1話 はじまりの出会い
どうも、はじめまして。元旦に一人デスクに向かってなろうを眺めるのも乙なものですね。なにはともあれ、画面の向こう側からですが明けましておめでとうございます。 とりあえず三箇日は二話ずつ投稿していくつもりですのでよろしくお願いします。
ガウル王国の南東、ローム帝国との国境付近にエクランの森はある。
深い常緑樹の森にはいたるところには、グランドシャンピニオンと呼ばれる巨大なキノコが生えている。この森の特殊な生態系はただの動植物だけでなく多くの魔獣達を育んでおり、地元の猟師たちですら恐れて近づこうとはしない。
苔むした倒木と深緑の陽光に照らされた黒い大地、太く長く大成した巨木の姿、神秘的な雰囲気に包まれた美しい森である。
いま、そのエクランの森の深部を俺は駆けている。
左手には赤い複合弓、背中に矢筒、肩にはロープ、腰の後ろには山刀、ベルトには投擲ナイフ、姿は狩人そのものだ。もっとも、こちらの世界ではまだ11歳だが。
俺の名前は霧甲斐冬馬。そう、異世界人である。
俺がこの世界にやってきたのは1年前だ。
気がついたらこの森の中にいた。それだけしか分からん。元の世界での記憶はちゃんとあるのだが、二つの世界を繋ぐ記憶は残っていない。なんなんだろうな、まったく。
ある意味でテンプレファンタジーのような状況には、にわか現実主義者を標榜している俺は散々苦悩したものだが、今は納得している。一番の理由はあれだな、月が二つあったことだ。もうどうしようもない説得力だった。
ここは異世界で、いまのところ戻れる可能性はないのだ。
俺の場合、元の世界にしがらみはそれほどなかったのは幸運なんだろう。両親は他界してたし、気の知れた友人とか恋人の類いもいなかった。ただの大学生だったんだ。
ああ、そういえばこっちに来た時に俺の体も随分と弄られたらしい。
顔も少なからず整った顔立ちに補正されたし、10歳ほど若返っていた。なによりスキルとかステータスとか……、もう笑うしかないだろ?
元の世界なら完全に人を止めてる扱いだろうな。いまや身体能力なんか半端じゃないし、いわゆる“魔法”だって使えるんだ。
でもまあ、楽しませてもらってるな。この世界も悪くない。“生きている”って実感が半端じゃない。毎日が充足感に溢れてるよ。
ん? 考え事をしてるうちに獲物を見つけたようだ。200mほど先に猪がいるのを感じる。
【隠伏3】【斥候3】【状態異常耐性】を起動し、【体術4】の力を借りてするすると木の上に上る。直上の太い木の枝に飛び乗ったところで、そのまま猪の方向に向かって木々を跳び渡っていく。
この状態で自分以外の生物に見つかることはまずない。熟練したスキルはさながら魔法のような効果発揮してくれているのだ。
すぐに目当ての猪が見えてきた。
どうやら何かの木の実を食べているらしい。茂みに頭を突っ込んでもしゃもしゃと食んでいる。
俺は猪を真横から見える丁度いいポイントを確保して、矢を番えた。
キリキリと弓弦を引き絞りながら【弓術3】のスキルが働いているのを感覚で確かめ、迷わず放つ。
ひょう、と音を響かせながら、過たず矢は首の動脈を射切った。
透かしの入った平根は見事に役を果たした。痛みに悶えながら猪は急速に遠のいていく。
ここで慌てる必要はない、じっくりと血の跡を追えば良いのだ。むしろ他のやっかいな獣に出会わぬことに注意する方が重要だ。
猪は、数十メートルほど離れた所で倒れていた。
木から飛び降り、猪に近寄る。まだ息があるのを確認して山刀で止めを指すと、後ろ足にロープを結わえて近くの太い幹に引っ掛ける。強化された体を使って一気に持ち上げて固定、血抜きを開始する。
血が抜けたら住処にしている洞窟に持って帰って手慣れた解体の作業だ。一年もやり続けていたら慣れてしまうものだ、今では忌避の類いを感じることもない。
……待っているだけってのも暇だな。
「ウィンドウオープン」
声に出したのは気分の問題だ。徐に、視界に半透明の画面が表れる。
俺はこれをウィンドウと呼んでいる。そして、これこそが俺の生存戦略の基盤であり、スキルだとか現代の複合弓なぞというものを入手できる唯一の手段なのだ。
あぁ、ちなみに基本的に思念で操作出来るので声を出したのは本当にただの気分だ、
こいつにはステータス確認とか時計機能もあるし、一度視認した場所が視覚化されるマップとか、いままで見聞きした情報を文章媒体で閲覧できるライブラリ、25種類まで物をしまえるインベントリ、あとは何の役に立つのかヘルプ機能まで備わっている。
だが一番肝心な機能はショップだ。
文字通り、ショプでは飲食物や加工品、雑貨、資源、さらにはスキルやウィンドウの機能拡張までが購入可能なのだ。これがなければ現代の複合弓など手に入れようもなかっただろう。まさに俺の命綱だ。
ショップにおける貨幣は「P」というらしい。たぶんポイントって読むんだろうな。参考までに食べ物だと、焼き魚(小)が20P、海鮮丼110P、フレンチフルコース1200Pって感じだな。……これって参考になるのかね?
