5話 夜明け
少しばかり早いですが明日の分一回目を投稿です。次回は明日昼ごろを予定しております。
・非常に雑な粗筋のようなもの
冬馬、クリスタを庇う→冬馬重傷→冬馬復活
翌朝、俺達は洞窟の中で鍋を囲んでいた。昨日捌いた猪でボタン鍋もどきだ。両隣にはクリスタとサイゾウがいる。
え、フクロウにそんなものを食わせて大丈夫なのかって? 知るかよ、放っておいても自分から食卓に混ざってくるし、サイゾウ自身が大丈夫って言うからな。諦めたよ、俺は。異世界に俺の世界の常識は通用しないんだろうさ。
クリスタの方は俺と目線が合うたびに少しばかり頬が赤くなっている。昨日のような積極的な会話もない。やっぱり昨晩のあれが原因かね、女の子は早熟だもんな。
俺? そりゃこっぱずかしくて黙々と調理&食事ですよ。昨日のあれは俺も半分意識が朦朧としてたんだ、許してくれよ。
いやしかし、今日の朝食は静かだ。静かすぎて隣のフクロウの視線が痛い。訳知り顔でこちらを見ているあたり確信犯だ、なんだかにやついているような気がしてきた。
『しかしなんだの、主。そういう初々しさは全くもって似合わんの?』
「うるさいやい、自覚はあるから黙っててくれないかな」
『ホウ、そういうことを言ってよいのか?』
「ぐッ……! き、昨日のことは感謝してるさ」
いや、そうなのだ。昨晩最後の一幕、俺は意外と重傷だったのだ。
クリスタを庇った時、爪熊の一撃はたしかに俺の背中を抉っており、右肩から左腰にかけてかなり長大な傷跡が残った。サイゾウ曰く、もう少し遅かったら色々とまずかった、のだとか。
ありがたい限りではあるがいちいち掘り返さなくても良いだろう。
「あ、あの、……昨日は、すいませんでした」
「へ……?」
悶絶しそうな気恥ずかしさでサイゾウを睨んでいると、唐突にクリスタに謝られた。
両膝の上に握りしめられた両手は微かに震えていて、狐色の耳と尻尾もくたりと項垂れている。顔色も不安げで、どこかオドオドとしたものが伺える。
「……私のせいで、トーマさんを怪我させてしまいました」
事態を理解すると共に、しまった、と思った。クリスタは俺が思っていた以上に今回の一件を重く見ていたらしい。たぶん、俺が怪我したのを自分のせいだと思っているのだろう。
洞窟の入口を開けておくという判断をしたのも、クリスタの介入を失念していたのも、咄嗟に庇うという選択をしたのも俺なのだから彼女が自責の念にかられる必要はないと思う。
けれど、きっとそんなことは関係なく、彼女は後悔しているのだろう。『あの時こうすれば』、『自分がああしなければきっと』そういう類いの感情に苛まれるのは当たり前のことで、クリスタが心優しい少女であることの証左なのだろう。
こんな時に、どんな言葉をかけたらいいのか。正解なんてものは俺には分からないが、それでもいいのだろう。
大切なのは彼女が成長することだ。ことの善悪や正否はおいといて、何かを得ることができるなら、それにこしたことはない。だから、俺は俺の思うように口を開いた。
「気にするな。俺は俺のしたいようにしたんだ」
「でもっ……!」
「今回は俺にも問題はあったんだ。状況判断も甘かったし、油断もあった」
「そんなことありません!」
クリスタは意固地になったように頷こうとしない。仕方ない娘だな。
「そんなことあるのさ。……それに、負傷なんてこの森じゃあ当たり前のことだ。むしろ、可愛いんだからクリスタが怪我しないで良かったと思ってるさ」
「そ、そういう問題じゃ、ない、と思います……」
おお、顔が赤くなった。“可愛い”って言葉だけで恥じらうとは、思った以上に初心なんだな。けど、納得したようにも見えんな。
ふむ、もう一押しかな?
「そうだな、それでも負い目を感じるんなら、貸し一つ、でどうかな?」
「貸し一つ、ですか……?」
「おう。これから強くなって、いつか俺が困ってる時に返してくれたら良いよ」
「……っ! そ、それって!?」
クリスタが前のめり気味に食いついてきた。顔色も急速に回復していて、両耳はピンと空を向き、尻尾も僅かに左右に振られている。
……なんというか、分かりやすい娘だ。
「ああ、君の頼みを聞くつもりだ。その代わり、ビシバシ鍛えるからそのつもりでな」
「……あ、ありがとうございます!!」
嬉しそうに頭を下げるクリスタの姿につい微笑みが零れた。
ようやく希望が見えてきたからか感極まった彼女の瞳は潤んでいる。ひょっとしないでも少しばかり涙もろいのかね。いや、年齢を考えたらそんなものか?
