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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第1部 空腹な姫君
3/56

2-2

 新人警官である間宮彩香(まみや あやか)は、人知れず大きなため息をついた。


(こんなの、一人でどうしろっていうの)


 今朝、署内の偉い人に呼び出されて辞令を渡された。

 内容は、現在この街で流行っている昏睡事件の解決だ。


 そもそも事件というのは間違いかもしれない。

 ただ、若い女性が一週間ほど気を失っていだけなのだ。

 もしも事件だとしたら、足跡ひとつ残さない犯人とはいったいどのようなものなのか、そしてどのような手段で、どのような目的で女性を眠らせているのか、間宮には想像もつかない。


「ああっ。もう」


 とりあえずは情報の確認が必要だ。

 いつの間にか間宮の机の上にはいくつものファイルが置かれている。

 誰かがご丁寧にも運んでくれた資料の山だ。

 とてもやる気なんか出せないままに、間宮は資料を少しずつ崩していく。



------



 この事件の一人目と思われる被害者はもう一年以上も前のこと。

 当時、白峰碧山女学院しらみねみどりやまじょがくいんの三年生だった彼女が路上に倒れているのを通行人が見つけて通報、搬送。

 時刻は夕方。

 受験生だったこともあり、寝不足とストレスが原因と考えられたが一向に目が覚めない。

 一週間後、目覚めた彼女に話を聞くが倒れた日の出来事をきれいさっぱりと忘れていた。

 所持品はなにも無くなっておらず、また暴行された形跡も無いため、事件としては扱われなかった。


 二人目の被害者は白峰碧山女学院の近くに住んでいる若い社会人の女性。

 出社時刻になっても起きてこない娘の様子を見た母親が、体を揺すっても目覚めない娘を心配して通報、搬送。

 一人目と同様にちょうど一週間眠り続けたが、目覚めた彼女は健康そのもの。

 また職場はストレスを受けるような環境ではなく、仕事も毎日定時に終了していた。

 社会人一年目だったため、環境の変化が原因と考えられる。


 三人目。

 友達と通学途中だった彼女はいきなり気を失って倒れた。

 原因不明。

 ちょうど一週間後に目覚める。


 四人目……。



 ある程度まで資料に目を遠し、間宮は結論を出す。


(やっぱり、事件じゃないんじゃないの)


 確かにまるまる一週間も眠り続けるのは普通ではない。

 普通ではないのだが、どうも犯人がいるようには思えない。


(そう、事件というよりもむしろ……)


 ちょうど顔をあげたところを、事務の女性が通りかかる。

 手にはコップを持っており、どうやらお茶を運んでいるようだ。


(お茶ぐらい自分で汲めっての)


 そのまま間宮の前を通りすぎたところで、ガチャンと大きな音を響かせ、その上体を大きく崩す。


 ──まさか!


