4話 夜襲
みなさんこんにちは、お昼の投稿の時間です。
作者は熊も好きです。熊のプー○んも好きですし、テディベアなんかも好きです。でも爪熊はいりません。イメージ的に可愛さが足りませんね。煮詰めすぎたコーヒーです。『くろい ぶったいが こちらを みている』てな感じです。
・これまでの雑な粗筋
狐少女を救う→フクロウと語らう→爪熊「やぁ」
次回は明日0時に投稿予定です。
それではどうそ、ごゆるりと。
洞窟周辺は火の明かりに照らされている。入浴用にストックしておいた薪を、俺が惜しげもなく使って焚火を熾したからだ。この短時間で用意できたのは火魔術のおかげだな。
魔獣といえど、性質は獣とそう違うわけではない。たいがいの場合、火を恐れる。
興奮した爪熊にまで効くとは思えないが、少なくとも他の獣の邪魔は防げるし、戦いで有利に立てる。
サイゾウは偵察に行った。爪熊も恐ろしい話だが、奴が興奮している訳が気になる。ひょっとすると黒虎あたりが近くに来ている可能性もある。音もなく空を飛ぶサイゾウならば近隣の調査も出来るし、まず害されることもないだろう。
洞窟の入口はあえて開けたままだ。爪熊よりもずっと小さいから入られる心配はないし、いざという時に逃げ込める方がいい。弓はない。部屋に置いてきたのもあるが、弓の火力ではおそらく役に立たないだろうという予測もあった。
俺が出来るだけの準備はした。そのはずだ。
「……っ! 来たか!」
木々に体をぶつける籠った音と共に、2mをはるかに越える巨体が森の闇からのそりと現れる。
赤い瞳に獰猛な容貌、筋肉が浮き出たような体躯に黒光りする涅色の体毛はしかし、体のあちこちから溢れている血に染まっている。口元からは血が混じった涎が泡立ちながら糸を引き、視線は挙動不審に左右に揺れており、この爪熊が相当の痛手を負っていることを示唆していた。
これなら、なんとかなるか?
【隠伏3】のおかげでこちらはまだ気づかれていない。俺は爪熊の視界から外れるようにして風下に移動しつつ、火魔術を焚火に向けて使った。
ボウッ、という音とともに数センチほどの小さな炎弾が十数個、焚火の上にゆらりと現れる。
次の瞬間、炎弾は空間を切り裂くようにして飛び出して爪熊へと殺到した。
「グガァアアア!!」
ちっ……!
さすがと言おうか敏感に反応した爪熊は自らの左手をもって炎弾を防いでみせた。いくつかは隙間をぬって胴体に直撃したようだが致命傷にはほど遠い。被弾した左手は焼け焦げて動かないところを見ると片腕を封じたのは暁光だが、おかげで手持ちの魔力は無くなってしまった。
とはいえ、爪熊は咆哮を挙げながらも炎弾が飛び出してきた焚火に注意を向けている。仕掛けるなら、今だ。俺はそろりそろりと爪熊の背後へと回り込んだ。
背中に佩いている山刀を右手で静かに握り込む。吸い付くような質感の持ち手と鞘は艶を落した黒檀色、肉厚な刀身は切っ先鋭く長さおよそ一尺、長い時間と高いコストをかけてショップで購入した俺のこだわりの逸品だ。よく切れるし、強い。
ふんッッッッ!
無音で爪熊の背中に飛び込んだ俺は、山刀を抜きざま体を捻るようにして項に切り込んだ。瞬間、先に倍する大音声の咆哮と共に爪熊が暴れだすが、左手でその巨体を叩くようにして俺は距離をとって着地、迷わず後ろに飛んでさらに離れた。
浅かったか……!
