4、履歴書に特技はパシリですって書いたら、きっと採用されるでしょうね
「ほら、いたぞ」
私たち三人がコンビニの前に来たとき、見覚えのある顔がひとりコンビニから出てきた。
パシリだ。どうやら他の二人はいないらしい。
「やっぱりこいつらのセーブポイントはコンビニだ」
五十嵐くんがそう言うとパシリはこちらに気付き、「ひっ」と裏声を上げ、もっていたレジ袋を手から落とした。「な、なんでお前が……」
「お前らのとこのボスに用事があるんだよ。お前らのとこのボスナルシストどこだ。吐かなけりゃ昼飯吐かせるぞ」
五十嵐くんが手をぽきぽきと鳴らせると、パシリは落としたレジ袋も拾わず一目散に走って逃げていった。
でも、運動神経の高い五十嵐くんから逃げきれるはずがない。二秒で御用となった。
パシリはうつ伏せに倒れ、その上に五十嵐くんが馬乗りになっている。
「ひぃいいいいい!」
「もう一回言ってやろう。どうせ吐くならボスの居場所と昼飯どっちがいい?」
「案内します! 案内するから離してくださぁい!」
あんな絵にかいたようなパシリ顔いるんだね、と私の隣で奈美が呟いた。「履歴書に特技はパシリですって書いたら、きっと採用されるでしょうね」
「ほら、さっさと立て」まるで猿をしつけるように、五十嵐くんはパシリの手首を掴んで立たせた。「案内しろ」
「分かりました。でもボスの大好物のじゃが○こだけは届けさせてください」彼はコンビニの駐車場に落ちているレジ袋を指差した。「あれだけは、届けないと」
パシリの鏡ね、と奈美は嘲笑しながら彼に近づいた。「でも、そのじゃが○こを捨てて逃げようとしたところはパシリ失格ね」
「ごめんさいぃいいい!」
「誰に謝ってんのよ。とりあえず、あなたはあれを届けないとボスのところに届けないといけないのね」
「はい」
「届けなかったら?」
「……殺されます」
「それも悪くないわね」
「ひぃいいいいい!」
「理子。あのレジ袋を持ってて」
「私が? なんで?」
「あれ私たちが持ってたら、このパシリくんも逃げられないでしょ。殺されちゃうんだから」
「奈美……さっきからちょっと怖いよ」
「そう? 私は楽しんでるだけよ♪」
「あっ……そう」
私は奈美のパシリになったような気分で彼女の言う通り、落ちているレジ袋を拾った。中には赤と青と緑の三種類が入っている。もちろん、全てじゃが○こだ。
私はあまりじゃが○こが好きじゃない。小学生の頃、私の名前が理子だからだろう、じゃがいもを食べているだけで男子に「やーい! じゃが理子!」とからかわれたことが何度もあるから。最終的にさつまいもを食べているだけで「やーい! じゃが理子!」と揶揄されたこともあった。
私はその日決めた。じゃが○こには悪いけど、金輪際じゃが○こは食べない、と。
「こっちです」
パシリを人質に私たちは彼らのアジトに向かった。
なんだかんだで彼らのアジトはそう遠くないらしい。
「なんでお前は、」五十嵐くんは歩きながらパシリに声をかけた。「あいつらと一緒にいるんだ? 残りの二人はどう見ても高校生ではなさそうだけど」
パシリは学ランを着ている。ホックを外し、ボタンをふたつ外している。でも、お世辞にも様になっているとは言えない。
「分かりません」彼は背中を丸めて答えた。「あの人たちヤクザなんですけど」
「ヤクザなのか」
え、ガチな悪者じゃん。
さっきから面白がっている奈美の方を向くと、奈美もこっちを向いていた。苦笑いを浮かべて。
「はい。と言っても何かの組に属してるわけでもないらしいですし、カツアゲや少し危ないバイトとかで暮らしてるような人たちで」
