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尋問美男子《セイバー》  作者: 中條利昭
後編 友達
13/13

7、道は意外に長くないかもね

 

 パシリがドアを開けるという謎の行動に出て、ナルシストが勢いよく仰け反るのを、私は意味も分からずじっと見つめていた。

 ナルシストは何かが顔に当たったらしい。椅子ごと体が吹き飛び、後ろに倒れ込んだ。そして、ドンと音が鳴り、床に何か丸いものが転がった。


 あれは……、ソフトボール?


 すると、隣の奈美が叫んだ。「薫! 股間狙いなさい!」


「薫?」


「オッケー! タマタマね!」薫の声だ。ドアの外から聞こえる。


 え? どうなってるの?


「五十嵐くん! ジャンプ!」


 薫の声と共にカン、と高い音が鳴り、何かが地面を這って飛んで彼らに向かって飛んだ。五十嵐くんはジャンプしてそれを避け、倒れているナルシストの股間に直撃する。


 彼は「はぁうあぁあぁあぁあ!」と声にならない声で悶絶し、ハアハア、と荒く呼吸する。「この野郎……」


「今、大きく息を吸ったな」さっきまでの沈んだ顔ではなく、勝ち誇った顔で五十嵐くんはグーサインを出した。「俺たちの勝ちだ」


 意味が分からない私と河野くんの手を奈美が立ち上がりながら掴み、引っ張った。「逃げるわよ!」


「う、うん」私と河野くんは混乱した顔を見合わせた。


 どうやら、私たちは勝ったらしい。


 私と河野くんは奈美に、パシリは五十嵐くんに手を掴まれ、おぼつかない足で逃げていく。

 金髪も何が起こったのか把握できていないのだろう。唖然と口を半開きにし、私たちが倉庫から走って出るのをじっと眺めていた。


「何してるんだ! 追え!」


 そのナルシストの声で目が覚めたのか、「待てこの野郎!」と金髪は追いかけてきた。


「お前ら男だろ! 約束は守れよ!」五十嵐くんは叫ぶ。「熊崎さん!」


 倉庫の外、ドアの正面には薫がバットとボールを持って立っていた。


「はいよ!」


 ボールを宙に浮かし、バットに両手をかけ、ノックする。針の穴を通すほどのコントロールを持つ薫のノックボールは金髪の股間に見事直撃、しなかった。金髪はジャンプして避けたのだ。


「俺の動体視力なめるなよ!」決め顔だった。でも、やはり金髪は似合っていない。


 しかし彼は着地の瞬間、何かに足を滑らせたように後ろに倒れ、頭を打った。


「え?」


 巨体は倒れたまま動かなくなっていた。気絶したのだろうか。


 なんで? と横たわっている彼の足元を見ると、コンビニのレジ袋があった。倉庫に入る前に私が地面に置いたじゃが○こだ。

 よく見ると中のじゃが○こがひとつぺしゃんこになっている。


 どうやらあれに足を滑らせたようだ。

 まぬけだなあ。と思いながらも私は走り続ける。


 そのとき、倉庫の方からナルシストの高らかな笑い声が聞こえた。「ハッハッハッ!」


 十分に距離を取った私たちは足を止め、振り返った。そして五十嵐くんがナルシストに指を差す。「よし。文句なしでお前の負けだ」


「ああ、そうだな。面白いじゃねえかお前ら。約束通りそのパシリ、くれてやるよ」


「おう。貰っていくぜ」


「お前らみたいな……いや、なんでもない」満足げな顔のナルシストは私たちに背を向け、じゃが○こを拾い、「踏んでんじゃねえよ」と気絶した金髪を一発蹴ってから倉庫に入り、ドアを閉めた。


