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第1話 ため息と寄り道

「はぁ…」

残業終わりの会社帰りの道は、なぜかわからないが深いため息がでる。


会社では営業成績、人間関係、クレーム対応…。

いやいや、家に帰ったって、妻と些細な口喧嘩、娘の進学…。

こんな状況でため息が出ない方がおかしい。



そういえば、長く住んでいる土地なのに、社会人になってから同じ道しか使っていない。


この町は、大きな大学があり、学生が多い。

かくいう自分もそもそも大学に通うために、ここに住み始めた。

親には、経済面で迷惑をかけてしまったと、これも自分で稼ぐようになり改めてありがたみが分かったもんだ。


少し外れた道に、学生時代に良く通っていた一軒の定食屋があった。


― 定食屋ケンちゃん ―


いかにも昭和の匂いがプンプンする、定食屋さんだった。

生姜焼き定食やサバの味噌煮定食。ありきたりのメニューの並ぶ店だったが、安さと盛りの良さでいつも混みあっていた。


「まだやってるのかな?あの店…」

もう20年以上も前に通っていた店。店主だって、もう若くないはずだ。


そう思いながらも、社会人という舗装された道から、青春時代の獣道へとちょっと寄り道してみることにした。


昔の記憶をたどりながら、歩いて行ったものの、建物が違ったり、道が整備されていたりで、なかなかたどり着かない。

人間の記憶なんてこんなもんだ。

何度か角を曲がっていると、まるで昭和にタイムスリップしたかのような古い店が唐突に現れた。

こんなところだっけ?


― 定食屋ケンちゃん ―


入り口上の屋根に書いている字は、かろうじて読めるが、擦れて薄くなっている。

なつかしさのままドアを開いてみた。


――カラン


と出迎える音と、調理場からの煙とともに運ばれてくる醤油の焦げた匂いが、セピア色の記憶を徐々に色づけていった。


8席のカウンター、2つしかない4人掛けのテーブル席。

通っていたころはいつも相席だった。


そういえば店主は―


「いらっしゃい!」


カウンターから声がした。

声のトーンも大きさも違って、あの時の店主じゃないことがすぐにわかった。


それもそうか。


自分が通っていたときでさえ、還暦過ぎてたような店主だ。

今ならもう、何歳だよ。


閉店に近かったこともあり、空いているカウンターに座った。

「瓶ビールと…うーん卵焼き、できます?」


「もちろん!お待ちください!」


そういえば、夜は来たことがなかったな。

学生時代は、平日休日問わず昼の定食だけだったから、夜のメニューにちょっとしたつまみがあるなんて知らなかった。


早速ビールと、キンキンのビアタンがカウンター越しにでてきた。


「はい、どうぞ!」


今の店主の威勢のよさに、あの頃とのギャップを少し感じながらも、手酌でビールを注いで一気に飲み干した。

その勢いで、店主に聞いてみた。


「前の店主って知ってたりします?」

少しぶしつけかとは思ったが、それよりも知りたい欲には敵わない。


「あー、親父のこと知ってるんですかね?…いやもう亡くなっちゃって。5年前になるかなぁ…。」


もしかしたらとは思ったけど、やはりそうだったか。


「で、俺が今脱さらして、店を継いでみたってわけです。まぁリーマンも疲れますからねー。体力的には、こっちもしんどいですけど」

と冗談交じりの口調で、笑っていた。


50代そこそこな感じだけど、威勢のよさが昔の雰囲気とは違う。

けどこれはこれでと、少しニヤリとしてしまった。


「実は僕、学生時代に、ここの店通ってたんですよ。懐かしくなって、ふと寄ってみたんですが、やっててくれてよかったです」

こんな常連でもなんでもない店でも流暢に話せる自分に、さすが営業職だなぁなんて、内心自画自賛していた。


「そっかー。学生時代に来てくれてたんですね。ってことは…」

と店主はいいかけて、はっとした顔をして、そそっとその場を離れ、他のお客さんのオーダをさばきに戻った。


何か言いかけていたのがわかって、気になりはしたけど、まぁそれほど気にすることではないか。


その後、何気ない会話をして会計を済ませた。


「じゃぁ、また来ますね」


「ぜひ。本当にまた来てくださいね?『あれ』まだやってますからね。覚えてるかな?」

そういって、カウンター越しに目であいさつして店を出た。

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