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尋問美男子《セイバー》  作者: 中條利昭
前編 クラスメイト
6/13

6、股の間に蹴りを入れる

 

 この日の授業も流れるように終わり、気が付けば部活まで終わっていた。


 奈美と適当な会話をして、笑って、そんな平凡な時間も駅までで、いつの間にかひとりになっていた。

 ひとりになると河野くんのことが頭に浮かんじゃっていた。


 河野くんは五十嵐くんのこと許してくれたのかな。それとも……。


 駅のプラットホームへの階段を下りているとプラットホームの向こうの方に河野くんが見えた。

 噂をすれば何とやらってやつだ、なんて感動していると彼のまわりに誰か三人いるのが後から見えた。


 ……あ! 昨日の三人だ! 金髪とロン毛ナルシストとパシリ。


 彼らは河野くんを囲み、からんでいる。


「おい、金くれよ」パシリが言う。


「え、……嫌です」


「いやいや、おまえに拒否権なんかねえし」


「持ってないです」


 周りに人はたくさんいる。同じ制服着た子たちからもっと年上の人まで。

 みんな見て見ぬふり。

 みんな傍観者。


 私も……。

 止めたい。でも体が動かない。


 もし私があそこに行ったところでどうなるんだろう。私に河野くんを助ける力なんかないし、私までやられかねない。

 でもこのまま何もしないのは、傍観者で終わるのは嫌だ。


 胸の中でメラメラと炎があがっている。でもそこに水を掛けようとしている自分がいる。


 どうしたらいいの?


「コイツ持ってないらしいっすよ」パシリは私の葛藤なんかよそに、仲間の金髪とロン毛に諦めるように言った。


 え、諦めるの?


 やっぱこの人、心から悪い人じゃないね。

 一瞬葛藤のレールから脱線した。


 そのとき、低く響く鈍い音が鳴った。

 ナルシストっぽいロン毛の方がパシリの顔面に右フックを入れたのだ。

 彼は横に倒れ左頬を押さえて「な、何すか……?」と驚いている。


 周囲の人たちも一瞬そっちを見るけど、すぐに目を戻す。


「このクズが!」ロン毛は前髪を掻きあげた。周囲が自分たちと関わり合いたくないことを知っているような、なりふり構わない大声だった。

 そして河野くんを指差した。「こいつは最初『嫌だ』と拒否した」


 彼は胸ポケットからタバコを取り出し、火を付け、くわえた。


「なのに次は『持っていない』と言った。本当に持っていないなら最初からそう言ったはずだ」


 こんな知的な人もいるんだ。いや、そんなこと言ってる場合じゃない。


 彼はタバコの煙を河野くんに吹いた。「拘束(こうそ)ーく!」


 体格のいい金髪が河野くんを後ろから押さえつけた。


「や、やめてよ」


 こんなときに限って駅員さんはいない。

 どれどれ、とロン毛が河野くんのあちこちを触る。

 周りの人は何かを話しながら、音楽を聴きながら、チラ見。


 なんで世の中こんなに冷たいんだろう。

 そんなことを思っている私の前に鏡が現れる。

 他人(ひと)のことなんて言えない。私だって……。

 何かを変えたい、でも体が動かない。


発見(はっけ)ーん!」彼は河野くんの財布を高々と上げた。


 呑気な駅ベルが鳴る。

 周りの人はちょっとだけ白線に近づく。カバンを足元に置いている人はそれを持つ。


「観察力が足りないいんだよ! タコ!」ロン毛は膝をついたままのパシリを蹴る。


「痛っ」パシリは背中を地面に落とした。「……すみません」


 なんで彼はこんな人たちと一緒にいるのだろう。ふと、思った。

 電車が近付いてくる音がする。


「ありがとよ、もらったぜ」


 その一言に私はキレた。「ちょっ」


 が、私の横を風が音を立ててものすごい速さで通り過ぎ、その風はまっすぐ彼らの元へ走っていった。


「……え?」


 ロン毛はその風に気付いたのか、こちらに振り返った。

 その瞬間、男は後方に飛んだ。

 顔面即頭蹴りでブッ飛ばされたのだ。

 ロン毛は河野くんの財布を落とし、その風はそれを拾う。五十嵐くんだ。


「なんだお前!」金髪が言う。


「久しぶりだな。まあ、お前らは俺のことなんか知らないだろうけど。前から思ってたんだけどお前、金髪似合ってねえな」


 五十嵐くんは河野くんの腕を掴む。

 電車が姿を現した。「走れ!」


 五十嵐くんと河野くんは彼らのいるところから離れている私の方に走って来る。


 電車が止まり、ドアが開く。


 早く! 五十嵐くん! 河野くん!


「そいつを押さえろ!」ロン毛は命令する。


 金髪は五十嵐くんに襲いかかろうし、距離を詰める。が、五十嵐くんは素早く振り返り、彼の股の間に蹴りを入れる!