手応えはたしかにあったが刃先は僅かに背骨を傷つけるに留まった。爪熊は血をたれ流しながらも激しくのたうち回っている。これでは近づくこともできない。
それどころか爪熊は今にも立ち上がろうとしている。魔獣の驚異的な回復力は知っていたが、いざ相手をするとなるとこれほどやっかいなものもない。あちらも俺を知覚しただろうからもう【隠伏3】も役には立たない。
「グォォオアアア!!」
おうおう、かなりのお怒りで。
迷わず突っ込んでくる爪熊に対して俺は左手で投擲ナイフを投げ打つと、そのまま転がるようにして右に避けた。黒染されたナイフはこの暗闇に相まって視認しづらい。爪熊も己の左目に突き刺さる直前まで気づかなかっただろう。
怒声と衝撃を背後に感じながら反転すると、憎しみと怒りに満ちた爪熊がこちらを睨みつけていた。俺が見た目通りのひ弱な人間でないことに気づいたらしい。
こうなると厄介だ。このサイズの魔獣になるとそれなりに知能があり、油断が無くなると戦いにくい相手になる。その上、爪熊は巨体の割に素早く、頑強で、両腕から伸びる爪は鉄よりも固くてしなやか、そこらの木なら一閃するだけの長さと鋭さもある。
こちらも油断なく山刀を構える。
【剣術3】と【体術4】がどこまで通用するかは分からんが、やるしかない。幸い向こうは今や片目片腕だ、勝機はあるだろう。
一瞬、戦場は静寂に包まれた。ただ爪熊の荒々しい呼吸だけが響く。
パチッ。
焚火で火の粉が爆ぜた。
同時に、爪熊の巨体が猛烈な勢いで襲いかかってくる。振り上げられた右腕を余裕をもって躱しながら、俺は爪熊の右へ右へと位置取る。そこは左目と左手を失った爪熊の死角であり、体格でも膂力でも負ける俺が有利に立つにはここしかない。
爪熊も右の豪腕で俺を殺そうと掴み掛かり、あるいは使い物にならない左腕を遠心力で振り回すが、それを体術でもって躱し、山刀でもって受け流し、ひたすら死角に回り込みながら斬りつける。その度に爪熊は傷つき、なかなか捉えられぬ相手に苛立ち、隙ができる。
今だっ!
「せいッッ!」
何回目か分からぬ右腕の襲来に、俺はあえて左に避けた。焦れた爪熊の大降りな攻撃を、腕の下に潜りこむように躱し、がら空きになった右半身へと抜ける。そのまま、自らの腕が死角となってこちらを見失った爪熊の顔に再度ナイフを投擲、残された目に当たる瞬間を捉えて強烈な蹴りを爪熊の巨体に叩き込んだ。
本来ならば小揺るぎもしないはずの俺の蹴りは、けれど爪熊の巨体を数メートルほど後退させた。タネは【気功】を応用した身体強化だ。これがなければ、このエクランの森で俺が今まで生き抜くこともできなかっただろう。
「グルルァァアアアア!!!」
爪熊は我武者らに周囲を威圧し、見えない敵を攻撃しようと暴れ回っている。一つ溜め息を落して俺は山刀の血を拭い、静かに納めた。
これでこちらの勝ちだ。
何度かヒヤリとする場面もあったが、結果は上々だろう。あれだけ血を流していれば自然に失血死するのも時間の問題だ。あちらは目が見えない以上、俺は気づかれないように待つだけで良いのだ。
だから、思えば少しばかり俺も油断していたのかもしれない。
あるいは、普段の調子でものごとを考えてしまっていたとも言える。
そう、俺は戦いが始まる前からうっかり失念していたんだ。洞窟の中にいるもう一人の存在に。
「ヒッ……!!」
唐突に聞こえた少女の声に、一瞬の間、完全に固まってしまった。
愕然と振り向いた俺の視界に映ったのは、洞窟の入口から顔を覗かせたクリスタの姿だった。
考えてみれば当たり前で、あれだけ騒いでいればいくら寝ていても目が覚めるし、いつのまにか一人になっているのだから不安にもなる。その結果、少女は恐る恐る洞窟を出たところで想定外の光景に出会った。思わず声が漏れたことを責めるのは酷だろう。
ちっ……!!
気づかれなければ御の字と思ったがそうはいかないか。さっきまで暴れ回っていた爪熊が見えなくなった目でクリスタをしっかりと見つめていた。【隠伏】スキル持ちの俺とは違う彼女の存在は、たとえ視覚が奪われていても爪熊には筒抜けらしい。
「ガァァアアア!」
まずいっ! 咆哮を発して爪熊が走り出した!
