第一話 悪魔との契約
ポツ…ポツ…ポツ……ザー…………。
個室の窓から外を覗くと、まだ午後二時過ぎだというのに、大きな灰色の雲が空いっぱいに広がり、時折稲妻が光っていた。
「今日は、何か嫌な予感がするなぁ…。」
僕は、そっと呟く。
「唯…。早く、目を開けてよ…。」
しばらくした後、あたりはすでに真っ暗で、僕はいつの間に眠ってしまったみたいだった。
眠い目をこすりながら、帰りの支度をしていると、突然、ビューッという音と共にカーテンがヒラヒラとまい、冷たい風が吹き込んだ。
「寒い…。」
僕は、窓に近付き窓を閉めようとした。
…と、その時背筋が凍る思いが胸をよぎった。
誰かが、窓辺に座っていた。
「なぁ、アンタさ。この女助けたいか?」
窓辺に座っている誰かが、僕に話しかけた。
「助けてやろうか?」
その誰かが、にやっと笑うのを感じた。
僕は、勇気を出して、震える声でいう。
「あ、あの…。
本当に…助けられるんですか…?」
「ああ、もちろん。そんなのたやすいことさ。
ただし、条件がある。」
「条件…?
…なんだっていい!唯が…、彼女が助かるなら!」
「ほう…。」
窓辺に座っている誰かが、さらににやっと笑うのを感じると、暗がりから、やっと姿を現した。
とたんに、不思議と恐怖心が消えた。
恐怖をこえて、恐れることも分からなくなってしまったのだ。
「…あ、悪魔…。」
意地汚そうな目や口、そして、独特の耳みたいなもの。
まさに、その誰かは、僕が思い浮かべる悪魔そっくりそのものだったのだ。
「いかにも。
俺様の名前はアイス。
まぁ、でも、覚えることはないよ。
アンタ、一年後死ぬんだし。」
「…?!」
あまりに、突然のことにあまりよく事情がのみこめなかった。
そんな僕をよそに、悪魔はほくそ笑む。
「まぁ、正確には、一年後に死ぬのは俺様と取引きをした場合だけだけど。」
そして、悪魔は続けて言った。
「ちなみに今のは、条件のひとつでもある。俺様と取引きしたら、この女は目を覚ます。
だが、同時に記憶を無くす。
つまり、自分の名前も、アンタのこともわからなくなる。
どんなに頑張っても、記憶は戻らない。
記憶を無くす前、この女がアンタのことが好きだったとしても、記憶を無くしたこの女は二度とアンタを好きにならない。永遠に。
たとえ、記憶が戻ったとしても、それは同じ。
まぁ、一年後に記憶が戻るんだけどな。
つまり、アンタが死んだ時だ。」
悪魔は、ニヤニヤとながら、楽しそうに言った。
「…構いません。
それで彼女が助かるなら…。」
僕は、覚悟を決め、言った。
ずっと、彼女が目を覚まさないよりはマシだ。
…それにどうせ、彼女は僕のことなど好きじゃないし…。
「ほう…。けっこう、結構。
ならば、契約成立だな。
よし、契約の証に、アンタの血をもらう。
右手を出しな。」
そう言って、僕がおそる、おそる差し出した右手にナイフのようなもので切ると、同じように自分の手を切り、傷口を合わせた。
「…よし、完了だ。
それじゃぁ、一年後。
丘崎 歩くん。」
そう言って、にやっと笑うと、悪魔は消えた。
それにしてもなぜ、名前を知ってたんだろう…。
だが、僕が、その答えを知る日は二度とやってこないだろう…。