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尋問美男子《セイバー》  作者: 中條利昭
後編 友達
9/13

3、下駄箱に西園寺道長

 

 俳優がバラエティ番組に出るのはほぼ100%番宣のため。それは名前負けの三枚目俳優であっても変わらない。

 西園寺道長がバラエティ番組に出ている。ドッキリの番組だ。ドッキリを仕掛けられているのは西園寺道長。


 段取りは町中でのドラマ撮影の合間、後輩に「監督が呼んでます」と彼は言われて撮影の拠点となっている少し離れた公園に行く。その途中に大量の人間に追いかけられる、という古典的なもの。

 ちなみに監督も後輩も仕掛け人だ。


 こういうことができるのは割とバラエティ的なノリのいい西園寺道長だからだろう。もしかしたら彼の父親が一時期関西にいたらしいからノリがいいのかもしれない。


 ドッキリに入る前にドラマの撮影現場が映される。

 すると、真剣な顔で何かを考えている西園寺道長がドアップで映された。


「いいなあ」私は思わず呟いていた。

 かっこいい、とか、かわいい、じゃない。何かよく分からないけど「いい」のだ。

 間違いない。私、この人と結婚する。


「カット!」監督がそう言うと、場の空気が少し和むのがテレビ越しにも伝わる。

 西園寺道長もにこっと気を抜いた笑みを浮かべながら他の役者さんやスタッフさんに喋りかけている。


 何を喋ってるんだろう。


 そんなことをふと思った自分がまるで奥さんになったみたいで、体がちょっとほてってしまった。


「監督が向こうの公園に呼んでます」


 後輩の俳優が西園寺道長に話しかけた。


 OK、ありがとう。


 西園寺道長の声が聞こえた。そんなにいい声と言うわけでもないけど、どこか魅力的で落ち着く声質だ。


 彼は後輩と二人で演技について話しながら公園へと向かっていた。こういう素な顔の彼を初めて見たけど、すごくいい。別にかっこいいわけでもかわいいわけでもないけど、とにかくすごくいい。


 その時だった。彼が歩いている一本道の彼が向かっている側に突如たくさんの男たちが現れた。

 西園寺道長もそれに気付いたようで、体をびくっとさせながら足を止めた。


「いたぞー!」男たちの先頭に立つ人物がそう叫ぶと共に、全員が一斉に西園寺道長に向かってドドドッと走り出す。

 何も分かっていない彼は「え?」と漏らしながらも逃げるように走り出した。その逃げ方も生まれたての小鹿のように不器用だった。


 全てを知っている後輩はというと、電柱の陰にひっそり隠れている。


 その様子を引きの絵で見ると、すごく滑稽で楽しかった。『物事を引きの絵で見ると喜劇に、寄りの絵で見ると悲劇になる』とはよく言われるけど、まさにそんな感じだ。


 最後に西園寺道長は男たちに捕まり、何度か胴上げされた。男たちは西園寺道長を優しく地面に置いた後、走り去って行った。


 そして監督が現れ、「ドッキリ大成功!」のフリップを西園寺道長に見せて「いい絵が撮れたよ」と言うと、彼は「俺、仮にも役者だぜ?」と楽しそうにも悔しそうにも見える顔で大笑いした。


 え、あいつは? と西園寺道長は後輩の名前を呼ぶ。


「あいつは撮影現場に戻ったよ」


「あいつも仕掛け人?」


「うん」


 後輩が仕掛け人と知って彼は「ハハハ」と笑いながら叫んだ。「あの野郎! 騙しやがったな!」


 西園寺道長らしからぬ台詞だったけど、彼のいい人間性が垣間見えた言葉だった。

 そしてテレビの映像が変わり、次のドッキリに映ったので私はテレビを消した。


 楽しかった。未来の旦那の喜劇を見ることができて。


 きっと金輪際「あの野郎! 騙しやがったな!」なんて言葉を聞くことはないだろうなあ。そんな台詞を言うことなんて、生きていてほとんどないしね。西園寺道長の、西園寺道長による、私のための台詞。なんちゃって。






「あの野郎! 騙しやがったな!」


 翌日の下校時、学校の下駄箱から聞こえてきた。

 え? 下駄箱に西園寺道長いるの?






