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暴力

 ドッドッドッドッ……


 エンジンの振動に身を預け身動ぎ一つしないまま、銀月(インュエ)は警官隊から向けられた銃口を冷ややかに見つめていた。


(何も知らないみたいね。警察介入の黒幕は奴等とは別にあり……)


 挟撃の態勢をとった警官隊相手に、恐慌に陥ることもなく考察を広げていく。


(ま、私を()()()()()()連中は山程いるし、直接来るなら叩きのめしてあげるんだけど。こういうやり方は、気に入らない)


 銀月(インュエ)がスッとヘルメットを外した。

 チェイスを繰り広げながら額に汗一つ浮かべずにサラサラと髪を揺らす。

 あまりに美しい女にその場の全員が目を奪われ、誰とも知れず息を飲んだ。

 誰一人動けずにいる中、ヘルメットをバックミラーに引っ掛けバイクのスタンドを蹴り出すと長い脚を上げて身体を降ろす。

 フゥッと溜め息をもう一つ。


「私、あんまり暴れたく無いのよ。だから、通してくれない?」


 異様な程に響く声。

 ライダー・スーツの前面ファスナーを臍の辺りまで一気に下げると、扇情的な身体が外気に晒された。


「駄目かしら?」


 誰も反応しない。指揮官ですらその立ち姿に視線が釘付けだった。芸術品のような美しさではなく、肉感を湛えた艶めかしい美しさが空気を支配している。


「退いてくれないなら、押し通るわよ」


 銀月(インュエ)が音も無く地を蹴った。滑らかな、高速の静音移動。十数メートルを一瞬で詰めた。まるで猫科の肉食獣を思わせる、しなやかと美しさ、そして見た者を戦慄に陥れる獰猛さを秘めた進撃。

 一人の警官の銃身を事も無げに掴むと正面に立たれた警官の喉がヒッと小さく鳴った。同時に発砲音。引き金(トリガ)にかかった指が恐怖に引きつり撃鉄を落としたのだ。

 銃弾が天を突いたのと同時に銃を握った男の意識が途切れた。銀月(インュエ)の繊手が鳩尾に深く突き刺さる。


「ふっ」


 気息を整えながら意識を手放した男の懐に沈み込み、背負い投げの要領で真横に居た別の警官に投げつける。

 怒号、罵声、悲鳴。

 一気に場が混戦の様相を呈した。

 慌てて銃身を銀月(インュエ)の方に向けようとした男の手に蹴りが飛ぶ。構えきる前に銃を飛ばし、そのまま遠心力を乗せた二発目の蹴りをこめかみに叩き込む。意識を刈り取られた警官の膝が地に着くより早く一番近い車両の脇に飛び込むと、両手で車体のフレームを掴みいとも容易く()()()()()

 一トンを上回る重量が玩具のように軽々と横倒しにされた。壁と化した警察車両の天井に数発の銃弾が弾かれる。同時に後方へ跳躍。その姿を追うように火線が走る。

 掌で接地し腕の力だけで再び跳躍。数名の頭上を越えながら空で身体を捻り発砲を躱す。着地の寸前、その場にいた警官二人の意識を連蹴りで奪い去ると膝を曲げ衝撃を殺し、その反動を利用し遅れて振り向いた警官にショルダー・タックル。発砲すれば同士討ちになる距離に詰め寄る事で火線を奪う。突き飛ばし様、警官の腰部から引き抜いた特殊警棒(ロッド)を軽く振ると折り畳まれた棒身(リーチ)が伸びた。

 その場で身を沈めると、今まで頭蓋があった位置を特殊警棒(ロッド)が掠めた。足払いで特殊警棒(ロッド)を振った警官のバランスを崩しつつ、振り下ろされた別の特殊警棒(ロッド)を手持ちの特殊警棒(ロッド)で受け止める。遅れて数本の特殊警棒(ロッド)銀月(インュエ)を取り押さえようと襲いかかった。

 が、


「ふっ」


 呼気と共に特殊警棒(ロッド)を押し返され、銀月(インュエ)を取り囲んでいた警官達が簡単に吹っ飛ぶ。

 自動車を玩具同然に扱う膂力の前には、力自慢の警察官も赤子と変わらない。

 やられる──そう思う隙も与えられずに、男たちの視界は暗転した。


「まだ、続ける?」


 その場で周囲に問うた銀月(インュエ)の声に息が乱れている様子はない。あれだけ凄まじい戦闘の中にあっても、女の額に雫を浮かべることは出来ていない。

 再び訪れた静寂。


 化け物。


 その場にいる警官達の脳裏を、等しくその言葉が掠めていた。

 サッと髪を掻き上げるその動作一つに緊張が走る。たった数分の攻防だけで、既に銀月(インュエ)に銃口を向けられる者は皆無だ。銀月(インュエ)が唯一人、完全に場の空気を支配していた。

 美の女神の姿を模した猛獣に畏怖し、恐れをなしているのだ。誰一人、太刀打ちできない。出来る筈がない。

 ただ、雲だけが流れていた。


 悠々と銀月(インュエ)が歩き始める。一歩、また一歩。

 自然と道が開いた。

 立ち塞がる者などいない。美の化身と死の化身が同じ()()なのだと気付かされた以上、その前に立つことが何を意味するのかを悟らぬ者はいないだろう。すなわち、圧倒的な暴力(その女)の前に立つときは自ら死を覚悟するときだ、と。



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