笑顔に潜む影2
一一ただ一人を除いて。バルコニーで一人グラスを傾ける女。国中の美姫が集まるこのパーティーにおいても、彼女の美しさだけは揺るがない。そこに、誰も射止めることのできないレナに近づく一人の男。
「やぁ、美しき姫。今宵の予定は?」
美しすぎるのが悪いのか、それとものそっけない態度のせいなのか、パーティーが始まってからはじめてレナに話しかけたのはアルベールだった。
「……。」
「どうしたレナ。いつもの君なら何か言い返しても良さそうだが?あれれー、もしかして私がかまってあげられなかったことを拗ねているのかな?」
そう言ってからかうアルベールだったが、背中越しに小刻みに震えるレナに気づきあまりに予想外の状況にアルベールですら困惑する。
アルベールの知らぬうちにひどい仕打ちでも受けたのか、などと思考を巡らせていると華奢な体がアルベールの胸元へと入り込む。
肌を通して感じているせいか、より細かに感じる震え。そんな彼女が呟くように静かに問いかける。
「……アルベール。ここで終わりにしない?」
「一一ッ!?」
か細い声で言いつけるように諭された言葉はアルベールを再び困惑させた。そして、僅かな静寂の後アルベールは急いで取り繕う。
「ハハハ。何を言っているのか私にはわからないなぁ。それより見てください、月が出ていますよ」
誤魔化すように咄嗟に出た言葉は、中途半端な笑みで偽りきれない万感な想いが見て取れる。その姿は、アルベールでもなければ愚者でもない。
その二つが合わさった不完全な紛い物。まさに、人間のあるべき姿がそこにあった。
「……。ダメよ、アルベール。もう、今のアナタじゃ誰も騙せないわ」
レナから出た言葉の意味を誰よりも理解していたのは、アルベール自身であった。涙混じりに告げたレナの顔は、完全なる乙女の顔である。
そして、美少女から溢れる涙は今まで受けたどんな攻撃よりも鋭くアルベールに突き刺さる。
「すぅ~はぁ~。そうか。もう無理か。君がそういうのなら、おそらくそうなのだろう。だが、聞かせてくれないか?なぜそう思ったのかを?」
鼻を鳴らし、噛みしめるように漏らした。そこに追い打ちをかけるようにレナが続けた。
「だってアナタ、この国を滅ぼすつもりなのでしょ?」
「おいおい、少し話が飛躍しすぎてはいないか?俺は英雄を作るために旅してるんだぜ?そんな奴が自分から国を滅ぼすわけーー」
「この国が救われても、英雄は誕生しなかったじゃない。」
「………。」
「アナタは言ったわ。人類が示した偉大な一歩を世界に語り聞かせ、英雄へと押し上げると。それは、誰も自らの力だけで英雄へと至らなかったのなら、アナタ自身の力で英雄へと押し上げるということよね?」
アルベールは答えなかった。だだ、静かに答え合わせをするように聞き耳を立てていた。
「結果、人類からは英雄は誕生しなかった。でも、王国という明確な敵対する存在だけはいなくなってしまったわ。これでは以前となにも変わらない、現状維持に他ならないわ。だからアナタは、全人類の希望となりえる英雄を誕生させるために今度はアナタが悪として人類に立ちはだかるつもりではないの?」
「ハッハッ!酷い妄察だな。だが仮にそれが真実であったとして、君は私に何が言いたいのかな?まさか、ここに残れとでも?」
「そうよ。見なさいこの国を、国中に染み渡る笑顔の数々を。そして聞きなさい、あなたを称賛するすべての者達の声を。あなたはこの国の頂点に立つわ、あなたが尽くした分だけの報酬と栄華を手に入れるの。わかるでしょ?これがベストよ、これ以上はないわ」
レナは優しく告げる。子供に言いつけるように、それでいて母性を感じさせるような声色で。
少女の柔らかなで、抱きしめただけで潰れてしまいそうなか弱い身体から信じられないほど伝わる恐れと愛情がアルベールを包み込む。
「アルベール。もう一度言うわ、ここで終わりにしましょう」
レナの心からの願いに、アルベールはエルフ達に見せつけた威圧的な態度をとるわけでもなく愚者として笑い飛ばすこともせずしばしの静寂が訪れた。
以前に一度、レナが見たアルベールの本来の姿。今にも消えてしまいそうで、以前見たときよりずっと弱々しく、脆弱な光。
それを絶やさんと必死で堪えているような憐れな姿。脆き男が必死に隠してきた本音。レナを抱きしめるようにいつの間にかあった手が、逆に抱きついているようにも見えた。
「レナ。それはできない」
「なぜよ、アルベール。あなたは十分頑張った。もういいじゃない。先王が気に入らないのならこれでいいでしょ?他種族の脅威に備えたいのなら、ここで備えればいい。これ以上あなたが進んでも、あなたが手に入れられるものはなにもないわ。あなたじゃ、もう誰も導けない」
アルベールは一呼吸置き、何やら深妙な顔をした。
「ああそうだ。全くもって君の言うとおりさ。私にこれ以上のことはなし得ない。どう足掻こうと、これが私の限界だ」
「なら……!」
「だからこそ!私は、私の道を進む。私ではない誰かが導くのなら、私はその道標となる!」
「そのために死ぬの?」
「ああ」
彼女には、アルベールの行動のすべてが理解できていなかった。何がしたいのか?なぜそんな手段を選んだのか?
もっといい方法があったのではないか?これまで取ったすべての行動より、より良い道を見いだせたのではないか?
そんな考えはあったものの、行動すらしなかった自分にそれを言う価値すらないことも理解している。それでも、自ら茨の道を進む彼はもう見たくなかった。
例え、彼の理想とする救済だとしても、それでアルベールが救われないのならそれは違う。そう……思っていた。しかしなぜなのだろう。
彼を見ていると負けそうになる。彼が醸し出す風貌とでも言うのか、吐き出しそうになるほどの孤独と、それをギリギリのところで押し留まっている惰弱な光が、レナをどこまでも魅力し続ける。
「……あなたは最低よ。出会ったときから……勝手に現れて、勝手に連れ出して、勝手にいなくなる。あなたって、最低だわ」
「そうだな。だが、君にしか頼めない。いや、君がいいんだ」
アルベールはレナを抱き寄せ、耳元でそう言った。