 時間はさかのぼり、六時間目が終わったときだった。


「玄白早く来いぃぃぃぃ」


 薫が両手を合わせて祈るように声を出していた。薫の席は私の席から遠いけど、声が大きくてよく通るので、微かではあるけどここまで聞こえてくる。

「玄白ぅうううう早くぅうううう」


 薫は決して怪しい魔術で江戸時代から人間を連れてこようとしているわけじゃない。玄白というのはこのクラスの担任の杉田先生。名前は玄白じゃないんだけど生物の先生だからなのか、みんなから愛着と揶揄を込めて玄白と呼ばれている。


「玄白早く来いぃぃぃぃ」


 そんな薫に五十嵐くんが声をかけた。多分「なんで玄白呼んでるんだ?」かな。五十嵐くんの席は薫の左前。七月の席替えでその席になったとき、薫は「いや~ん! 五十嵐くんに見られるなんて授業に集中できないよ~。きゃー!」とはしゃいでいた。それを言われた私はつっこみどころが多すぎて困った記憶がある。「いや、まず五十嵐くんは薫のこと見てないし、そもそも薫は普段から授業に集中できてないでしょ。それに、五十嵐くんの方が前何だから見られているのは五十嵐くんの方だよね」


 ちなみに今九月だけど、七月から今まで席替えが行われていないのは薫の陰謀だという噂がある。


 作戦通りなのか何なのか、五十嵐くんに声を掛けられて顔を紅潮させている薫は、彼に何かを言った。多分「早く帰らなきゃ再放送のドラマが見れない」かな。


 薫はいつも部活があるからその再放送を録画して見てるんだけど、一回くらいリアルタイムで見たいと思っていたらしい。そして今日、薫のいるソフトボール部が休みらしく、「今日こそは!」と彼女は気合いを入れている。しかも今日は泣ける話で、ファンからの人気が特に高い回なんだとか。

 でも、それを見るには走って帰らないと間に合わないらしい。だから薫は玄白に早く来てもらい、ホームルームを終わらせてほしいのだ。


「何か面白いことないかなあ」


 私の後ろでは奈美がそんなことをぼやいていた。


「どうしたの?」


「何か、刺激が欲しいなあと思って」


「何? 高二病? 私たち一年だけど」


「違うって。昨日の番組見てたらさ、なんか起きないかなって」


「ドッキリのやつ?」


 昨日、西園寺道長がドッキリに引っかかったすぐ後に、奈美から「理子の旦那www」という見ようによってはバカにしてるようにも取れるメール送られてきた。つまり奈美もあの番組を見てたわけだ。


「そうそう。ああいうのって楽しそうじゃん。やる方もやられる方も」


「そうかなあ?」


 私がそう答えると奈美は薫の方を向いた。私もつられて見る。薫は五十嵐くんとどこかたどたどしく話していた。すごく楽しそうだ。


 かわいい。恋する乙女はかわいい。


「薫は、」奈美はそんな薫の方を向いたまま言った。「早く玄白が来て再放送を見るのと、このまま玄白が来ずに五十嵐くんと喋ってるの、どっちがいいんだろう」


「う~ん」唸ってみたものの、答えは決まっている。「このまま喋ってる方がいいんじゃないかな」


 ガラガラッ、と教室のドアが開いた。


 玄白だ。「ホームルーム始めまーす」


「人生って、儚いわね」


「うん」






 ホームルームが終わると、薫は誰よりも早く走っていった。


「元気だねー」


「だね」


 私と奈美は部活へゆっくりと向かった。テニスコートに行くには階段を降り、玄関を出て一旦グラウンドに出なければいけない。


「あの野郎! 騙しやがったな!」


 その叫びが聞こえたのは、階段を下りて自分の下駄箱に向かってるときだった。


「え、何?」


 しかもその声が聞こえたのは私たちの下駄箱の方で、その声も聞き覚えのあるものだった。


「どうしたの? 五十嵐くん」


 下駄箱の前で五十嵐くんが何か白いものを持って、それを睨んでいる。


「俺の諭吉がぁああああ!」


「諭吉?」


 悶える五十嵐くんに私たちは近づく。「何があったの?」


「ああ……今日、河野に一万円貸したんだ」


「一万円? 高校生が貸し借りするには少し多いね」


「ああ。どうしてもって頭を下げて来たからさ、貸したんだよ。俺がせっせとお小遣いを溜めて、わざわざ両替えした一万円札を」


「優しいね」


「当然だろ。委員長だからな。それに、一学期の件の罪滅ぼしも兼ねて理由は聞かずに貸したんだ。そしたらこれが下駄箱に入ってた」五十嵐くんはそう言って私たちに持っていた何かを渡してくれた。