「ぐわあぁぁ!」金髪は股間を押さえ、悶絶し、倒れる。「あ……にゃろ……」


「イエーイ」


 パシリは茫然とその光景を見ている。

 私は電車に入る。「早く!」


「行け! タコ!」


「はい!」


 パシリは走るけど、電車のドアの前で電車に入る五十嵐くんに軽く蹴られ、後ろにパタンと倒れた。


 勝利のドアが閉まる。


「くそっ! 覚えてろよ! お前ら!」三人組のボスらしきロン毛の男が叫んだ。「俺の美しい顔に泥塗りやがって」


「やなこった」


 電車が走り出し、三人組が景色となって流れていった。


「ホントにいるんだね、あんな捨てゼリフ吐く人」


「ホントにな」彼は優しく笑う。「しかもあのロン毛、身も心のナルシストなんだな。それよりも大丈夫か、河野」


「うん……」彼は茫然とした様子だった。


 確かにちょっと前までいじめられてた、というのとはちょっと違うかな、まあなんでもいいや、仲が悪かった人に助けられたんだから複雑な心境なのはしょうがないよね。


「びっくりした。ひとりであんなの三人も倒したんだから」私はその複雑な空気をちょっとでも明るいものにしようと声をかけた。


「まあ、不意打ちだからな。反則技もしたし、数に入らない奴もいたし」


 すると、複雑な表情のまま河野くんは訊いた。「なんで、助けてくれたの?」


「……」五十嵐くんは彼をしばらく見つめ、フッとそよ風のように笑った。「当たり前だ。大事なクラスメイトが苦しんでるのを助けるのが、委員長の役目だからな」


「ちょっと違うんじゃない?」


「気にするな」


 ここで河野くんは初めてほおを緩めた。もう安心していいんだ、って。

 このときの彼は心から嬉しそうだった。


 初めて見た彼の表情に私も五十嵐くんも心から嬉しくなった。

 つい最近までギクシャクしていたとは思えないような暖かさ。






「で、なんでこの高校に来たか、ってまた訊いたら怒るか?」


 五十嵐くんの空気が読めないような唐突な質問に私は「あんたバカ?」と口に出しそうになった。でも、


「今ならいいよ。っていうか僕から話したくなった」


 その言葉は私を安心させてくれた。

 もう心配しなくていいんだね。


「僕はイジメられてたんだ」


 私たちは何も口に出さなかった。


「もちろんテストの点数はよかったよ。でも提出物が悪かったんだ。なんでだと思う?」


「……」


「移動教室とか放課後に誰かに取られてたんだ。多分なんの意味もなく。あるとすれば焦る僕を第三者視点から見て楽しんでたってとこかな」


「……ひどい」私の口からその言葉がこぼれた。


 ありがと、と彼は呟き、話を続けた。


「成績全体のうち、テストの点なんて大したことないからね。授業態度をよくしてもせいぜい5段階で4。そのうえ僕は不器用で、実技教科はイジメとかなくても悪かった。テストで点を取ってもほとんど反映されないしね。3ばかりだったよ」


 ここの学区では実技教科の内申点が高いのだ。


「なるほど」五十嵐くんは真剣な表情で小さく頷いた。「実技の点数は高いから、公立を受けるならそんなに上の所は行けなかったってことか」


「うん。僕の家、そんなにお金がないんだ。母さんや父さんは僕にちょっと贅沢させてくれるんだけど、それはきっとやせ我慢で。僕にそれを隠していたいってことは随分前から分かってるんだ。だから授業料の高い私立高校には行きたくなかった。だから僕は公立の、この学校を選んだんだ。ここが僕の内申点で行ける限界で」


「……そうか」


 悲しい話に私は声が出なかった。

 お母さんやお父さんは子供に悲しい顔をさせたくなくて、子供はお母さんやお父さんに無理はしてほしくなくて。だから自分を犠牲にしてこの学校に……。


 河野くんは私のそんな顔を見て「そんな暗い顔はやめて」と言った。「これはこれでよったんだよ。だって、井坂さんや五十嵐くんに会えたんだから」


 そう言って彼は恥ずかしそうに「ふふっ」と笑った。「ちょっとくさかったかな」


「ああ、ちょっとくさいな」と五十嵐くんも笑い、私も笑った。






 今思えばこのとき、電車の中には、自分たちの世界に入ったおじいさんが何人か、子供とそのお母さんの集団が向こうの方で話しているだけだった。駅にはもっと人がいたのにこの車両にはこれだけの人しかいない。


 まるで私たちが心から打ち解けあうのを、神様が笑顔でじっと見守ってくれているようだった。






やっぱり昔書いた文章の修正は難しいなあ。良くも悪くも個性があるんですよね。


ということで、前編終了です。後編は完全書き下ろしなので文章に多少の変化が出てしまっているかとは思いますが、よろしくお願いします。

コメディー色がちょっと濃くなりますよ~

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