虚言2
「これでわかったかしら?あなたが何を思ってこの国に来たのかは知らないけれど、平和を信じて来たのならこれが真実よ。人類がモンスターを始めとする数多の種族に勝つことはありえないわ。人類が生き残るために取った策が、今も人類を滅亡へと進めているのだから」
もしこれが真実なのだとしたら、レナが見せるあの諦めた顔にも合点がいく。そして、そんな偽りの平和を本気で信じてここまで来たのだとしたら、彼女の目にはさぞ滑稽に写ったことだろう。
浮かれるアルベールに現実を叩きつけるため、何より自分への戒めのためにゴーストタウンと化したこの区域に取り残された僅か二人の生存者に罪悪感と不快感を与えた。
「スゥー……ハァー」
アルベールは空を見上げ、目を閉じながら静かに深呼吸をした。最後に体中の空気をゆっくり吐き出すと、彼は笑った。
「何、気でも狂った?理想と現実との差に、さすがのあなたも耐えられなかったのかしら?」
「いや、やはり君は綺麗だ」
「……。あなた……人の話聞いてなかったの?」
はぁ?何すっとんキョンなこと言っているんだ?見たいな顔をするレナに対し。
「聞いてたが?」
彼は何も変わらない。絶望に顔を歪める表情が見たかったわけではないが、えらく普通に流すその態度はレナの癇に障る。
「この国は、あなたが思い描いていたような国じゃなかったのよ!あなたが探していた国は、この世のどこにも存在しないって言っているの!」
わかりやすく、そして完結に伝えた。再認識されるように。それでも彼の表情に何ら影響を与えるものではなかった。
「うん、聞いたよ。いいじゃないか、他を犠牲に己という個を生かす。実に人間らしい……が、私の信条には合わない。」
「………。」
「君は何のために生きているんだい?綺麗な洋服を着て、素敵なアクセサリーなんかつけちゃって、恋人と一緒に色んなものを見て、食べて、笑う。でも、友達の前ではついつい愚痴でもこぼしちゃう。そんな生活を送りたいとは思わないか?」
「……言っている意味がわからないわ」
この男は本当に何を言っているのだろう。ショックのあまり戯言を言っているのかとさえ思ったが、彼の目を見る限り真実を語っていた。
「私はそんな生活を送りたいよ、レナ。もし君がこの世界じゃ笑えないというのなら、私は世界だって変えてみせるよ。だから、見ていてくれないか?私と、この世界を」
目の前の少女にも平和と希望に胸を膨らませ純粋無垢な時代はあった。まだ色あせてすらいない真新しい記憶。
その記憶の中の自分が味わった絶望。あまりに大きすぎる絶望の重みに、この国にたどり着いた早々に自殺するものもいた。
哀れにも一人生き延びてしまった彼女には、傍らで励ます者もいない。そんな彼女の前に現れるのはすでに永住権を得た娯楽に飢えた貴族たちであった。
彼らは永住権をちらつかせ彼女に取引を持ち掛けたあの日、彼女は気づいてしまった。この国は、滅びると。
いや、人類が終わると。自暴自棄になっても可笑しくなかった。しかし、彼女にも気高さがあった。例え生き残る選択肢があったにせよ最後まで美しく生きるのだと、彼女が生涯で最後になるであろう誓い。
それだけを掲げ、今日も見ず知らずの幼い少女のためだけに足を運ばせた。そんな折に現れた、己の立場もわきまえずのうのうと声を掛ける軽薄な男に彼女の誓いはあっけなく崩れてしまった。
彼の絵空事のようなその戯言に僅かに残った少女心が彼に魅せられてしまったことで。
「………幻想よ……そんなもの」
レナが冷めたようにぼそりと言うと、アルベールを案内するように中央広場に向かった。後にも先にも、レナがアルベールをここに連れてきた理由は説明できない。
だが、もしかしたらレナは否定してほしかったのかもしれない。自分の中で結論づけしまった現実を、甘くくだらない戯言で。
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