 紙だ。


 『この前、よくも俺の美しい顔に泥塗りやがったな。そのお返しに一万円貰ってやったぜ。サンキュー。あ、河野くんは俺らの親友だからよろしく』


「何これ?」


「ほら、一学期にコンビニに溜まってて、駅でぶっ倒した」


「ああ、パシリと金髪とナルシストね」


「多分そうだ。あいつらは学校に入ってこられないから河野が入れたんだろう。あいつ、何故か早く帰っていったからな」


 そういえば、と私も思い出す。今日の河野くんもどこか気分が悪そうだった。彼がホームルーム後に教室を出る姿は今にも戻しそうな病人にも見えた。


「あのパシリと金髪とナルシストが、河野くんの親友……」とても信じられる話じゃなかった。


 パシリ? 金髪? ナルシスト? と私の隣で奈美が困惑していた。「何それ? ズッコケ三人組がグレたの?」


「そう言えばあのとき、奈美はいなかったね」


 私は大体の概要を軽く説明した。


「ああ、理子と五十嵐くんの交際疑惑が出てたときの」


「そうそう」


 そんなことあったなあ、と五十嵐くんは懐かしそうに頷いた。すると、「噂をすれば、ってやつだな」と五十嵐くんは私たちの後ろを見た。


 振り返ると、野球部でもないのに坊主頭の中野くんがこっちに歩いて来ていた。そういえば彼は、私と五十嵐くんが歩いているのを見かけて言いふらした人物だ。


「よお、中野」


「どうかしたのか?」


 中野くんは下駄箱の前で何をしているのか、という意味で聞いたのだろう。


 別に、と答える五十嵐くんの横で奈美が「え~っと……」と険しい顔で首を傾げていた。


 中野くんは五十嵐くんに「どうしかたのか?」という意味で聞いたのだろうけど、奈美の方を向いてもう一回「どうかしたのか?」を尋ねた。


「え~っと、ごめん」奈美は半笑いだった。「誰だっけ」


 中野くんと私と奈美は苦笑い、五十嵐くんは声を上げて大笑いした。「ハハッ、腹痛い……」


「笑い過ぎだろ五十嵐。あ、中野です」


「あ! そうだ!」


 そこで五十嵐くんは高笑いしながら中野くんに指を差して、言った。「お前、キャラ濃い割に陰薄いんだよ」


「うるさい。もう秋なのでいい加減に覚えてくださいよ、上橋さん」


「ごめんごめん、中野くん」


 中野くんは自分の下駄箱から靴を取り出し、地面に置いた。「何かあったのか?」


「いや、なんでもない」中野くんが靴を履く後姿に五十嵐くんは尋ねる。「それよりお前、部活は行かなくていいのか?」


「今日は用事があってさ。じゃあな」中野くんは私たちに背中を向けたまま手を振り、去って行った。


「さあ、俺はコンビニに行ってあいつら探してくるよ。河野を助けなくちゃならない」


「でも、」奈美は少し不服そうに言った。「河野くんは五十嵐くんから一万円騙し取ったんでしょ? 敵なんだから助けなくても」


「いや、あいつらに脅されただけだろ。河野は俺のクラスメイト、仲間だ」


 かっこいいこと言うね、と奈美が微笑む。

 どういたしまして、と五十嵐くんも微笑む。「付いてくるか? もしかしたら危険な目に遭うかもしれないけど」


 私も五十嵐くんに同感だった。あの河野くんがあいつらの仲間なはずがない。でも、相手が不良だから危険なのは間違いない。


「付いて行こうよ」


 危険な目に遭うならやめておこうかな、と私が言う前に奈美がそう答えた。


「なんで?」


 私がそう訊くと、高二病気味の奈美は楽しそうに言った。


「だって、面白そうじゃない」


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