「ちょっと、大丈夫!?」


 慌てて駆け寄ると、彼女は反応を返してくれた。


「す、すいません!」


 濡れた服をそのままに、カチャカチャと割れたコップを片付けようとする彼女を手伝う。


「ここはいいから、あなたは着替えてきて」


「はい、どうもすみません」


 幸いなことに、コップのひとつが真っ二つに割れただけのようで掃除は簡単だった。

 怪我もなさそうで何よりだった。



「先程はすみませんでした」


「気にしなくていいのよ。それよりも、怪我がなくてよかったわ」


 間宮か再び資料に目を通そうというところで、先程の事務員が戻ってくる。

 服装は誰かが運動にでも使っているのか、サイズの合っていないジャージだった。


「それよりもどうしたの。調子が悪いんだったら休んだ方がいいんじゃない?」


「私は生理が重いほうで、そういうときはいっつも辛いんです。でも毎月お休みをいただくわけにもいかなくて……」


「ああ、確かにそれは辛いわね」


 間宮自身は軽い方だが、その気持ちはよくわかる。

 間宮の場合でさえ、朝起きると身動きすら辛くなるのだ。


 彼女は早退していった。

 帰りたくはない様子だったが、一度倒れた以上はしょうがないことだった。


 間宮は再び資料に目を通していく。


 被害者は全員が女性。

 そして比較的若い。

 間宮はもう二十代後半だ、恐らく自分が被害者になるということはないだろう。


 他には全員が未婚であること。

 全員がちょうど一週間で目覚めていること。


 そもそも不意に意識を失うとはどういうことだろうか。

 若い頃、共学の学校に通っていた頃を思い出す。

 確かやんちゃな男子の間で、首を絞めあう行為が流行っていた。

 気管を締め付けているのではなく、動脈を締め付けて気絶し合うというバカな遊びだ。

 先生にバレてこってり絞られていたのを覚えている。

 あとは先程、生理で倒れた女性。


(ああ……もしかしたらこれかも)


 そこに答えを見た気がした。

 電話を手に、あるところへと連絡を取る。



------



「初めまして。WHOから派遣されました、原口と申します」


 数日後、間宮のもとを訪れる人がいた。

 WHO職員の原口透子(はらぐち とうこ)、若くして四ヵ国語を話すというエリートだ。


「わざわざ足を運んでいただきありがとうございます。それで、早速なのですけれど……」


 お互いに挨拶を済ませたら早速仕事に取りかかる。


「まずは間宮さんから伺った、一部のダイエット食が血液不足を引き起こすというのは、私たちの方では確認できませんでした」


「そうですか……」


「ただし、若い女性ばかりが倒れるということについては、過去に似たような症例が見つかりましたよ」


「ほんとですか!」


 間宮はこの事件が病気の可能性が高いと判断し、まずは市内の病院にあたった。

 そこから国内の症例を調べたが、似たようなものは見つからない。

 ならば世界的にはどうかと、WHOと連絡を取っていたのだ。


「それで、どこで流行っていたんですか。それはこの街で流行っているのとおなじものなんですかか」


 思わず見えてきた光明に気が(はや)る間宮。

 それを押し止めるように、原口はゆっくりと口を開く。


「今から五十年ほど前のことです。ルーマニアのある街で、若い女性ばかりが気を失うという事件が発生しています」


「ルーマニア……」


 確か旧ソ連、現在でいう東欧に位置する場所のはずだ。


 原口は説明を続けていく。


「その街はここよりも人口が少なく、そのため発見も早くすぐに事件として扱われるようになりました。特に被害者が若い女性ばかりということで、当時の警察機関は非常にやる気をだしていたそうですね」


「警察が動いたということは、病気ではなかったんですか?」


「さあ、どうなのでしょう。残念ながら、未解決ということで幕を下ろしたようでした」


「未解決……」


「続けますね。……捜査を続けているうちに、倒れた女性たち全員と出会っていたであろう男性が浮かび上がります。彼女たちが倒れる前日に、彼女たちを誘っていたのだそうですよ」