 中から籠った笑い声とポリポリした乾いた音が微かに聞こえる。






 河野くんのあざが心配だから学校の保健室に戻ろうかと私は言ったけど、彼は「全然大丈夫だよ」と主張し続けた。心配をかけたくないのかな。


 でも、心配なものは心配だ。「本当に大丈夫? 痛くない?」


「大丈夫だよ。痛いけど」


「じゃあ、私の家行く?」薫は言った。「すぐそこだけど」


「てか、」私は疑問を思い出した。「どうして薫がいるのよ。ドラマの再放送は?」


 この一連の脱出劇を私はまだ何も理解していない。


「それは、もう」薫は言いながらにやけた。「五十嵐くんに呼ばれたら、行かないわけにはいかないでしょ」


「五十嵐くんに?」私は五十嵐くんの顔を見上げる。


 彼は口角を上げた。「偶然にも熊崎さんの家知っててさ。そういえばこの近くだったなと思って」


 あっ、と私は声を上げた。


 ――積極的に話しかけたり、メアド聞いたり、家の住所をメールで送ってみたり。てへっ。


 そういえば薫、そんなこと言ってたね。


「やっぱりあの倉庫ってこの前薫が言ってた……」


「うん。あそこ気味悪いよね?」


 ――いつか役に立つかもしれないじゃん。


 まさか本当に役に立つとは。


「正直ドラマは見たかったけど……、五十嵐くんの徴集なら私、森の中でも火の中でもブラジルでも行くからね! しかも近所なら当然じゃない!」


 聞きようによっては愛の告白にも聞こえる薫の台詞に、私はドキッとした。

 薫もその気なのか、真剣なまなざしで五十嵐くんを見つめている。

 私と奈美、河野くん、ついでにパシリもその二人の様子をじっと眺めている。

 しかし、五十嵐くんは鈍感だった。「おう、ありがとな!」


「う、うん……どういたしまして」


 まだまだ道は長いね。

 いや、そう言えば五十嵐くん……「奈美と付き合ってるって話、本当?」


 五十嵐くんと奈美が答える前に、薫がすごい勢いで食いついてきた。「なぬっ!」


「大丈夫よ」奈美は薫をなだめるように微笑んだ。「あれ、嘘だから」


 五十嵐くんもハハハと笑った。「演技だからな、あれ」


「本当、びっくりしたんだから」


「ナイスアドリブだっただろ?」


「うん。私もうまく反応できてたでしょ?」


「ああ。ナイスだったよ」


 この美男美女の会話に私たちは完全に置いていかれていた。こうして見てみるとすごくお似合いな二人だけど、薫は厳しく睨みつけている。


 そういえば私も五十嵐くんと噂になっちゃってたな。うん、なんか色々ごめん。薫。


「演技って何? 全く話について行けてないんだけど」今の私には薫の肩を優しく撫でながら、二人に倉庫の外で何を話していたのかを訊くことしかできなかった。


「ああ、ごめん」五十嵐くんが答えた。「どっから説明したらいいんだろう。まず倉庫の外に出たときに作った計画から話そうか」


「うん」


「まず、」五十嵐くんはパシリの肩を抱いた。「こいつと本音で喋った。中でもそう言ったけど、それは本当だ。次に、作戦を立てた。あのナルシストのニラメカイズ・レベルはかなりのものだから正々堂々戦っても勝てる自信はなかった」


 もういちいちツッコミを入れるのも面倒だったので、私は聞き流した。奈美や河野くん、パシリも同じようだったけど、中のことを知らない薫だけは首を傾げていた。


 五十嵐くんは演説をするように続ける。「で、多少卑怯な手を使ってでも河野を奪還しないといけないと思った。もちろん、井坂さんも」


 私はとりあえず首を縦に振った。


 ――あいつは……あわよくば、くらいの……。


 あれが本心じゃなくてよかったよ。

 いや、あれだけは本心なのか? ……そうでないことを祈ろう。


「そこで、俺は熊崎さんが送ってきた住所を思い出し、この辺りだと気付いたんだ」


 うんうん、と奈美が首を縦に振る。「五十嵐くんから薫の家がこの辺だと聞いて、私は思いついたの」得意げな顔だった。「薫には針の穴をも通すノックのコントロールがある。それを使えないかって」


