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尋問美男子《セイバー》  作者: 中條利昭
前編 クラスメイト
4/13

4、完全にパシリだな、あいつ

 

 三日前、私は彼に怒声を上げた。それだけに……気まずい。


「こんな時間にクラスメイトと出会うとは」五十嵐くんが先に声を掛けてくれた。


 しかも私が思ったことと同じことを。「そうだね」


 こんな風に五十嵐くんと話すのは初めてな気がする。委員長でクラスを仕切って、みんなに話しかけることはよくあるし、そういう形なら私も何度か話したことはあるけど、こんな個人的な感じでは初めて。二人っきりで……薫……、ごめん。


「こんな中途半端な時間に、五十嵐くんはどうして?」


「ああ、今日部活休みで、さっきまでサッカー部の練習見てたんだけど、飽きたから帰ることにした」


 へえ、……ん?「わざわざ昼ごはん食べて?」


 今日は午前中授業で、部活が休みなら普通ご飯は食べないで帰るはずだけど。


「ああ、母さんが間違って作って。ていうか、俺が部活ないから昼飯いらないってこと忘れててさ。わざわざ作ってもらったんだから食べないと失礼だろ? 家で食べるのもなんだし」


 ああなるほど。「お母さん想いなんだね」


「そんなことないって」彼は頬を赤らめてテレた。


 それはなかなか可愛い表情だった。ごめんね、薫。見せてあげられなくて。


「でも、高校生の男の子って反抗期で正当な理由がなくても、明らかに自分が悪いって分かっていても親を責めるようなものだと思ってたけど」


「確かにそういうやつ多いけど、俺は違う。母さんには何かと感謝してるから」


「偉いね、五十嵐くん」


「そんなことないって」彼はまた顔を赤らめた。


 かわいい、と思った。決してタイプじゃないけど、五十嵐くんはなかなかの美系で、笑ったりすると引きこまれそうな魅力が顔を出す。


「ねえ、五十嵐くん」これ以上彼と楽しく話していたら薫に悪いから、思っていたことを聞くことにした。「どうして、河野くんがこの高校に来たかそんなに気になるの?」


「……」少し答えづらそうに、彼は私から視線を外した。


「同じクラスメイトとして誇れる子なんだから細かいことなんて気にしなくてもいいと思うけど」


 信号が赤から青に変わって、私たちは歩き始めた。


 そして視線を外したまま、彼は答えた。「全く、その通りだと思う」


「え?」


「どうかしてたよ。今思えば。もっと上を狙えるはずの河野が、なんでこの高校に来たかなんて大したことじゃないのにな。なんであんなに気になっていたんだろ」


「……」


 彼は私の顔に目を戻しながら、言った。「井坂さんに怒られるまではいじめとか、そんな風に見られてるとは思わなかったよ。ただの好奇心なのに。あえて言えば悔しかったのかもしれない」


「悔しい?」少なくとも私は、河野くんにそう感じたことがなかったから、その意味が分からなかった。


「ああ。俺は行きたい高校落ちてるんだ」


「……そうなんだ」


「意外かもしれないけど、俺はここよりもひとつ上の高校を狙えるレベルだったんだ」


「へえ!」それは初耳だった。「でも今この学校でも平均より上ってくらいだよね。私と同じくらい」


「たまにいるだろ? 小学生のときは成績優秀だったのに、中学になって全く駄目になるやつ」


「うん、いるね」それは紛れもなく私だった。小学校のあゆみは『よくできました』ばかりだってけど、中学になって通知表に正教科で「5」が一回でも付いたことはなかった。


「それと同じで、中学のときはもっとよかったけど、高校になって今のレベルになってさ。まあ、今思えば第一志望落ちて正解だったのかもしれないけど」


「……」


 その言葉の返答は、まだ15年しか生きていない私には見つからなかった。


 私が答えを探しているのなんて知らずに五十嵐くんは続けた。「でも、河野はひとつ上どころかもっともっと上を狙えるレベルだろ? 最初は俺と同じで第一希望に落ちたのかと思っていたけど、聞けばあいつここが第一希望らしくて」


「らしいね」それは私も聞いたことがあった。「悔しい」とまで思ったことはなかったけど確かに不思議には思っていた。


「なんか、悔しいじゃん。それって。うまく説明できないけどさ」


 なるほど、と思えたけど、いまいち理解はできなかった。「う~ん。分かるような分からないような」


 私には彼の動機が霧に包まれているように見えた。確かにそこにあるけど、それがどんな形で具体的にどの座標にあるのかは、ぼやけてはっきりと分からない。私の見る限り、五十嵐くん自身も自分のしたことの動機がよく見えていない気がする。


 でも、思春期なんて所詮そんなものなのかもしれない。


「明日謝るよ」五十嵐くんは申し訳なさそうに言った。いつもクラスを仕切って明るく周囲に接する彼とは、全くの別人の横顔だった。


 五十嵐くんも、私や河野くんと同じように悩んでたんだ。

 それが分かり、私は「うん」と頷き、言った。「明日土曜日だよ」


 すると、彼は恥ずかしそうに噴き出し、顔を赤らめて私と逆方向を向いた。「……月曜日に謝るわ」


 あ、言わなかった方がよかったかなと気付いたけど、もう遅い。「……うん、そだね」


 ふと空を見上げてみると、雲が減っていた。青い空がたくさん見える。






 そうこう話しているうちに駅前まで来ていた。そこのコンビニに私服を着た不良らしき三人がたむろしていた。

 明らかに似合っていない金髪をした大柄な人と、ナルシスト風のロン毛の人、そしてただ単にだらしない格好のパシリ風の人。


「こんな中途半端な時間にも、あんなのいるんだな」


 ロン毛ナルシストが鼻でパシリに命令するのが見えた。何か買ってこい、みたいな。


「パシられてるな」


「コンビニに入っていくかな」


「入るか? 入るのか?」


 その人はぺこぺこして、その後かっこつけながら、ガニ見股でコンビニに入っていった。


「入った」


「完全にパシリだな、あいつ」


「絶対あの道に行く器じゃないよね」


 ぼろくそに言われてることも知らず、そのパシリは慌てるように小股で足早に歩いてコンビニから出てきた。

 そしてコンビニの袋の中身を全部残りの二人に渡し、ペコペコした。


「自分の分は買ってないのか」


「お金ないのかな」


「ならいいな、万引きじゃないなら」


「あの人にひとりで万引きなんかする勇気ないよ」


「結構言うなあ、井坂さん」


 まさかあの人も、見ず知らずの通りすがりの人間に笑われてるなんて思ってないんだろうね。


 そういえば、ああいう人たちの中にはバカにされたくなくて非行に入っている人がいると聞いたことがある。まさか非行に走ったことで更にバカにされているとも知らないで。


「あ、こんな時間と言えば」五十嵐くんは何かを思い出したように私を見た。「なんで井坂さんはこんな時間に?」


「あ、それは……」そう言われて私は体の中の異変に今初めて気付いた。


「ん?」


 いつの間にか具合が嘘みたいに良くなっていた。


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