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尋問美男子《セイバー》  作者: 中條利昭
前編 クラスメイト
1/13

1、カレイと目があった。

 

 ぼーっとテレビドラマを見ていると、眠たくなってきた。


 七月某日、日曜日の夜、明日のけだるさを想像して鬱になる時間。私は、大して面白いとも思わない二時間のサスペンスドラマを見守っている。


 私は井坂理子。某公立高校の一年生。部活はテニス。得意教科は現代社会、苦手教科は数学。


 ちなみに、サスペンスには一切の興味もない。だって難しいこと苦手だし。

 そんな私がなんでサスペンスドラマを見ているのかと言うと、物語じゃなくてキャストのひとりに興味があるから。


 あ、その人が画面に映った。

 その人はこの話の主人公の探偵事務所のバイトをしている中途半端な役を演じている。時々いじられたり、雑な扱いを受けたりしながら、適当に生きているおっちょこちょいな役だ。


 彼の芸名は西園寺道長。二十歳。名前はカッコいいけどルックスはそこまで……。二枚目というよりは三枚目と言った感じ、かな。

 そんな彼が、そんな役で微妙に画面に映る感じが私は好き。丁度いいって感じ。


 実際に彼はやや天然でおっちょこちょいな一面があり、たまにバラエティなんかに出るけどそんなに扱いはよくない。でもそんなところが守りたくなる、みたいな。


 新しい学校の新しいクラスになって数日がしたときに、クラスの女子間で好きな俳優は誰かという話題が出て、周りのみんなが顔を赤らめ、恥ずかしがりながらも俗に言うイケメンの名をあげ、「分かる分かるー」と盛り上がる中「理子は?」と高いテンションのまま訊かれ、正直に堂々と「西園寺道長」と言うとびっくりするくらいの速度で場の空気が変わった。「マジ?」とか「あんなの名前負けだよ」とか言われたけど反論はしなかった。むしろ「私変わってるもん」と自分の心にもパンチをする。でも大してダメージはない。自分でも彼がカッコよくないことは分かっているから。

 それに、こういう会議は中学でも何回かあって、その度みんな同じ反応だから、もう慣れてるんだよね。


 大抵の人が笑う中、ひとりだけ「価値観は人それぞれだから笑うことはないよ」と弁護してくれた。彼女は今や私の親友で、このドラマが始まる前に「理子のフィアンセが出るらしいよー」とメールをくれた。もちろん私は「知ってるって」と返信した。


 私自身、不思議なことに西園寺道長のことは好きだけど、男としてカッコいいとは思わないんだよね。守りたくなるとか色々思うけど、中二の私が彼を初めて見たとき不思議なことを思ったのが始まりかな。


 私は、この人と結婚する。


 なんだろう。運命ってやつ? よく分からないけどそんな不確かな実感がした。

 それ以来、私は彼の出る番組をみんな見て、彼を見守っている。最愛の夫を見る妻のように。






 ブルーマンデーがやって来た。ホント、来なくていいのに。


 ピンクのチェック柄の布団をはぎ、左足からベッドを下りる。ジンクス、とかじゃなくて右が壁だから仕方ない。

 カーテンを開け、温かくて気持ちいいお日様をしばらく浴びる。何だろう。特に違いとかは分からないけど、登校中に浴びる夏の暑苦しい日差しとは違って、ホントに気持ちいい。


 深呼吸をして水色のチェックのパジャマを脱いで、見てて腹立たしくなるような小さなブラを付ける。ベッドの右の壁とは逆方向の壁に飾ってあるブラウスを……の前にアンダーウェアを引き出しから出す。チェックは好きだけどさすがにアンダーウェアまではチェックじゃなくて綺麗な緑色の無地を着て、ブラウスを着る。それからスカートをはいて、部屋を出てリビングに出た。


