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片恋の行方

「さあ、今日は何の花だろうねえ。」

そう始めたのは花屋の向かいの織物屋のおばあさん。


「今日は色鮮やかなカーネーションが入ったって、奥さんが言っていたもの、それじゃないかしら?」

続けたのは右隣のパン屋の若奥さん。


「おや、でもベルは淡い色の花のほうが好きだといっていたよ。私は最近店に並ぶようになったフリージアをメインにした花束ではないかと思う。」

そういったのは壮年の男性で、ここ最近すっかりなじみになった騎士の父親。


「そうかしら?淡い色って花束にするのは難しいでしょう?まだ修行中のベルには難しいから、代わりに奥さんが花束を作るかもしれないから避けるんじゃないかしら。先月の終わりに、似たような理由でベルに断られて落ち込んでいる兄さまを見たもの。」

父の言葉を否定しつつ、話題になっている男の情けない様子を暴露したのは騎士の妹である。


「それ僕も見たよ!奥さんが申し訳なさそうに花束を作って騎士さまに渡してたんだよ。かわいそうだったなあ。」

それを裏付ける証言をしたのは、よくお使いに来る武具屋のまだ小さな末息子。


「ふっふっふ。私はチューリップに賭けるわ!チューリップの花ことばにかけて告白する気よ!騎士さまがベルにひかれて週に2回かよいつづけて今日でちょうど3年なんでしょう?

そろそろ勝負に出なくちゃ男じゃないわ!きっとそうよ、今日は私の勝ちね!」

そう自信満々に言ったのは、花屋の娘ベルの幼馴染でもあり、街の宝石店の跡取り娘である。




しかし自信満々のその言葉に、いままで発言していたものも、まだ今日の賭けの対象にする花を決めかねているものも、皆一斉に首を振った。

「それはないと僕思うよ。」

「難しいでしょうねえ。」

「わが息子ながら情けないが、無理だろう。」

「お嬢様、お金をどぶに捨てる気ですか?やめておおきなさい。」


さすがにそこまで言われて驚いたようだ。

「えっそうなの?私てっきりかなり仲良くなっているものとばかり……。」

かなり不思議そうな様子ながらも賭けを撤回する。



「しょうがないわよ。あの騎士さまですもの。」

「ええ、あの騎士さまですもの。」

「通い始めてしばらくはベルの目を見ることもできなくて、丸1年たって見れるようになったくらいだもの。」

「名前を尋ねることができたのは2年たったころだったかしら?」

「違うわよ、そのころようやく自分の名前を名乗ることができて、ベルという名前を本人に聞けたのはその3ヶ月後だったわ。」

「最近兄さま、ようやく少しはまともな会話が出来るようになったみたいよ、嬉しそうに毎晩日記に書いているもの。」



宝石店の娘は目を丸くした。彼女はベルと親しいだけに、なかなか騎士の買い物風景や会話の様子を直接のぞくことがためらわれたため、おもにベル本人からの情報で判断していた。

ベルは今まであまり興味のなかった装身具や、清潔であれば構わないとばかりに放置していた髪などについて自分に教えをこうていた。

もちろん大切な幼馴染だから、実家の宝石店で手ごろなものを紹介したり、髪や化粧の整え方を張り切って教えたものだ。



遠目に見た騎士は、金髪で青い瞳、女性かと見まがう程の美貌で女の子が夢見る王子様のような美少年だった。二人で夜更かしして話した中に、ところどころその騎士の名前も出てきていた。

二つ年下のかわいい幼馴染にもようやく恋の季節が来たかとうれしくもさびしくも想っていたのだが…。

そのためまさかそれほど進展がないと思わなかったのだ。



騎士の父が言った。

「ああ、私も本当にこれほどまでに奥手とは思わなかった。男手ひとつで育てたのが悪かったのだろうか。この調子では私の生きてる間には孫の顔を見ることは無理なのだろうなあ…。」


いきなり激しく落ち込み始めた男性に皆あわて始めた。

この男性はかつての戦争の立役者として国を守った偉人、その後も街を襲った災害で人々を守るために駆け回り、怪我がもとで引退した今でも無償で子供たちに剣術や礼儀作法を教えているくらいのいい人なのだ。

そして彼は若かりし頃は多くの女性から思いを寄せられつつも、決して女性を軽んじたり傷つけるようなことがなかったと老若男女に語り継がれるほどの人物だったらしい。


しかしその息子があんな様子では父の悲しみもひとしおである。男性は集まっていた皆に辞去を告げ、広い肩を落としつつ、花屋をすぎたところにある教会へ向かおうとした。今日は教会で礼儀作法の講師をする予定なのだ。まだ時間には早いけれども、落ち込んだ気持ちを浮上させるには時間がかかるのでる。



その時、男性にかかる声があった。

「ミルズさん、今よろしいですか?このまえお話ししたお菓子作ってみたんです。もしよければいただいてくださいませんか?」


ベルであった。普段は一本にくくっただけの髪だが、今日は邪魔にならないようにしつつも複雑に編みこみ、うっすらと化粧もしている。化粧は宝石店の娘に教えてもらった匂いのきつくないものをつけ、花の香りを損なわないように気をつけたものである。

現在街の若い娘に流行している華やかなあしらいではないけれども、ベルの繊細な顔立ちにはよく似合っていた。少し離れたところで見ていた幼馴染の娘たちも目を見張ったほどである。


ベルに気付いた男性は少し驚いた様子ながらも、笑顔を取り戻していった。

「ああベル、ありがとう。お言葉に甘えて寄らせていただけるかな?」

その返答にベルは花がほころんだような笑顔になった。

二人は並んで花屋の自宅部分に向っていく。

途中で男性に装いをほめられたベルは、恥ずかしそうにでもとてもうれしそうにお礼を言っていた。



その一部始終を見ていた者たちは、

「ねえ、もしかしてベルお姉ちゃんって…」

武具屋の小さな子供でも感じるものがあった。


「そういえばあの子は男親がいないからねえ、昔から落ち着いた男の人を見るとぽーっとなってたかもねえ。」

ベルが生まれた時から見知っている織物屋のおばあさんが続ける。


「ベルの花の好みなんて、それなりに話さないと知るわけないものね…。兄さまはきっと知らないわ。」

騎士の妹が今気付いたというようなつぶやきを漏らす。


幼馴染の娘は納得したように、

「ああ、そういえばあの騎士さまはベルの好みとは違うものね。それに確かにあの方も『ミルズ』さんだわ。」


そのあと、皆で一斉にため息をつき、件の騎士の恋の成就が難しいことを悟るのであった。





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