ってことはそこまで危険な人たちじゃないんだね、と私が胸を撫で下ろしながら訊くとパシリは「そうですね」と答えた。「なんか分からないんですけど、おれ、気に入られたみたいで」
ふ~ん、と五十嵐くんは特に危機感とかを持ってない様子で頷き、続けた。「じゃあ、お前はあいつらとつるみたいのか?」
「いや、え~っと……」
明らかに肯定しているようには見えなかった。
いろんな人間関係があるんだね。
「……そうか」
「あ、ここです」
パシリが指差した先にはちょっとした空き地があった。ドカンが真ん中やや奥に三本、山を作るように置いてあり、角には見るからにボロい大きめの倉庫があった。
ド○えもんの空き地に倉庫を置いた感じね、と奈美が呟くと、私と五十嵐くんは「確かに」と首を縦に振った。「分かりやすい喩えだね」
「あの中にお前のボスのナルシストがいるのか」
「あ、はい」
私たちはその倉庫に近づいていく。
ドアの前に立つと、ツンとした錆びのにおいが鼻に刺さる。
そして、ドアを五十嵐くんは丁寧にノックした。
すると、中から声が聞こえてきた。
「遅かったな。ちゃんとじゃが○こ買ってきたか?」ナルシストの声だ。
「買ってきたぜ」五十嵐くんが答える。
「だ、誰だてめえ!」
「忘れたのか。お前らのパシリだよ」
「うるさい! ツラ見せろ!」
「それがパシリにモノを頼む態度かよ」
パシリにモノを頼む態度だよね、と心の中で突っ込んでみる。
「いいから入ってこい!」
「はいはい」
五十嵐くんは錆びれた丸いドアノブに手を掛け、開けた。ギィ、と嫌な音が耳の奥で跳ねる。「よお。久しぶりだな、ナルシスト」
「ああ、お前か。久しぶりだな」
ナルシストがドアの正面に座っているのが、五十嵐くんとドアの間から見えた。パイプ椅子か何かに座っている。
金髪の方は彼の横に立っている。相変わらず金髪が似合っていない。
すると、
「河野!」
私たちから見て右側に目を移すと五十嵐くんは叫び、勢いよくアジトの中に入っていった。
え、河野くんもいるの? 私と奈美は顔を合わせる。
「おっと」
そのとき、金髪は五十嵐くんの腕を掴んだ。「近寄るな」
「……てめえ!」五十嵐くんは叫ぶ。「河野に手出しやがったな!」
じゃが○こを外に置いて、私と奈美とパシリも倉庫の中に入る。すると、右に河野くんが赤い顔でうつむいて座っているのが目に入った。「河野くん!」
彼の顔は恥ずかしがって赤くなっているんじゃない。あれは殴られて赤くなっているんだ。
「……」血の気がスッと引くのを感じた。
ナルシストはパイプ椅子から立ち上がる。「河野くんがさあ、せっかく貰ってきた一万円をやっぱり返そうって言ってきてさ。親友に歯向かってきたってわけ」
「親友だ?」
「親友だよ。夏休みに偶然会ってね。そのときから親友だよ。ほら、お前から一万円貰ってきたわけだし」
「ふざけるな!」五十嵐くんは鬼気迫る声で叫び、静かに言った、「河野を返してもらおうか」
「俺がそんな真っ当な意見を「はいはい分かりました。返します」と素直に引き受ける人間に見えるか?」
ナルシストはそう言いながら自慢のロン毛を掻き上げた。残念ながらかっこよくはないし、真っ当な人間にも見えない。
こうして見てみると、彼にはどこか野性的な迫力があった。ヤクザだというのはどうやら本当らしい。
「見えねえな」
「だろ? じゃあ、俺みたいなやつにものを頼むときはどうすればいいか、分かるか?」
「俺と勝負しろ」
五十嵐くんがそう言って睨むとナルシストはフッと笑い、立ち上がった。「ああ。いいだろう」