Pの入手条件は二つ。一つには獣や魔獣なんかを倒した時だ。今もさっきの猪で2000Pほど稼いでいる。経験則から言うと基本的に魔獣の方のレートが良いな。
もう一つは“称号”の類いを入手した時なんだが……、称号の入手条件はよく分からん。なんせ、【狩猟初成功】みたいなのもあれば【11歳誕生日】みたいなのもあって統一感に欠けるんだよ。貰えるPも安定しないし、宝くじに当たるようなもんだと割り切るしかないな。
さて問題はだ。ここが平和な世界ならもっと牧歌的な使用も吝かではないが、お察しの通り肝はスキル所得と拡張機能になる。
この世界はいわゆる剣と魔法の世界だ。そこら中に危険が転がっている。現にこの森には魔獣などという恐ろしい存在だって存在するんだ。
魔獣。こいつらは本当にやばい。殺すための手段に特化した生き物だ。この森には俺が知るかぎりでも、耳が剣のようになっている兎の剣兎、無害な森の掃除家キノコの茸、やたらに鋭い針を飛ばしてくる山荒、鉄のように固い爪を持つ爪熊、そんな連中が跋扈しているんだ。
それだけじゃない、一度だけ遭遇した黒虎。あれは他の比じゃない。震え上がるような武威を撒き散らす文字通りの化け物だ。
ん? 名前をどうやって知ったのか? もちろんスキルのおかげさ、【鑑定】があれば動物でも植物でも魔獣でもステータスが丸見えだからな。おかげで毒の恐怖に怯えずに済んでる。いやまあ【状態異常耐性】があるから毒の類いは効かないとは思うが。
お、ウィンドウを弄ってるうちに血抜きが終わったらしい。
インベントリを立ち上げて“収納”を念じながら猪に触れる。途端に猪の巨体が消失しロープだけがぶらぶらと幹に残された。うん、我ながら人間止めてるな。
今日の獲物は充分だろう。どうせしがない一人暮らしだ、猪一頭食べきるのだってすぐというわけにはいかないしな。
……もう一年か。そうだよ、一年もこんな森の中で暮らしてるんだよ。さすがに寂しいんだよ、人里に降りたいんだよ。
だけどなぁ、魔獣がなぁ。あいつらやばいからな。今のとこ剣兎とか山荒ならまだ何とかなるが爪熊はやばい。逃げるだけならともかく、正面切って勝てる気がしない。黒虎? あれは別格。次に出会ったらそもそも生き残る自信がない。
はぁ、いつになったらこの森を脱出出来るんだか。
溜め息をつきながらロープを外して肩に掛けると、俺はまた木の上に跳び上がった。そろそろ血の匂いにつられて魔獣がやってくる頃だ。あいつら肉食よりの雑食だからな。いまも【索敵4】スキルが近づいてくる山荒らしいのをいくつか感知している。
……念のため少し遠回りして帰るか。近くの水場で俺自身の血の匂いも落としとこう。
無意識にもう一度溜め息をつきながら、俺は移動を開始した。
◇◆◇◇◆◇
エクランの森はかなり広い、いまだに俺にも全体像は分からないほどだ。まぁ、次のマップ機能のアップグレードをショップで買えば、ある程度は改善するんじゃないかな。とにかく、今のところは俺の生活範囲+αしかわからないってことだ。
分かるってもほとんどが森だけどな。それ以外だと生活拠点にしてる洞窟が北東にあるのと、東の端から北の端まで続く分からない山の連なり、それに山際にある湖とそこに流れ込む小川だ。この小川が綺麗な水の流れなものだがら水場にはちょうど良いんだ。さすがに飲食に使う分は濾過・煮沸してるけどな。
