書館や学校図書館だと、ラベルの幅の関係もあり、あまり細かくは分けないことが多いので、基本は小数点以下は書かれていないことが多いと思います。……私は大学で図書館司書の資格課程を一応取っているので、分類法についても習ったんですけど、うまく説明するのは難しいです……。こんな中途半端な説明で申し訳ないです。でも図書館行くなら、NDC、憶えて損はないと思います!
それから、作中に出てきたフミちゃんの時給ですが、二〇一六年八月二十三日付の『日本経済新聞』から「最低賃金、上げ幅最大 平均時給は823円に」というネット記事を参考にしました。本当はあまりネットの情報を参考にしたくはなかったのですが、仕方ないなって諦めました。
あと、作中で陽子さんが言っている「排架」ですが、同じ読みで“配架”って書かれるときもあるんです。でも、“配架”が「ただ棚に並べる」という意味を持っているのに対して、“排架”は「順序よく並べる」という意味があるそうです。利用者のためにも、分類法に従って順序よく並べることは大切なので、私は“排架”の方を使いました。授業でもそう習いましたしね。でも私のバイト先では、“配架”の方が使われているので不思議です。
さて、行間についての意見には応えられませんが、評価や感想などいただけると嬉しいです! 気になる点は、メンタル弱いので、何とぞお手柔らかにお願いいたします。
それでは、第四話で! 今回はちょっと遅れてしまったので、早く掲載できるように、がんばります!
長々と失礼しました!
葵枝燕でした。
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参考資料
・「最低賃金、上げ幅最大 平均時給は823円に」『日本経済新聞』二〇一六年八月二十三日、http://mw.nikkei.com/sp/#!/article/DGXLASFB23H5E_T20C16A8EA2000/、最終アクセス二〇一七年六月三日