プロローグ
俺は何をやっている?
知覚が薄れ、雑多で取りとめのない景色だけがコマ送りになったかのようにぼんやりと流れていく。
そんな中で俺は宙を舞っていたのだろう。
永遠にも思える一瞬の浮遊感、憤りと共に吐き出そうとした後悔は霞のように溶けてしまった今の脳ミソでは、口に出すどころか思考さえも許してはくれないようだ。
代りに、
「痛いっ!」
(痛いッ! 痛いッ! ああ、いってぇー! んだこれ、右手が焼けるように痛い! 右腕折れた、てか、ほんとに引っ付いてるのか……? やべぇ、血が……マジで、俺、死ぬ……?)
そう口に出すことができたのは最初の一言目だけで、後はろくに言葉にもならなかった。
襲い来る鈍痛、霞んだ視界。
辺りは、それに俺はどうなっているんだ。買ったばかりの鞄が散らかり、制服が破れ胸ポケットに入れていたはずの生徒手帳がなくなっている。
周囲の喧騒が無意味な雑音となって遠くなっていく感覚だけが明瞭としていて、意識が消えていきそうだ。
(ははっ、何だこれ……トラックに跳ねられて死ぬとか、何だ、異世界にでも呼んでくれるのかね)
確か、妹のラノベにそんなものがいくつかあったような気がしないでもない。
それは、走馬灯なのだろうか。
昔のことを何故か思い出してしまう。
「――――ぇ――しっ――さい――――――いや――――めに――――――――」
誰かが、何かを言っている気がする。
そういえば、俺は誰かを助けた気がする。
何で、助けようとしたんだろう。
そもそも、相手は誰だ、
男?
女?
それすらも、もう、分からないが多分女性だ。
助けるならきっと、女性が良い。
まあ、女性を助けたからと言って、何がどうなるわけでもない。これだけ印象的な出来事なら一週間は記憶にあるかもしれないが、何処にでもいる平凡な俺の顔など二週間後にはぼんやりと薄れ、一ヶ月も経てばきっぱりと忘れることだろう。
この期に及んでも、俺は親父の戯言を信じる気にはなれない。
モブキャラは何をしても、変わらないし、代れない。
変わる事を許されていない。
だから、この出来事も意味などない。
ただ、馬鹿が女性(願望)を突き飛ばし、代わりとなって車に引かれる、それだけだ。
善意とか、好意とか、悪意とか、憎悪とか、衝動とか、衝撃とか、そういった当事者の感情などに意味はなく、意味を持つことは許されていない。
俺らは等しく無意味に死ぬ。無価値に死ぬ。
だからこれは、それがちょっと早まってしまっただけなのだ。
暗転する意識の中で、最後に思い残すことと言えば――
――親子丼、食いてーな
その程度なのである。
異世界要素もバトル要素もない日常物です。
誤字脱字がありましたらお知らせして下さると幸いです。