4 動けない
ひと仕事終えた気分になりかけたけれども実際にできたのは缶ひとつゴミ袋に入れただけ。
汚部屋は汚部屋。行く手は遠い。どこに行きたいのかよくわかんないけど。
なんでいつもこうなってしまうのだろう。
部屋を片付ける。きれいにした状態を保つ。他の人は楽々とやってのけているように見える。当たり前にこなしているように見える。なぜ私はできないんだろう。
友達の部屋に行くと、みんな必ず「散らかってて」なんて言い訳するけれども、「これの、どこが」と心の中で突っ込んでしまう。
じゃあ彼女らの「片付いてる」ってどんななんだろう。ホテルみたいな部屋だろうか。
なぜ、できるんだろう。
ごくごく稀にではあるけれども、私のこの部屋だって、つかのま他人に見せられる状態まで回復することがある。
でも続かない。
いつのまにか溜め息しか出ないような場所に戻ってしまう。リバウンドを繰り返すダイエッターのように。
しばらく呆然として、結局またふとんに戻る。寒い。
さあ片付けよう。さあ早く。ちゃんとするんだ。
心はとても焦っているのに、やったことはといえば、あっちを見て、こっちを見て、あれをしようこれをしようと考えて、なのに実際は何もしないまま座り込んでいるだけ。
他の人はどうなのか知らないが、私の頭にはスイッチがある。自分の意志には関わりなくオンになったりオフになったりして、生活に不必要なめりはりをもたらす。
オフになると頭は霧がかかったようになる。自分が自分の思うとおりに動かない。
あれをしたい。これやんなきゃ。
頭では焦っているのに体が動かない。
出かけなければならない用事があって出かける支度を済ませているのに、どうしても出かける気になれずに部屋の中でただ立ちつくし予定の電車に乗り遅れてしまうなんてことまである。
そんな自分をおかしいと思いながらそれでも動き出せない。
とても重たい荷車を思い浮かべてほしい。ひとたび動き出せばよろよろとでも進み出すのだけれど、押したり、引いたり、それまでの大変さといったら。
不思議なもので、部屋を出てしまえば大丈夫なのだ。普通に動ける。だから会社では普通に仕事してるし。
だから休みの日には、自分を叱咤するようにしてとにかく家から出なくてはならない。着替えて鞄ひっつかんで。朝食はどこかのモーニング。化粧はその店のトイレ。
家にいたままでは、おそろしい勢いで時間が無駄になってしまうから。
いまだって、「とりあえず食器でも洗おうか。これなら判断も決断もいらない」と思いついたのに動けない。
処理落ちパソコンのようだ。そんなに大変なことさせてないのに。
そういえば去年かおととしあたり、フリーズを解決する手段を見つけだしたんだっけ。イヤホンつっこんで、音量高めでポータブルの音楽プレーヤーを聴く。それだけ。でもけっこう効果あった。
いまはできない。なぜか。この部屋を見れば答えは明快。どこにあるのかわからない。
探していたら日が暮れる。比喩でなく。イヤホンだけ見つかっても本体がないだろうし、本体が見つかっても充電器がないだろうし、全部揃えてたら日没なんてあっという間だ。
「いーち、にーい、さーん、しー」
困り果てた私は、数をかぞえだした。お風呂に入っている子どものように。
数はどうでもよくて、なんならお経でも寿現無でもよくて、とにかく声に出して唱えることが重要なのだ。
私はロボット。意思も感情もない。だから無視していい。やりたくないとか、動きたくないとか、してはいけないんじゃないかとか、それはノイズだ。聞こえないようにすればいいのだ。
ぎくしゃく立ち上がり、一心に数を唱えたままシンクの前に立った。
はじめはスポンジを手にすることも抵抗を感じる。吐き気をこらえるかのように深呼吸を繰り返すうち、頭がようやく食器を洗うことに納得する。
でも洗った食器を置いておく場所がない。
困った。
しかたがないから、ふとんをたたんで床にあるものを適当にずらしてスペースを作り、新聞紙をひろげた。その上にふきんを並べていく。洗った食器はここに並べればいい。
……寝るまでに片付けてしまわないと、寝る場所なくなっちゃうけど。
洗うまではなんとか終わるだろうけど、食器棚にしまうのはどうだろう。食器を収めるはずの場所にはいま本とか書類とかに占領されている。
いつかの私が適当に突っ込んだそれらを、まずはどかさないとならない。けれどもどかしたものを置いておく場所が、ない。
よく似ている。この部屋と私。
それなりに広い場所があるのに、ほとんどの部分を使えない。ほんのわずかな空間をようやく空けてちまちま使っている。
この部屋にはごちゃごちゃのモノが詰まっている。
私の頭には何が詰まっているのだろう。