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尋問美男子《セイバー》  作者: 中條利昭
後編 友達
8/13

2、私を撃ち殺せ! 今すぐ撃ち殺せぇえええ!

 

 薫を慰めるのは大変だった。「私を撃ち殺せ! 今すぐ撃ち殺せぇえええ!」とずっと騒いでいたんだから。


 もう、かわいいなあ。


 でも、日が降りて昇ったら元通りになるのが薫。次の日の昼休みにはいつも通りぺちゃくちゃと喋っていた。「あれもアピールの一環だからね。恋の駆け引きってもんよ」


「昨日死んでたくせによく言うよ」奈美がバッサリと切り捨てる。あの後に来た奈美は「え? どうしたの?」と半ば引くような目でその地獄絵図を見ていた。私が事情を説明すると、彼女は誰よりも大笑いした。


 それでも薫はめげない。「死んだふりよ死んだふり」


 私はそんな薫に尊敬さえしている。「ポジティブだなあ、薫は」


「私からポジティブを取ったら何が残るのさ」


「バカが残る」


「バカってのは脳味噌が残ってないことを言うのよ」


「つまり何も残らないって言いたいのね」


「そう」


「自分て言ってて悲しくない?」


「チョー悲しい」


「でもさ、薫」私は机に肘を突いて、ニコッと笑う。「針の穴を通すノックのコントロールがあるんでしょ?」


 あー、と彼女は頷くけど。その声は低い。「あれ、あんまり役に立たないのよね。ノックって多少ぶれるからこそ味が出るものだし」


「分かる気がする」私が頭を縦に振ると、奈美も同調するように首を細かく縦に振った。


 テニスの練習でも、機械のように決まった場所に打ってくれるよりも、人が打って、百点じゃないポイントに球を出してくれる方が確かにやりがいはある。


「ほんと、私って人の役に立ったことないのよね。一回ぐらい人の役に立ちたいなあ。「お前がいなけりゃ駄目だった(低音)」とか言われてみたい」


「それ、五十嵐くんイメージしてるの?」


「そ、そんなことないよ! あくまで第一希望だよ」


「そんなことあるじゃんか」奈美はからかうように笑う。


「でもさ、」私は微笑み、薫の目を覗く。「薫が笑顔見せてくれるだけで、私、幸せだよ?」


「くさいよ。嘘臭い」


「あ、ばれた」


「いや、嘘でも嘘じゃないって言ってよ……」


「ごめんごめん」


 薫が嘘泣きを始めた。うえーんうえーんとわめいているけど明らかに半笑いだ。

 とりあえず奈美と私は薫の頭を撫でる。


 薫が「実は嘘泣きでしたー!」的なノリで顔を上げたところで、奈美が真剣な顔つきをして切り出した。「ところでさ、薫。告らないの?」


「え?」薫の顔が目に見えてどんどん紅潮していく。


 かわいい。


「告らないの?」


「えーっ……とー……」薫は奈美からゆっくり目線を外し、私に持ってきた。「えへっ」


 かわいい。


「えへっ、じゃないでしょ」奈美は薫の顔を両手で挟み、自らの方へ向けさせた。「これは真剣な話なの」


 薫は目だけを斜め下に運ぶ。「……恥ずかしいじゃん」


 はあ、と奈美はおなかから溜息を吐いた。彼女が薫の恋に本気だということが私にはよく伝わってきた。「まあ、好きにしなさい。別の誰かに取られても知らないけど」


「……絶対に、」薫は不貞腐れながらも呟いた。「絶対に、私が取るんだから」


 おっ、と奈美と私は目を大きく開いた。


「だってそうでしょ?」薫はそういいながら拳を握った。「今まで散々アピールしてきたんだから……!」


「アピール? どんな?」


「積極的に話しかけたり、メアド聞いたり、家の住所をメールで送ってみたり。てへっ」


「てへっ、じゃなくて最後おかしくない?」


 私の指摘に奈美が付け足す。「四捨五入したらストーカーだよ」


「ストーカーじゃないよ。いつか役に立つかもしれないじゃん」


「立たないよ」


「私、人の役に立ちたいの。特に五十嵐くんの役に」


「家の住所送りつけられたら気持ち悪くない?」


「そう? 五十嵐くんから住所送られて来たら嬉しいと思うけど」


「恋心っておそろしいわね。今度五十嵐くんに気持ち悪くなかったか聞いておくわ」


「やめて~」薫は奈美にしがみつく。


 かわいい。


 離れなさい、と奈美は椅子を引き、言った。「そういえば私、薫の家知らないんだけど」


 私も薫の家を知らない。奈美の家も知らないけど。


「教えてないからね」


「恋心っておそろしいわね。今度薫の家に行ってもいい?」


「いいけど、最近うちの近くの空き地に変な人が溜まってるからなあ」


「変な人?」


「うん。そこに倉庫みたいなのがあるんだけどね」薫はくさいものを見るような目で説明した。「この教室の四分の一くらいのサイズのちょっとぼろいやつ。そこに最近不良みたいなのが溜まってるんだよね。気持ち悪くて」


「へえ。それは迷惑な話ね」


「きっと奈美ほどの美人が近付いちゃったら襲われるよ。なんと言ってもそんなボロ倉庫に溜まっているような変な人だから」


「いやいや、本当に変な人は誰であろうと襲うのよ」


 私も襲われるのかな、そう呟いてみるとふたりは「ハハハ」と笑った。「多分ね」


 私ははっきり言って美人じゃない。西園寺道長に吊り合うと言われたこともあるけど、喜んでいいのかどうかよく分からない。


 慰めのつもりなのか何なのか、奈美は言った。「理子は美人じゃないけどかわいいよ」


 言葉自体は嬉しいけど、それを言ったのが美人の奈美だから素直に喜べない。


「いやいや、美人が一番だよ」私は少しだけ嫌みを込めた。「奈美は美人だからいいよね。もてるでしょ?」


 女の子は「かわいい」よりも「きれい」と言われた方が嬉しいというデータを聞いたことがある。もちろん私も例外じゃない。


「いやいや、もてないよ」


「またまた~」


「本当だって。中学のときに一回だけ男の子と付き合ったことがあるってだけよ」


「それだけあれば十分だよ。それすらない私たちは、ねえ」私は薫の方を向く。

 そうだそうだ、と薫は私に右手を差し出す。

 私はそれに答え、がっちりと握手をする。「もてない同盟、ここに締結」


「あんたたち何言ってんの?」


 私たちは毎日こんなくだらない話で笑い合っている。

 平和だなあ。


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