 なるほど、と私は頷く。


「だから薫を呼んでノックしてもらうことにしたの。でもドラマの再放送に食らいつく薫の腰は決して重くない」


 うんうん、と薫は頷く。決して誉められてはいないと思うけど。


「でも、それは簡単だったのよ。五十嵐くんに頼んでもらえばいいんだから」


 そんなことを薫と五十嵐くんの前で言っていいものなのかと五十嵐くんの顔を覗いてみたけど、よっぽど鈍感なのか、数学に手こずるような悩んだ表情だった。

 薫は頬を紅潮させてちょっとうつむいている。


 かわいい。


「それで、薫にはバットとボールを持って来てもらって、ここに着いたらメールを五十嵐くんに送るように言ったの」


 やっぱりあの中で五十嵐くんに届いた「ストーム・ラブ・ラブ・フィフティーン」のメールは薫のだったんだ。「ってことは五十嵐くん、薫のメアド消したの?」


「消した」


「えっ! 消したの!」薫はムンクの『叫び』のように雄叫びを上げる。


「ごめんごめん。仕方がなかったんだ。いたずらメールってあいつらに思わせたかったからさ。あとで登録し直すから」


 そう言われると、薫はほっと胸を撫で下ろし、上目遣いで言った。「絶対だからね!」


「もちろんだ」上目遣いの効果が表れているかどうかよく分からない反応だった。


 薫自身も少し反応に困っている様子だったので、私は訊いた。「どんなメール送ったの? あの人たち「なんだこれ」とか言ってたけど」


「『四時丁度にドアの目印に向かってボール打つよ』って送ったのよ。ギャル文字で」


「目印? ギャル文字?」


「ああ」五十嵐くんが答えた。「あいつ、ドアの正面にパイプ椅子置いて座ってただろ? だから俺がドアにペンで『ここを狙え』って印書いたんだ。あいつの顔にボールが当たるように」


「なるほどね」大体読めてきた。


 まず薫に、倉庫に着いたらできるだけ早くて切れのいい時間(今回は四時丁度)にボールを打つとメールさせて、その時間丁度に薫はボールを打ち、五十嵐くんはしゃがんでパシリがドアを開けるということね。


 そこで残る問題はメールが来たらナルシストと金髪も見るかもしれないということ。そこで登場するのがギャル文字。あのふたりはどう見てもギャル文字が読めるようには見えない。「そういえばギャル文字覚えるとか言ってたね」


「ああ!」五十嵐くんはパシリを肩に抱いたまま、心底嬉しそうな満面の笑顔を浮かべていた。「寝る間を惜しんだ甲斐があったぜ!」


 それは御苦労さまです、と私たちは頭を下げる。

 パシリも自信なさげにちょっとだけ頭を下げていた。


「ありがとう。ただ、この計画にはひとつの問題と、ひとつの想定外があった」


「問題? 想定外?」


「ああ。問題は熊崎さんが来るまでの時間稼ぎだ」


 なるほど、と思った。そういえばにらめっこ始めるまでに結構時間あったね。


「結構な賭けだったけど、とりあえず適当なことを喋っていようと思ったんだ。時間稼ぎだと思われたら終わりだから、あいつらの興味を引く内容にしないといけないと思ってひやひやしたよ」


 なるほど。「五十嵐くんが奈美と付き合っている設定にしたのも、処女だと言ったのもあいつらの興味を引くためだったんだね」


 そうだ、と五十嵐くんは答える。「上橋さんもうまく演技してくれて助かったよ」


 ふふっ、と奈美は女優のように笑う。

 それを見て私はほっと一安心した。


 奈美は私に嘘をついたわけじゃなかったんだ。


 それにしても、と思った。五十嵐くんの演技はとても演技に見えなかったし、すごく自然だった。思わず騙されちゃったな。「それで、想定外のことって?」


「それはね」奈美が答えた。「ナルシストが私をドアから離して、薫や河野くんの傍に置いたことよね、五十嵐くん」


「そうだ」


 あれは私もひやひやしたわ、と奈美は危なそうな吊り橋を渡ったという武勇伝を話すように声を高くした。「本当は私がドアを開ける役目だったのよ」


「そうだったの?」


「うん。でもそれができなくなって、このパシリくんがドアの前に置かれちゃったのよね」


「そこで、」五十嵐くんは更にパシリの肩を強く抱き寄せた。「ドアを開ける役目がこいつに移ったってわけだ。もちろん、想定外だったけどな」


 私はチラッとパシリの顔を覗いた。恥ずかしそうにうつむいている。


「こいつの立ち位置は何とも微妙なところだった。俺たち側に完全についてるわけじゃなくて、一応でも向こう側の人間だからな。でも抜けたいとは思っている。マージナルマンみたいなもんだ」