『……年端もゆかぬ乙女を幾度も泣かせるとは、主も罪作りだの』
「ええい、だまらっしゃい。ここはいい感じで締めるところだろうが!」
横から口を挟んできたサイゾウに悪態をつきながら俺は手元の木碗の中身を搔っ込んだ。
どだいこういうのは苦手なんだよ、こっぱずかしい。
サイゾウが気を利かせなかったら恥ずかしさで悶死していたかもしらん。
ん?
視線を上げた先で、なんとも言いがたいクリスタの表情に俺は気づいた。
いつの間にか、先ほどの歓喜が霧散し、なんというか好奇心にウズウズしているというか、なにかを期待しているというか、いずれにせよこの状況からおよそ導きだされる類いのものでは無いような表情をしている。
「どうした?」
「あの、こちらは……」
『ホゥ?』
「? サイゾウのことか?」
途端に、クリスタの目が爛々と輝きだした。
どこにスイッチがあったのかしらないが少しばかり怖い気がする。
「ひょっとして! フォーガ族の方では!?」
フォーガ族? なんだそのベトナム料理のような種族名は。俺の【鑑定】にはウラルオウルとしか書かれていなかったが何か間違ってんのかね。
「ホゥ、物知りだの。たしかにフォーガ族が大梟と呼ばれる一族の出だの」
「!?」
「やっぱり!」
なに!? そんなこと俺は知らんぞ!
あまりの驚愕に固まっている俺とは対照的にクリスタの方は別の意味で感極まっている。なんなんだろうか、このカオスな空間は。
いや、それよりも気になるのは……。
「お前、普通に喋れたのか!」
「普通、というか、ヒェンタウル語を使っておるの」
「ヒェンタウル語?」
また知らない言葉が出た。ここ一年で今日が一番驚いているかもしれん。
「ヒェンタウル語っていうのは神代の時代に作られた言語ですっ!」
「神代の時代……?」
「いま私達が喋ってるこれですっ」
いま喋っている、といわれても実感がない。
【翻訳】スキルのせいで日本語を喋ってるようにしか聞こえんし話せん。サイゾウのいつもの喋り方にはある種の違和感を覚えるんだが……、こういうとき不便だな。
「ついでに言えば共通語とも呼ばれとるの。他の種族と共有できる唯一の言語での、人間以外の種族ならほとんどの者が操ることが出来るもんだの」
サイゾウ先生、ナイスフォローです。
しかし、なんともそりゃ便利にも程があるような言語だが……。
ちょっと待て、その言い方からするとひょっとしなくてもこの世界って言語数がかなりあるんじゃないか? なんたって地球とは比較にならないほど多文化な(アニマ族とかフォーガ族とかいうのがいるぐらいだからそうでないとおかしい)のだから、きっと言語の数も同様なのだろう。
やばい、【翻訳】スキル取ってて良かった。これがなかったら割とすぐに行き詰まっていただろう。誰とも会話できないとか、ぼっち一直線じゃねえか。
「トーマさんっ!」
「は、はい?」
急にクリスタが大声を出した。目にはある種の確信めいた決意のようなものが伺える。
「“放浪者”なんですねっ!」
「……」
おうふ、やっぱりそうなるのか。
そんなに信頼の塊のような顔でみつめられてもこちとら出会って間もないただの人間だ。困る。とても困る。具体的にいうと俺の居心地が悪い。むしろ気分が悪い。
「違う。俺はそんな立派なもんじゃない」
「でも、私達のタニス語ばかりかフォーガ族の言葉まで……」
「ちょっと得意なだけさ。他に大したことができるわけじゃない」
「ホゥ、“ちょっと”で喋れるようになるほど簡単なものではないと思うがの」
したり顔で切り返してきたサイゾウを俺は黙殺した。
少し乱暴気味にボタン鍋の残りを自分の木碗よそい、搔っ食らう。長話のせいで少しばかり冷えてしまっていた。あぁ、苛々する。
そうだ。なぜだか知らないが、俺は言い知れようもない苛立ちを感じていた。
俺は前の世界にいた頃から凡人だ。何かを成し遂げられるような人物じゃあないんだ。どうしてそれが分かってくれないのだろうか。
「でも、やっぱり……」
「やめてくれ!」
思わず、強張った声を出していた。
気がつくと、驚きに目を見開いたクリスタと訝しげな視線を送るサイゾウに挟まれ、俺は狼狽していた。
いったいぜんたい、どうして声を張ったのか。
いや、そもそも何を俺は恐れているのか。
「……っ、片付けを、してくる」
ようやくそれだけ言うと、俺は空になった食器類を集めて立ち上がった。二人の視線から逃れるように台所に入ると、水瓶から出した水を使って食器を洗い出す。
分からない……。
どうして急に苛立ったのか、何が我慢ならなかったのか、分からない。
まるで何かよほど堪え難い記憶に触れたかのような焦燥感が俺を焚き付けたのは確かだ。けれど、俺には前の世界の頃から遡ってもそんな記憶がない。
……本当にそうなのだろうか? なんだか違和感がある。あるべきものを見落としているような違和感が。