「誘っていたというのは、つまり……」


「ええ、もちろん性交渉をしていたというわけです。そして彼に抱かれた女性は全員が倒れていたのです」


 話を聞く限りでは、事件とも事故とも言えないものだ。

 男性が何らかの──未知のウイルスのキャリアであり、それが性交渉で相手に感染したのかもしれない。

 その場合は男性が自覚していたかどうかが事件と事故との境界線だろうか。

 または、何らかの薬品なりを嗅がせていた可能性もある。

 そちらの場合は間違いなく事件だろう。


「それで、その男性はどうなったんですか。未解決ということは、まさか逃げられたんですか」


「……いいえ。警察がその男性の居場所を突き止めて突入したとき、すでに男性は息を引き取っていたそうです」


 ──それでは。


「それでは、原因は……」


「はい。女性が倒れた原因は不明のままとなっています。ちなみに男性の死因も不明です。ただ、それ以降長く気を失う女性は現れていないそうですね」


 女性は気を失わなくなった。

 原因と思わしき男性は死亡。

 ただし、その理由は不明。


 確かに類似点はある。

 女性が長く気を失うなんていうのは、その最たるものだろう。


 しかし、男性というのが引っかかる。


「確かにこの街で起きていることと似ているようですね。でもあり得ません。一部の被害者は女子校の中でも発生しているのです」


「……ええ、もちろん存じています。そこで私たちの結論です。──」


「──まさか、女子校の中に男性が潜んでいるとでも?」


 不意に頭をよぎった答え。

 でも間違いなくあり得ない。

 だって白峰碧山女学院と言えば名門校だ。

 もちろん教師も女性だけで、とても潜入なんて。


「見た目だけならどうとでもなるのではないでしょうか。とくに若いときだと、まだ体が華奢な男性も珍しくはないでしょう」


 つまり彼女は。

 WHO職員の見解は、女生徒のフリをした男が女学院に潜んでいるというものだった。



 あり得るのだろうか。

 しかしそれは確かに難しいことだろうが、頭ごなしに否定していいのだろうか。

 何よりもせっかく得た糸口だ。

 ここはまず徹底的に調べた方がいいのかもしれなかった。


「もしも男性が潜んでいたとして、どうやって調べたらいいでしょうか。あり得なくはないでしょうが、まだハッキリとしていない段階では職員を大量に導入して一斉に調べるということはできません」


「ええ、それについても考えています。何より私たちもまだ半信半疑ですからね」


 確かにそうだ。

 実際に女子校に入学するのならば、身分の偽造が必要だ。

 それこそ、公的なものが。

 とても簡単にできることではない。

 そして、裏を取ることもまた面倒だ。


「その女生徒たちに協力を募るのです。まずはアンケートで、確実に犯人ではないという女生徒たちをピックアップして」


 犯人像が意外なものなら、出てきた案も驚きのものだった。


 ──一般人に犯人探しをさせる?


 それはとても危険なことだ。

 危険なことなのだが、現状では他にとれる手もない。

 しかしそうなると。


「そうなると、被害者になり得ない人物、という条件も必要ですね」


 間宮は警官で、世間体を気にしなければならない。

 女生徒が犯人探しに貢献する。

 それは確かに美談だろう。


 しかしもしも協力を依頼した女生徒が被害にあったら?

 一転して、警察組織への大パッシングへと変わるだろう。


「被害者について、何か共通点はありませんか?」


 被害者は若い女性。

 ……そういえば。

 そういえば、被害者は一人暮らしか、親と同居している女性だけだ。

 既婚者は一人もいないし、男性と同居している女性もいない。


 はっと視線を原口に向けると、間宮を向いたままに静かに口を開く。


「ルーマニアでの被害者も、全てが処女だったそうですよ」



------



 そこからは精力的に動いた。

 まずは幾人かの被害者への事情聴取。

 内容を聞いて取り乱す被害者もいたが、事情聴取した全てがその日までは処女だったことが判明した。

 ……知らずに純潔を散らした被害者を慰める方が大変だった。


 次に上司への打診。

 犯人が女子校に潜んでいる可能性があること。

 被害者になり得ない女生徒に協力を依頼したいこと。


 意外なことに、上司は簡単にゴーサインをだしてくれた。


『なるほどなあ……男が女子校になあ……。協力者の安全も考えられているようだし、間宮の好きにしていいぞ』


 そう言う上司の顔は笑っていた。

 まるで信じていない顔だった。

 それが間宮のやる気に火をつける。


 女生徒へのアンケートも作った。

 内容のほとんどは意味の無いもの。

 処女かどうか、一応の余裕を見て入学前からすでに生娘でない者を選ぶだけのものだ。

 犯人が紛れ込む可能性もあるか、そこは身体検査をしたらいい。


 そうして、間宮の手元には五人の女生徒の名前があった。


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