「つまり、」奈美が人差し指を立てて言った。「彼にとって、ここでドアを開ければこっち側になるし、開けなければ向こう側のままっていう状況になったのよ」


 それで、この人はこっち側を選んだ。


 私はじっと彼を見つめる。今にも顔から火が出そうなほど赤くなっている。「だっておれ、あの人がやられてるのを見たことなくて。一度くらい見たかったんだよ……」


「だそうだ。まあ、」五十嵐くんはパシリに向かって太陽のようにニカッと微笑んだ。「これで俺たちは仲間だ! なあ!」


「う、うん」自信なさげだけど、彼は嬉しそうに頬を紅潮させて口角を上げていた。


 でも、ひとりまだ心から笑顔になれていない人がいた。


 河野くんだ。


「ん?」五十嵐くんも彼の様子に気付いたようだ。「河野、どうした? 殴られたところが痛むのか?」


「いや、そうじゃなくて」河野くんはどこか申し訳ないような、恥ずかしいような表情だった。「どうして、助けてくれたの? 僕、君を裏切ってしまったんだよ?」


「裏切った? 何言ってるんだ。お前は脅されてたんだろ?」


「……そうだけど」


「一万円なんかどうでもいいさ」さっき学校の玄関で「俺の諭吉がぁああああ!」と悶えていたとは思えないような爽やかな言い方だった。「それに、お前を助けない理由がどこにあるんだよ。俺たち、友達だろ?」


 五十嵐くんがそう言うと、河野くんの顔色は陽が昇るように血色よくなっていった。口角も心なしか上がっている気がする。そして、恥ずかしそうに五十嵐くんから少しだけ目を逸らして言った。「うん……ありがとう」


 もう、このふたりの間に壁が一枚もないことなんて、誰が見ても明らかだった。

 私や奈美、薫にパシリくんまで嬉しそうだ。


「一件落着ね! じゃあ、私の家に行こっ。絆創膏とかいっぱいあるから」薫は笑顔で跳ねるように言った。「運動部の女の子は大変なのよ」


 しかし、彼女は言った後でようやくある事実に気付いたのか、顔をりんごのように赤らめた。


 ここで自分の家に行くということは、片想い相手の五十嵐くんを自分の家に招待するということなのだ。


「え、じゃあ」河野くんは五十嵐くんをチラッと見てから薫に向かって微笑んだ。「お言葉に甘えて」


 決まりだな、と五十嵐くんは薫の顔を見た。「案内してくれ」


「は、はい……」


 河野くんはおそらく薫の片想いに気付いている。彼のかわいらしい微笑みは、少しでもその協力がしたいという意味が込められてるのかもしれない。河野くんは微笑みながら言った。「今の話を聞いた限り、今回のことって熊崎さんがいなかったら今頃どうなってたか分からなかったってことだよね」


「おお! そうだな!」五十嵐くんは薫の正面に立ち、彼女の両肩にまっすぐ手を置いて薫を見つめた。


 薫は「はひっ」と裏返った声を出す。


「河野の言う通りだ! 熊崎さんがいなかったら駄目だったよ! ありがとうな!」


 二人の顔の距離は五十嵐くんの腕の長さ。薫の顔は倒れそうなくらい真っ赤になり、今にも顔から煙が出そうだった。「ど、どういたしまして……」


 ――ほんと、私って人の役に立ったことないのよね。一回ぐらい人の役に立ちたいなあ。「お前がいなけりゃ駄目だった」とか言われてみたい。


 よかったじゃん、薫。


 道は意外に長くないかもね。











最後まで読んでくださりありがとうございます。前の二つとかなり違う感じになりましたが、どうでしたか?

後書きなどは『人間観察家』シリーズが終わってからまとめて書きますね。


そして、次作でこのシリーズはとうとう終わってしまいます。

明日の午後十時過ぎに『人間観察家』シリーズ四作目『伝説憧れ人《スターゲイザー》』の第一話を投稿します。ジャンルは「その他」の予定です。

ただし、ラストというものは特別です。今までの三作全てを読み終えてから『伝説憧れ人《スターゲイザー》』に手を付けてください。よろしくお願いします。


「VSオカン」もよろしくね。


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