あぁ、考え込んでいるうちに洗いものが終わってしまった。
ついさっきまでの怒りはすでに霧散している。
残っているのは、やらかした後にくる言いようもない遣る瀬なさだ。
はぁ。こういうときは先延ばしにせずストレートに謝った方が良いんだ。時間が立てば立つほど気まずくなるんだから。
振り向いた俺の視界に入ってきたのは、ビクリと肩を震わせるクリスタの姿だ。耳も尻尾もシュンと下を向いている。
うあぁぁ、十歳の少女を怖がらせるとか、どうしようもねえな。誰だこんなことするやつは。
……俺だな。
「すまん。取り乱した」
「い、いえ……、悪いのは私ですから」
むう、へそを曲げさせてしまったかな。
「押しつけるようなことしちゃって、すいませんでした」
「いや、こっちこそ悪かった」
真摯に頭を下げられるとむしろこっちの立つ瀬がないのだが……。
クリスタから見れば急に怒りだした変な人間だろうに、な。
全くもって悪いのは俺の方なんだ、怖がるか拗ねるかが普通だろうに。
互いに謝り合う格好になって、二人そろって黙り込んでしまった。
しばし、何とも言えない空気が流れる。
その静寂を破ったのは、意外にもクリスタだった。思わず、といった風に彼女の口が開かれる。
「その、私が言いたかったのは……」
「?」
視線を地面に落としたまま、彼女は堪え切れないものを零すように言葉を続けた。
「助けて頂いて、嬉しかったんです」
む? 話が見えんぞ。文脈が繋がっていないような気がするんだが……。
なんかしらんが、サイゾウまでとなりでニヤニヤしてる。妙に腹が立つ笑顔だな、こんにゃろめ。
「ずっとずっと森の中をさまよってた時、私、怖くて怖くて仕方がなかったんです。自分がどこに居るのか、どこに向かっているのか、なんにも分からなくて。……何をするのが正しくて、どの道を選べば良いのか、悩むことすら怖くて、でも誰にも相談できなくて。私は、はじめて孤独を知りました」
「クリスタ……」
クリスタは、ずっと堪えてきたものを晒すように、ゆっくりと静かに、けれど溢れ続ける言葉を紡いでいた。少なくとも、俺にはそう見えた。
「ううん。孤独ってものは前から知ってました。でも、知ってたのよりずっと怖かった。ああ、これが本物なんだな、って。……きっとこのまま、一人で死んじゃうんだって」
一度は全てを失った少女の言葉が、言い知れようもない実感と共に俺の中にすとんと落ちる。
絶望、きっと彼女はその中にいたのだ。まるでこの世界に放り込まれたばかりの俺のように、怯えることしかできなかったのだ。
「そんな私を、トーマさんが助けてくれたんです。トーマさんのおかげで、私は生きてるんです」
その言葉に、息がつまった。
「そのうえ、私の都合のいいお願いまで聞いてもらって……」
誰かに感謝され、必要とされる。
ただ、それだけのことに、俺は狼狽するまでに驚いていた。
「だから、本当に感謝してるんです。だから、知って欲しかったんです」
気づかないうちに忘れている何かが、心の奥底で叫びを上げているような錯覚。歓喜の叫びが、今にも口から零れそうになる。なんとも不可思議な感覚が俺の中で溶けていく。
まったく、今日の俺はどうしたのだろうか?
「そ、その……、それで、トーマさんが放浪者なんじゃないかと思ったら、なんだか嬉しいっていうか誇らしい気持ちになって、ちょっと、舞い上がっちゃいましたけど……」
「……そっか」
「あのっ! 本当に、ありがとうございます!!」
気がつけば、ついさきほどまでの不快感はどこかへ飛んでいっていた。
えらく満たされた気持ちで、頭を下げるクリスタを見ている。
「こちらこそ、ありがとうクリスタ」
「……?」
「自分でもよく分からないけれど、なぜだか救われた気がするんだ」
クリスタも、空気を読んで珍しく静かにしていたサイゾウも、不思議そうな顔で俺を見ている。俺も、自分が言っていることの意味がよく分からない。
だが、これでいいんだ。俺はやっと生きることの意味を見出せたんだ。なぜだかそんな風に感じた。
「さぁ、それはともかく特訓だ! 早いところ力をつけて皆でこの森を出なきゃいけないからな」
「……っ! はい!」
満面の笑みを浮かべたクリスタに、俺は頷きを返した。
「まずは自己紹介からいこうか。改めて、俺の名前は霧甲斐冬馬、異世界人だ―———」
というわけで、そろそろ冬馬が抱えている問題が見え隠れしはじめました。今作中、霧甲斐冬馬という男は何よりも自分自身と葛藤することが主題の一つです。いったい彼は何を知り、何を覚えているのか。もうすぐ、それが見えてきます。
・次回予告のようなもの
色々と不可思議な自分に疑問を抱きつつも、冬馬はクリスタを世話することに決める。冬馬がクリスタに教える戦い方とは? 次回、『教練その1』(仮) お楽しみに!




