第二話 記憶のない君
翌日僕は、彼女の様子をみに病院へ向かった。
僕には、悪魔との契約が、まだ信じられなかった。
きっと、悪い夢でも見たのだろう…。
僕は、そう自分に言い聞かせながら、病院の長い廊下を走り抜けた。
個室のドアを開けるといつもなら、寝ているはずの彼女の姿がなかった。
彼女は、窓の前に立って、遠い空を悲しそうに眺めていた。
僕は、確かめるように声をかけた。
「唯…?」
だが彼女は、僕に背を向けたまま反応がない。
聞こえなかったのだろうか…。
しばらくの沈黙のあと、彼女が僕の方を振り向き、話しかけた。
「私の名前…、唯っていうの?
あなたは、誰?
どうして、私はここにいるの?
ここはどこなの?」
夢じゃなかった。
悪魔との取引きは…夢じゃなかったんだ…。
唯は、ホントに記憶を失ってしまったんだ…。
唯の記憶の中にはもう…、僕の存在など消えてしまったんだ…。
僕は、こぼれそうになる涙を堪えながら、無理やり笑顔をつくって言った。
「…そうだよ。
君の名前は、唯…。
大平唯だよ。
それで…、僕は、丘崎歩。
…君の友達だよ。」
「ふぅん…。
…あたし、唯っていうんだ…?
なんで、何も覚えてないんだろう…。変だよね。
…歩くんは、あたしのことよく知ってるの?」
「・・・。」
記憶が無くなって、僕のことを忘れてしまっても、生きていてほしいと願ったのは、僕。
だから、別に後悔などないはず。
…なのに、なぜこんなにも心苦しいんだろう。
なぜ、彼女の記憶を戻してほしいと願ってしまうのだろう…。
やはり、僕は間違っていたのだろうか…。
…いや、間違ってなんかいない。
あの時僕は、僕にしかできないことをしたんだ。
後悔なんてしない。
これで良かったんだ…。