第五話 見えない真実
僕は、病院につくと、息をきらしながら、受付けの前を走り抜け、病室の前までくると、二、三回深呼吸をして、ドアをノックした。
だが、返事は無く、不気味な静けさだけが辺りを包んでいた。
僕は、もう一度、深くため息を付いてから、ドアをガラリと開け、中に踏み込んだ。
ベッドの上で、スーッと寝息をたてて、彼女が寝ていた。
なんら変わった様子も無い。
僕は、思わず力が抜けた。
だが、胸騒ぎだけは、おさまらなかった。
気分を落ち着かせようと、病室をでて、自販機のある売店に向かった。
だが、自販機の前には、すでに先客がいた。
その先客は、僕に気がつくと、話しかけてきた。
「…君は、確か、大平惟さんの友達だよね?」
重々しい口調で話しかけてきたのは、彼女の主治医だった。
「…実は、昨日、突然、大平さんの記憶が少し戻ったんだ。」
僕は、それを聞いた瞬間、嬉しかった。
だが、同時に怖かった。
彼女は、僕のことを覚えているだろうか。
…確かめるのが怖い…。
だが、それだけでは無かった。
「それと…。
昨日、大平さん…果物ナイフで自分の左手を切ったんだ。
もう少し、発見が遅れていたら…。」
そう言うと、首を横に振った。
突然のことに、僕は身動き一つ取れなかった。
なぜ、彼女がリストカットをする必要があるのか…。
だが、僕は次の瞬間、ハッとした。まさか…。
「…動機は、恐らく…。」
主治医は、僕の様子を伺っていた。
「…飛行機の墜落事故…。…彼女の両親の死ですか?」
主治医は、小さくうなずくと、それ以上何も言わなかった。
僕は、足が鉛のように重くなっていた。
もう、これ以上話せる気分では、無かった。
だが、神はさらに残酷な運命を、僕に追わせようとしていた。
「…一応、一命は取り留めたんだが…。」
主治医は、僕に、追い討ちをかけるように続けた。
「…彼女の左腕はもう二度と…。
…動かないだろう。」