というわけで、その小川にやってきた俺は速やかに沐浴を開始していた。風呂もいいんだが夏の沐浴はこれまた違う楽しみなんだよ、うん。
服? もちろん脱いださ、全裸だよ。男の裸なんて誰得だけどな。もちろん【索敵4】スキルはフル稼働させている。そうでないと危なくてとてもじゃないがやってられん。
いやしかし気持ちいいな。周りが自然たっぷりなのがいいのかね、マイナスイオンだらけだもんな。
山があって川があって木があって、水の中には魚が泳いでる。
少し先を見れば綺麗な湖、水際には草花とうつ伏せの女の子が日の光を浴びて―—————。
女の子!?
なんで【索敵4】に引っかからなかったんだ!? いやそれより裸見られるのはまずい! おまわりさんにつかまる!?
慌てて急いで川から上がって服と装備を整える。焦ってうまくいかないのがもどかしい限りだ。
ところが、女の子が動く様子がない。まさか死んでるんじゃないだろうな。
……どうしようか。
なんか面倒事になりそうなフラグだよな、絶対。
でもなぁ、ぶっちゃけ興味はあるんだよな。いや変な意味じゃなくてさ、随分と長い間一人で暮らしてきたんだ。正直、人との交流に飢えてる。逆に言えば、人外の知り合いは居るわけだが、それはともかく。
……いくか。
そろりそろりと俺は女の子に近づいていく。端から見たら変質者呼ばわりされそうだがこれがベストなんだ。気を抜くと魔獣が襲ってくるのがこの森だからな。
ふむ、【索敵4】による限りは今のところ近くに大型の獣や魔獣の反応はないようだ。
安全を確信した俺は一気に倒れた女の子に近寄った。
っ!?
「獣人……!」
驚愕と共に思わず声が漏れた。倒れている少女には、黄金色の長い髪に埋もれるようにしてピンと立った狐耳と腰のスリットから溢れた長い尻尾があった。
やばい、なんかときめく。胸が熱くなる。これはあれか、いわゆる一つの獣人ってやつか。
妙な感慨に打ち震えながら俺は【鑑定】を発動した。
[クリスタ・イル・オーストレーム(10) アニマ族 現職業:旅人]
ふむふむ、アニマ族というのがこの娘の種族らしい。なるほどこの世界では獣人をアニマ族というのか。アニマ族、アニマ族、アニマ族……。よし、覚えた。
しかし十歳の身空でこんな危ない森に何の用があるんだか……。
頭をかしげながらも俺は少女————クリスタの体をひっくり返した。
おぉ、綺麗な顔立ちだな。いやそうじゃなくて、怪我の確認だ、確認。
……よし、細かいのはともかく大きな怪我はなさそうだな。ひょっとして水を飲もうとして水際まで来たけど、力つきて気を失ったとかそういうことか?
む? いかんな、まだ遠いが魔獣が近づいてきてる。
しゃあない。見捨てるのも可哀想だし助けてやるか。……面倒なことにならなきゃ良いが。
躊躇いながらも、俺はクリスタを背負うと“我が家”に向かって歩き出した。
[主人公ステータス]
トウマ・キリカイ(11) 人間 現職業:猟師
スキル:
【弓術3】【剣術3】【体術4】【投擲術2】【索敵4】【隠伏3】【斥候3】【解体3】【木工2】
【暗視】【状態異常耐性】【気功】【鑑定】【翻訳】
【火魔術】【水魔術】【風魔術】【土魔術】