チョロかわいい王子様(Side.アイザック)
※今話はアイザック視点になります。
よろしくお願いいたします。
時はサミュエルに出会う少し前に遡る……。
「サミュエル第三王子殿下が……?」
「ああ。どうやら色々とやらかしたらしい」
王城から急ぎの報せが届いたと父の執務室に呼ばれ、聞かされたのは魔獣の話ではなく王家のスキャンダルだった。
「そこで、サミュエル王子を我が領で預かり、鍛え直してほしいというのが王家の要望だ」
そう言って、執務机の上で手を組んだ父は溜息を吐く。
──サミュエル王子は母親に似て、とても美しい容姿をしている。
そんな噂話を聞いたことがある。
サミュエルの母……ディアナ側妃は『妖精姫』と呼ばれる程の美貌の持ち主だったという。
そんなディアナ側妃の容姿をサミュエルは受け継いだのだろう。
──だが、それだけだった。
兄王子たちのように聡明で理知的だとか勇猛果敢であるとか、そういった内面の話はとんと聞かない。
(つまり、外見だけの馬鹿王子だったってことか……)
そんな問題児をわざわざ送って寄越す王家に不信感を抱く。
「それで、その馬鹿王子をうちの騎士団で鍛えればいいって話か?」
俺はうんざりといった表情を隠しもせず、父にそう返す。
これまでも、王都で不祥事を起こした貴族令息が我が領に送られてくることがあった。
そんな令息たちを見習いとして我が騎士団に放り込み、徹底的に鍛え上げれば、それなりに使い物にはなっていたからだ。
「おい、口が悪いぞ」
「はいはい。外ではうまくやってるんだから、ここでくらい大目に見てくれ」
父からの小言を聞き流すとジロリと睨まれるが、それ以上は何も言われなかった。
「実は、他にも問題があってな……」
どうやらこちらが本題らしい。
父は眉間にシワを寄せ、トントンと指で机を叩く。
「王家からの手紙が届く前に、キャクストン侯爵家からも手紙が届いたんだ」
キャクストン侯爵家はサミュエルの婚約者だったオーレリアの生家だ。
そんなキャクストン侯爵家から送られてきた手紙の内容は、王家の要望通りにサミュエルをオールディス辺境伯領で預かってほしいこと。
そして、サミュエルの成長を暖かく見守ってほしいという、なんとも要領を得ない内容だった。
「はあ? 何だよそれ……?」
聞くところによると、サミュエルの王位継承権を剥奪し、辺境の地へ送るよう求めたのはキャクストン侯爵だという。
それだけを聞くと、キャクストン侯爵はサミュエルに対して強い怒りを持っていることがわかる。
実際、娘のオーレリアが断罪されるところだったのだから、激怒する理由にも納得ができた。
しかし、この手紙を読むと真逆の印象を受けてしまうのだ。
(まるで、サミュエル王子を庇っているような……?)
おそらく、父も俺と同じような違和感を抱いたに違いない。
だからこそ、サミュエルへの対応に悩んでいるのだろう。
それから父と俺は話し合いを重ねた。
そして、王家の要望通りサミュエルを我が領で預かり、見習いとして騎士団へ所属させること。
ただし、見習いと同等の訓練は受けさせるが、俺が指導係という名の見守りをすることに決まる。
それから一ヶ月も経たないうちに、問題のサミュエルと対面を果たすことになったのだが……。
(これはまた……)
手触りの良さそうなふわふわの金の髪にキラキラと輝く大きな青の瞳、陶器のような白い肌にはシミ一つ見当たらない。
まるで手入れの行き届いた人形のような美しさだった。
だが、部屋のベッドが固いだの何だのと騒ぎ立てる姿は、ただの甘っちょろいナルシストな王子様。
その姿をうっかり嘲笑うと、吸い込まれそうな青い瞳が俺を睨みつける。
途端にゾクリとした感覚が俺を襲った。
(あー……マズイなぁ)
なんというか、つい意地悪をしてやりたくなる。
そんな湧き上がる衝動を堪えきれず、俺はサミュエルの腕を掴んだ。
こんなに細く白い腕じゃあ、組み敷かれてもろくに抵抗すら出来ないだろう。
「これは……個室にして正解だったな」
見習い団員たちと同じ大部屋に放り込むと、俺の監視の目が行き届かなくなる。
そのため、サミュエルには個室を充てがったのだが……。
(変な気を起こす奴が絶対出てくるだろ。これ……)
案の定、訓練場を訪れたサミュエルに熱の籠もった視線を向けたり、団員同士で意味ありげな目配せをする者たちもいた。
そのため、なるべく集団に近づけさせないよう個別で訓練を行い、食事を自室へ運ぶことも黙認する。
王位継承権を剥奪されたとはいえ、サミュエルが王家の血を引いていることに変わりはない。
それに、キャクストン侯爵家の思惑が不明である以上、騎士団で王子を不埒な目に合わせるわけにはいかないのだ。
それなのに……そのはずだったのに……。
(俺がハマってどうすんだよ)
きっかけは、きつい訓練のせいで夕食を拒否したサミュエルにチョコレートを与えたこと。
