裏通り2
★★★
流された先、商業通りを抜けたここ住宅街は表向き避難してきた難民達への仮設住宅と謳っているがその実ただの貧民街であり日が当たらないここは少し肌寒い。
メインストリートや商業通りとは明らかに空気感が違う。お祭り事に住民達がもっていかれたから、という単純な理由ではない。死んだような何とも言葉に困る虚しさがある。
しかし、思案を巡らせるアルベールはそれに気づいていなかった。店主と別れてから再び住民達の顔色を伺ったり、この国に来た時の妙な違和感の正体を探ることに気を取られていたからだ。
「どうにも嫌な予感がする。まるで―――――」
意図的ではなく、自然に静かな方へと歩み進んだアルベールが居心地の悪いこの場所でようやく答えらしい答えにたどり着くと。
「痛い……痛いよう……」
微かに聞こえる声が、アルベールを深慮から現実へと引き戻す。通常なら聞こえるはずもない弱々しい声だったが、住民達がいないことで雑音が消え届いた声だった。
「んっ?女性の声?いや――――――」
アルベールがすすり泣く女の声を耳にしてから数分が経過した。未だに聞こえる耳の中枢を刺激する声を頼りに捜索するアルベールであったが、乱雑に建てられた建物に加え複雑に入り組んだ地形に阻まれ少女に接触するどころか近づくことすら困難であった。いわば、ここは迷宮と大差なかった。
それでもなんとかたどり着いたアルベールはついに声の主であった少女とご対面する。少女の年齢は五、六歳といったところだろうか?服装を見たかぎ富有層ではない。
おそらく貧民街出身で、膝の擦り傷を見る限りこの悪路に足を取られてしまったのだろう。アルベールは安堵の表情をした後、コホンと咳払いをして存在を知らせると。
「来ましたーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!美少女です!ありがとう神様!私、アルベール・ラファーガは彼女と幸せになります!」
と唐突に年端もいかない少女に下劣な願望を引っさげピョンピョン跳ね回るように少女に近づく。
すると一一「止まりなさい!」っと、どこか聞き覚えのある声がアルベールを引き止めた。アルベールの後方から腕を組み現れた女性は呆れた様子でアルベールに言葉を発する。
「まったく……呆れたものね。貴方見たいな男には、獣性すら抑えることができないの?」
「君は……先程の」
アルベールから送られた視線はレナと交差することはなかった。レナはアルベールと視線を合わせないように少女だけを見て、アルベールを追い抜き少女の元へ向かったからだ。
「大丈夫よ、どこ怪我したの?」
アルベールと会った時とは違い、少女へ接する様は声も表情も柔らかになっていた。まさに、綺麗なお姉さんが年下の女の子に接する感覚に近い。
「君にもそんな顔ができたんだな」
悪気はなく、むしろ褒め言葉として出てきた言葉。住民達が浮かべる自分達の少し未来や現実に沿った顔ではなく、どこまでも冷たく、冷静に世界まで眺望した末の顔つきをしていた彼女が、一人の少女へと手を差し伸べたことに素直に感心していた。
聡い者は絶望し、人類に呆れ返っているのが世の常。彼女の目は、まさにそれだったにもかかわらず、たかが少女のためにここまで足を運んだ彼女へ送った称賛の言葉だった。
「どういう意味かしら?」
しかし、アルベールの思惑が通じるはずもなくレナの表情は一瞬で曇った。ざわざわっと背筋の当たりからくる恐怖が、アルベールになんの躊躇もなく土下座をさせた。
「すみませんでしたあああああぁぁぁぁぁぁぁああ!」
何か嫌な経験でもあったのか、アルベールはとてもとても綺麗な土下座をしてみせた。腕は90度に曲げられ、地面に額を付けた土下座。小さく纏まって土下座というよりも、全身全霊の土下座だった。
「ほら、傷を見せてみなさい」
ギロリと鋭い目つきでアルベールを見つめたあと、少女に怪我を見せるように促す。
「うん」
少女は擦りむいた足を見せると一一レナは驚愕する。
「っ!?傷が……………」
「どうかしたのかい?」
「傷が……………なくなっているのよ」
ありえない。こんなことあるはずがなかった。レナが少女を見つけたときには、確かに膝から出血していた。
しかし、少女の膝からは出血どころかその痕跡すら見当たらない。
「ああ、そのことか。先程、私が治しておいた」
驚愕するレナの背後で、パンパンと服の汚れを払いいとも簡単に暴露した。常人がこんなことができようはずもない。
魔法という概念が人間に受け入れられていないこの世界で、彼がそれを口にするということが何を指すかは明白である。
「治した……………どうやって?貴方、一体何者なの?」