1 プロローグ
夕陽が射す廊下をわたしは一人、小さな足音を立てながら歩いていく。
昔ながらの木の廊下だから、足音よりもむしろ木材の軋む音のほうが大きいぐらいだ。
この時間になるまで、わたしは一人図書室で時間を潰していた。
人が減る放課後まで待っていた。
今わたしが向かう先はそう、わたしのクラスだ。
開いている扉からこっそり中を伺うと、そこには思った通り少女が一人で掃除をしている。
制服に身を包んだ野暮ったい少女だ。
いかにも掃除を押し付けられましたという雰囲気だ。
にやつく顔を抑えられないままに、自らの指を小さく噛み切って血を垂らす。
『静かな水面を荒立たせましょう
綺麗な水面を染め上げましょう
ぽたり
ぽたり
この一滴はだんだん大きくなり
この一滴は真っ赤に染め上げる
世界は決して誰のものでもない
けれど今
この瞬間だけは私だけのもの
──私の世界』
これでこの教室にはわたしと彼女だけ。
邪魔物は絶対に入らない。
隠れることをやめて、堂々と教室に足を踏み出す。
「あ……忘れ物ですか?」
彼女は戸惑いながらもわたしに声をかけてきた。
いかにも気弱そうな雰囲気を漂わせて。
こんなだから教室の掃除を押し付けられるのだ。
まあそれも、今のわたしには好都合。
「違うわ。あなたに会いに来たの」
わたしは目的を隠さずに伝える。
もちろん掃除はもうほとんど終わってて、だから彼女は不思議そう。
戸惑う彼女をよそに、一歩ずつ近づいていく。
「あ……と」
「あなた、やっぱり可愛いわよね」
一番美しいのはもちろんわたしだが、その考えは知られないままに彼女へ告げた。
もちろんわたしの言葉は嘘じゃない。
そもそもこの学校に、わたしの目に敵わない女生徒はいない。
もじもじしていた彼女の目がわたしを捉える。
わたしはずっと彼女を見続けている。
二人の視線が交差したとき、彼女はびくんと身を震わせた。
「今はここに、わたしとあなたの二人だけね」
事実だけを淡々と。
彼女は頬を染めていた。
「あっ……」
とても恥ずかしいのが、頬に触れているわたしの手のひらから伝わってくる。
もう大丈夫。
彼女はわたしの魅力から目を逸らせない。
頬に添えた手はそのままに、二人の顔が近づいて。
そして──。