肌に悪いものを食べさせるなと言ってサミュエルは怒るのだろうと思いながらも、その小さな口にチョコレートを無理矢理押し込んだ。
だが、俺の予想に反して、サミュエルは嬉しそうにチョコレートを飲み込む。
そして、少しだけしょんぼりした顔をし、唇を閉じたままもにょもにょと口を動かし始めたのだ。
どうやら、口の中に残るチョコレートの味を堪能しているらしい……。
(いや、なんだこれ……)
その小動物のような愛らしい仕草に、衝撃を受けると同時に俺の心は鷲掴みにされてしまう。
「もう一ついかがです?」
サミュエルの可愛い表情がもう一度見たくて、気づけばそんな言葉を口走っていた。
「いいのか?」
ぱあっと嬉しそうに顔を輝かせるサミュエル。
チョコレートをもう一粒受け取ると口の中に放り込む。
今度はすぐに飲み込まずに、ゆっくりと口の中で味わっているようだ。
なぜこんなにもいちいち可愛いのだろう。
それに、たかが安物のチョコレート一粒で、王子がこんな表情になるものだろうか……。
(幼い子供じゃあるまいし)
だが、サミュエルが年齢の割に子供っぽいところは気になっていた。
てっきり甘やかされたせいだと思っていたが、他に理由があるのかもしれない。
(あ! このチョコも俺が直接口に入れてやればよかった。そのまま指とか舐めてくれたり……)
幸せそうにチョコレートを味わうサミュエルを凝視しながら、思考は妄想へと変化し、さらに斜め上へと膨らんでいくのを止められない。
そして、俺の中に一度芽吹いてしまった感情をたやすく消すことはできず、むしろ坂道を転がるようにあっという間に夢中になってしまった。
ダメだダメだと思いながらサミュエルの部屋へ通い詰める毎日。
手ずから菓子を与えるだけでは飽き足らず、柔らかな金の髪を撫でて、透き通った白い頬に触れてみる。
一度触れてしまうと歯止めが効かなくなり、ついサミュエルの舌を指で挟んで弄んでしまった。
(あー、可愛い……)
俺の指を咥えたまま涙目で睨みつけるサミュエルが堪らなく可愛いかった。
自分の中の欲望が昂り、襲い掛かりそうになる衝動を理性を総動員して押さえつける。
だが、肝心のサミュエルの感情がイマイチ読めない。
嫌がる素振りを見せながらも、結局は俺の行為を受け入れている。
これは、俺とのアレコレが満更でもないんじゃ……と、思わなくもなかったが……。
「おい、なんで今日も来たんだ?」
休日なのに外出をしなかったサミュエル。
俺のことを待っているのかもしれないと淡い期待を胸に部屋を訪れるも、あまりの塩対応っぷりに内心がっくりしてしまう。
それでもシュークリームをちらつかせ、サミュエルの部屋に入ることに成功した。
「殿下、クリームが付いていますよ」
そう言いながら、サミュエルの唇の端を指で拭ってやる。
「お前がこんな食べさせ方をするからだろう!」
「シュークリームは手が汚れますから」
「口周りが汚れるほうが不快だ!」
キャンキャンと吠えながらも、俺が持つシュークリームに必死にかぶりつくサミュエルは愛らしい。
「ああ、またクリームが……」
そう言いながら、今度はサミュエルの唇をふにふにと指で摘んでみる。
柔らかくて弾力のある唇に触れていると、俺の中の欲望がジリジリと膨れ上がっていく。
「変な触り方をするな!」
すると、何かを察知したのか、思いっきり距離を取られてしまった。
容姿に自信がある割に、触れられることに慣れていない様子のサミュエル。
婚約者がいる身で他の令嬢と浮気をするくらいだから、王都ではずいぶん遊んでいたのだろうと思っていたのだが……。
(俺が男だからか……?)
同性同士の恋愛なんて珍しくもないが、王族だとそうもいかないのかもしれない。
「別に唇に触れるくらいいいじゃないですか。キスをするわけじゃあるまいし」
「キ、キ、キスなんてっ! 変なことを言うな! あれは婚姻を結んだ者同士が行う行為なんだぞ!」
「…………」
キスという言葉一つで真っ赤になったサミュエルに、俺は色々と察してしまう。
(これはじっくり長期戦で挑まないとな……)
下手に襲い掛かろうものなら、あっという間に逃げられ、嫌われてしまいかねない。
俺は軽く深呼吸をして欲望を無理矢理鎮めると、顔に笑顔を貼り付ける。
「殿下には刺激が強すぎましたね。何もしませんから残りのシュークリームも食べちゃってください」
「お前、僕のことを馬鹿にしてるだろ!?」
そう吠えながらも、ちゃんと俺の隣に戻ってくるチョロいサミュエルが愛おしい。
それと同時に、サミュエルの押しに弱い部分が少し心配になってしまった。
俺がいない間に、他の男にちょっかいを掛けられたりしていないだろうか……。
「そういえば、急用って何があったんです?」
「ん? 研究の手伝いを頼まれたんだ」
途端に嬉しそうな表情になるサミュエルに、嫌な予感をひしひしと感じる。
「へぇ……。詳しく聞かせてもらっていいですか?」