俺なりの短編2
1、記憶
ある日のこと。まだ赤ん坊のワタルは、眠ると同時にいつも夢を見た。汚いサンダルを履き、色あせたシャツとサイズの合わないチノパンといったいでたちの老人。どこへ行こうとしているのか、ただ立ち止まっていた。そこへ、小走りで何者かが近づいてきた。黒い帽子を目深にかぶり、灰色のつなぎを着ている。老人は背後からナイフのようなもので刺され、命を落とすのだった。目を覚ましたワタルは大きな声で泣きじゃくった。何も知らない母親は眠い目をこすりながらも、慌ててワタルの側へ駆けつけた。優しい声であやし始めた。
2,未来。
ワタルは小学校を出ると、両親も通っていた名門の中高一貫校へ通うことになった。
成長しても変わらず、老人が殺害される夢を見ることになった。あまりにも頻繁にみるため、ワタルはこれが何かを意味しているのだろうかと考えるようになった。もしかして、とワタルは思った。
夢の中のあの老人が自分の将来の姿なのではないのかと。これならいくら頑張っても、結局殺されるんだ…。寝て過ごしても、一緒じゃないか…。
毎日そんなことばかり考えているワタルは、全く笑わない子供になった。テストの点数も、落ちる一方だった。不審に思った両親や教師など周りの大人たちが、ワタルに聞いたとしてもワタルは何も言わなかった。老人になった自分が殺されるかもしれないなんて、僕以外誰が信じるというのだろう?
3,暗闇。
地方の資産家の両親は、莫大な財産を十六歳のワタルに残して亡くなった。一人で暮らすには十二分なほどに、広い家と、土地。すべて、ワタルのものになった。
ワタルは将来の危機を回避するため、まず高校へ通うのをやめた。次に、家中の窓に目張りをした。必要な物はみな、ネット通販で賄った。置き配があれば、配達員を警戒しなくても済む。
そして、日の光が入らない広い家の中で訓練を始めることにした。それだけが、ワタルの生きるための原動力になった。
朝目を覚ますと、父親が財産のほかに残していった、レコードコレクションから一枚を選ぶ。音楽を聴きながら、筋トレ。家中を走り回る、ワタルが言うところのマラソン。
日々の鍛錬と音楽が、ワタルに年齢を忘れさせていた。
4、記憶
その日の朝も何か夢を見たようだが、何も覚えてはいなかった。そもそも、前日の記憶すらあやふやになってきていたのだ。空腹の感覚だけが、残されていた。
眠っていたソファに手をついて、起き上がるとようやく冷蔵庫の元までたどり着くだけで、息が上がっていた。冷蔵庫の中には、いつ買ったのか分からない缶ビールが二本、黒ずんだリンゴ、食べかけのサラダ…。足しになるようなものは、何もなかった。ほこりのかぶったカレンダーをちぎると、汚い字で裏に「夕飯」と書いて胸ポケットにしまった。スーパーはどこだったか…。
家を出ると、日はとっくに沈み始めていた。家の時計はみな止まっていたし、テレビも点かなくなっていた。外に出ないと、朝なのか夜なのかわからない。
何のために歩き出したのか忘れてしまい、思わず立ち止まった。震える手でようやくメモを取り出すと、暗がりで必死に目を凝らしてメモの文字を読もうとする。ワタルからさほど離れてはいない場所で、虫が、チ、チ、と鳴いていた。うっすらと記憶のかなたに、暗闇だけ残されていた。