「おはよー」いつも通りお母さんの明るい声が聞こえた。


「おはよー(棒読み)」月曜日だからそんな感じの返事になっちゃうんだよね。だるいし。


「おはよー」少し遅れてお父さんの適当な声も聞こえた。


 お父さんの方を見てみると、朝のワイドショーにくぎ付けになっていた。

 何が面白いんだろ。今にも寿命がつきそうな政治家が専門用語繰り返してるのを見て。


「おはよ」少し小さめの声で返事した。


 すると、お母さんがテーブルにホッカホカのご飯とみそ汁、卵焼きにカレイが出てきた。


「いつもよりやけに豪華だね。と言っても毎週だけど」言いながら私はあくびをした。


 うちの食卓の月曜日の朝はたいてい豪華のメンツがそろう。ブルーマンデーを明るく行こうというお母さんの方針だ。


「理子、朝からあくびなんかしてると幸せが飛んでっちゃうわよ」


「お母さん、あくびは朝にやる物ものなんだよ。普通夕食前とかにしないでしょ」


「屁理屈なんか言わないの」


「ヘリクツじゃないよ」椅子を引いて席についた。「一般論だよ」


 うちのお母さんはいつも元気で、朝もこんな感じ。朝に弱い私には理解できない。でも何かと楽しいから、いつもお母さんの策略通り私は元気を貰っている。


「理子も賢くなったな」お父さんが私の向かいに座った。


「嬉しいでしょ」


「嬉しいよ。俺に似てきて」


「それは嬉しくないなぁ」


 するとお父さんは楽しそうに笑った。「なんでだよ」


 お父さんは公務員だ。市役所に勤めている。頭はいいんだけどイマイチ空気が読めない人だ。クイズ番組を家族三人で見てても、お父さんが次々と地理や公民や社会なんかの問題を一人で解いて発表してしまう。私が珍しく分かった! という問題も先に答えられてしまって「あー! 分かってたのに! 何で答えるの!」と怒ってしまう。


 こんなお父さんを持ったせいかな。頭良くなりたくない、と反抗してしまうようになった。でもお父さんがこんな人だからかな、授業を真剣に聞いてしまって、家ではほとんど勉強していないけどこの学区の普通科の公立高校の上から三番目の学校に通えている。


 目の前で倒れている悲しいカレイと目があった。この子は真面目に生きてたのかな。


 いただきます、の声が小さくなった。






「行ってきまーす!」


 いつも通り眠たいまま時間に余裕を持って玄関を出た。


 空は青く晴れていて、日差しもある。そして、冬は味方なのに、この時期に敵に鞍替えする湿気。じめじめしていて暑苦しい。ただ、今日は涼しい風があるからちょっと程度和らいでいる。

 それでも間違いなく暑いけどね。


 マンションの暗い玄関を出て、影になっていて涼しい駐輪場から薄ピンクがかった自転車を引っ張り出して、駅へと向かった。


 コンクリートの灰色の空間を自転車で颯爽と駆けていく。なびく髪と流れる景色と風を切るような感覚が気持ちいい。

 駅まで飛ばしていると眠気も飛んで、いい朝が来たという感覚がする。きっとこの自転車の距離がもっと長かったり、上り坂があったりしたらそうもいかないんだろうけどね。


 ホント、いい場所に住んでるなと思う。


 そんなことを思っている間に駅の駐輪場に着いていた。

 ほんのり出てきた額の汗を、カバンから取り出したハンドタオルで拭き、駅へと向かった。


 ここから学校の近くの駅までは三駅またがることになる。だいたい十分くらいかな。始発じゃないし、通勤ラッシュ中でもあるから、まず席には座れない。でも冷房がいい感じに効いてるから苦にはならないかな。欲を言っちゃえばやっぱり座りたいんだけどね。


 電車に入ると、やっぱり今日も座れない。ドアの前で足元に力を入れてじっと立っていた。


 電車が走っている時は外の素早く流れる景色をぼんやり眺め、電車が止まるとたくさんの人が出たり入ったりを繰り返すのをまたぼんやり眺め、とにかくぼんやりづくしだ。そんな心が宙に浮いているような時に、冷房のひんやりした風が頬に当たって心が体に戻ってくる。


 電車を下りて改札を出ると、十分間の暑い徒歩が待っている。これはすごく憂鬱だよね。


 でもその道はコンクリートの灰色の世界じゃなくて、木がいくらか生えている。今が夏なこともあって、暑い中にも清々しさが感じられて私はちょっと好きかな。人もいっぱいいるし。


 私は賑やかなのが好きで、今の時間は一番通学する人が多いような時間だから大好き。でも一人なのがちょっとさびしいかな。


 でもたまにクラスや部活の友達に会ったりして、なんかその……ドキドキ感? 違うか。ま、何かそんなのも好き。何故かこの近所に中学校からの友達とかがいなくて。でもおかげ、って言ったら何だけど、新しい自分が見つかりそうな気がする。そんなワクワクもあって、相乗効果ってやつかな、いっそう楽しい。


 別の学校の制服の男子が向かいの歩道で歩いていたのが見えた。もちろんこの辺りにも人は住んでいるけど。あの制服はあそこだな。高校生になるとだいたいそういうことも分かるようになってきた。と言っても、その学校は駅から私の学校へ向かう方と逆の方にある学校で、いわば近所の学校。分かって当たり前だよね。



 でもここから歩いてるってことは、いいなあ。通勤ラッシュの電車とかに巻き込まれなくて。でもこっちの学校に行く人たちと逆走するってのはちょっと嫌かな、うん嫌だね。仲間外れみたいで。仲間外れってなんだか怖いし。


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