3 ゴミ度数百パーセント
ここにひとつの空き缶がある。
たったいま飲み終えたばかりのミルクティーの缶。なりたてほやほやの空き缶。ちなみにスチール缶。
それを私は、さっきから、じいっと、ずうっと、睨み付けている。
この缶をどうすべきなのか、わからなくて。
……なんで?
捨てるべき。わかってる。なのにそこから進まない。硬直してる。膠着してる。動けない。手の中を睨みつけたまま。
……なんで?
捨てる方法なら知っている。
軽くすすぐ、プルトップを外す、スチール缶用のゴミ袋へ。それだけ。
なのに、やらない。そうしたくないから。
私、この缶を、捨てたくない。
……なんで?
これは空き缶。中身はもうない。めずらしい缶じゃない。取っておきたい理由なんかない。使い道もない。無くなったとしても私は困らない。
もしも「ああっしまった」と悔やむようなら、また買ってくればいいのだ。中身というおまけの付いた缶を。
考える余地もないほどこれはただのゴミだ。
いわばゴミ度数百パーセント。
なのに、だ。私は葛藤してしまうのだ。
この缶を、捨てよう。捨てなくちゃ。そう思い浮かべたとたん反作用のように沸き起こる、いわく言いがたいもやもやした感情に足を取られて。
捨ててしまってはいけないような。良くないことになりそうな。心が痛んでしまいそうな。
……なんで?
葛藤するのが面倒で、つい解決を後回しにしようとする。
つまり、置いてしまう。その辺に、適当に。
手を伸ばした先にあるローテーブル。使ったグラスだの錠剤のカラだのハサミだのがずらり並べられている隣へ。
そのとたん、いま仲間に加わったばかりであるはずの新入り缶が、みるみるうちに周囲になじみ、ずっとせんからここにいました、もうここ以外の場所に置かれることなど考えられないとばかりの存在感を放つ。
まずい。
あわてて取り上げた。
あと一日でも、1時間でも取るのが遅かったら、私はもうこの缶をここから動かせなかったかもしれない。
捨てなくてはならないものと認識できなくなってしまうから。
そうやって動かせなくなってしまったモノが、この部屋には山ほどある。だから「この部屋が散らかってるのはわかっているけど、どこをどうしたらきれいになるのかわからない!」と毎度私は頭を抱えるのだ。
捨てる。いったん私の世界に取り込まれたモノを私から切り離す行為。剥がす。分かつ。離す。放つ。別れる。
たとえどれほどくだらない、ささいなモノであろうと、私は手にしたものはなにひとつ手放したくないに違いない。
理由なんてない。ただ感じるだけだ。「なんかイヤ!」脊髄反射のように。
内側からこみあげるその衝動に従うべきか。
否。
何もかもを捨てないまま生活を続けるなんて可能だろうか。
考えるまでもない。無理だ。瞬く間にゴミ屋敷、いやゴミ部屋だ。
そしてその、手に入ったモノすべてに囲まれた生活を、私は快適だとは思わないだろう。「もうこんな部屋はイヤ!」と叫ぶに違いない。
それともいつか、「イヤ!」ではなくなるのだろうか。
ゴミ屋敷の住人は、ゴミをゴミでないと主張するらしい。必要なモノだと。よそから拾って運び込んだりもするらしい。
どういう精神状態がそういう行為に結びつくのかはわからないけれども、もしかしたら私はその入り口あたりにいるんだろうか。
このまま捨てられない自分を放置してしまったら、いつか私もゴミ屋敷に行き着くのだろうか。
「そんなのイヤ!」
いやだ。私はそっちには行かない。
顔をしかめながら立ち上がった。沸き起こる不快感はノイズ。相手にしちゃ行けない。
捨てる。それだけを考える。
考えるな感じるんだ。イヤそう言うけどもリーさんよ。感じるままに行動してたらゴミ屋敷になっちゃうんだってば。
しかしゴミの一時置き場になっている玄関横には、スチール缶用のゴミ袋がない。アルミ缶はあるのに。どこかに紛れてしまっているのだろうか。
この中から探すのか。そう思ったら途端にいやになって、そのへんに缶を置いてふとんに戻ろうかと思ってしまった。
いやだめだ。ゴミ袋に入れなきゃ。
ゴミ袋に入れようと入れまいと、資源ゴミの日まではここに置いておくことになる。でもゴミ袋に入っているかどうかが、かなり大事な境目のような気がした。
これはゴミ。スチール缶だから資源ゴミ。資源ゴミは透明な袋。
台所の棚から袋のストックを探しだして、口を開いて、入れた。捨てた。ちゃんとできた。
袋に入ったとたん、空き缶と私をつなぐ不可思議な絆は切れたらしい。「ああっだめだやっぱり救わなくちゃ」という気持にはならない。
達成感より疲労感。空き缶一個で、これか。
頭が疼く。思わず額を揉んでしまったが、調子が悪い箇所は固い骨の向こうにあるのだった。届かない。物差し入れてグリグリしたい。
かつて見た、片付けられない女をなんとかする番組で言っていた「片付けられない女は逆ギレが多い」んだそうだ。
確かに番組中の彼女らは、指導されても素直に聞かず、すぐ怒る。
部屋をこんなふうにしておくなんて、という見下す視線が痛むからかなと思っていた。片付けられない女は見下ろされる。片付けられない男よりずっと。
でももしかしたら違うのかも。
あの人たち、じつはすごく疲れていたんじゃないだろうか。頭が。脳みそが。
その疲労が怒りを呼んだんじゃないだろうか。
つまり片付けられないっていうのは、習慣でも考え方でも性格の問題でもなく、脳みその問題なんだろうか。
それにしても困った。
ゴミ度数百パーセント。これほどきっぱりと要らないモノである空き缶を捨てるために、これほどまでに葛藤しなくてはならないのなら、間違いなくこの部屋は片付かない。三連休中にはとかいう生易しい話ではなく永遠に。
なぜなら世の中にあるものは、空き缶みたいなゴミ度数百パーセントや、現金やパスポートのようにゴミでない度数百パーセントのほうが稀で、ほとんど全てが白に近い灰色と黒に近い灰色のバリエーションだからだ。