焦燥感に苛まれながら俺は洞窟へと走りだした。今の位置だと爪熊の方がクリスタに近い、このままでは間に合わない。
「シッッ!!」
【隠伏3】を解除して手持ちの投擲ナイフを全て放つ。走りながらの甘い照準にも拘らず、ほとんどのナイフが爪熊に突き立った。
「んなっ!?」
だが、爪熊は止まらなかった。血を流し過ぎてマトモな思考を失っている。
もう距離が無い。俺は【気功】で最大限に身体強化をかけて地面を蹴った。視界が急速に流れ、跳躍した身体が宙を舞う。
間に合え!!
衝撃、激痛、轟音。
一瞬の空白を経て、俺の知覚が回復する。異様な熱さを感じる背中、見馴れた洞窟内の景色、腕の中にいる少女の柔らかな触感。
“間に合った”という実感に安堵しつつ、俺は意識を手放した。
◇◆◇◇◆◇
ポタリ、ポタリと何かが俺の頬を打つ。
なんだか随分と懐かしいような、温かいような気持ちになる。不思議な気分だ。でも、悪くない。
しかし、どうにも居ても立ってもいられない。何かに急き立てられるように、俺はゆっくりと目蓋を押し上げた。
ぼんやりと歪む視界に映ったのはクリスタの泣き顔だった。
あぁあぁ、そんなに顔をくしゃくしゃにするもんじゃない。別に泣くことないんだから。耳も尻尾もペタンとして力が入ってないぞ? こらこら、抱きつくな。
「……クリ、スタ?」
まったく、なんでまた会ったばかりの男に気をつかって泣くんだか
責任感? それとも唯一の希望が閉ざされかけた絶望?
こんな状況で、俺はもやりとした疑問を抱いていた。
いつのまにか、この森で暮らすうちに意固地な性格になっていたのかもしれない。
「だい、じょうぶか?」
けれど、顔を歪ませたクリスタからは、ただただ俺を心配する思いが溢れている。
なんというか、あどけないのだ。きっと言葉にならない不定形の悲しみが、彼女を突き動かしているのだ。
クリスタの頬を伝って落ちてくる雫が、俺の顔に落ちて、流れる。
妙に俺は納得した。彼女に打算などないのだろう、むしろ邪見したのは俺の方かもしれない。
俺は静かにクリスタを抱きしめた。
理屈じゃなかった。泣いている彼女の姿に、俺はただ感化したのだ。そうとしか表現のしようもない。
色眼鏡が外れた俺に見えるクリスタは、まだ十歳のか弱い少女だった。よくわからない心のどこかが『護りたい』そう叫んでいた。
理屈じゃない、感情とも衝動とも言えるなにかが、彼女に惹き付けられていた。
悩むのは止めよう。この少女を助けよう。俺が出来ることを、してやろう。
息絶えた爪熊の体の向こう遠くから近づいてくるサイゾウの姿を、急に静かになって真っ赤に顔を染めたクリスタの肩越しに認めながら、俺はそう思った。
てなわけでやっと戦闘らしい戦闘です。個人的には戦闘or戦争の場面が早く書きたいわけです。
でも登場人物の内面にもスッポトライトを当てたいわけです。とりわけ冬馬くんはかなり特殊な人物です。次話以降でかなり見えてくるものがあると思いますが、色々あるのです。
とはいえ『俺の右腕がうずくっ!!』的な展開になる予定はありません。個人的には中二な設定も嫌いではないと思うのですが、今作はちゃんと筋道だった歴史やバックボーンありきの能力や特性になっています。……たぶん。……穴が無ければいいなあ、なんて。
まあ、そんなこんなで
・次回予告のようなもの
爪熊を退けた冬馬は重傷を負うもののクリスタを救うことに成功した。翌朝、復活した冬馬はクリスタ、サイゾウと朝食を囲む。苦悩するクリスタの悔恨、明かされるサイゾウの出自、暴走する冬馬の感情。三人はいったいどうなってしまうのか!?
次回『夜明け』、お楽しみに!




