帰還
☆☆☆
一一王都から少し離れた町
アルベールが町へと帰還すると、ところどころで住民達が剣の素振りをしている姿を何人も見かけた。
というのも、住民達には傭兵仲間に頼んで接近戦の訓練をさせていた。本来であるならば後衛職である魔法使いや、セレンのようにエンチャントのような強化系統の魔法を覚えてほしかった。
しかし、一様彼らには傭兵であることを隠していた。アルベールに賛成してついてきた住民達であったが、傭兵であることを知ればいい気はしないからだ。
それ故、彼らには魔法を教えることができなかったのだ。アルベールは軽く周囲を見渡すと、誰がどんな教え方をしたのか一目瞭然だった。
セレンに教えられたものは、彼女特有の豪快な戦いっぷりが見て取れる。モンスター相手には問題無いだろうが、対人間相手には少し不安が残る。
しかしその豪快な戦いっぷりは、仲間を鼓舞する役目を持つため一概には否定できなかった。カゲミツとフィナは、アルベールの部隊では後衛職を担っている。
その彼らに接近戦のノウハウを教えるのは少し気が引けたが、彼女らもそれなりに教えてくれたらしい。
ちなみにアルベールと同行するエルフには、アルベールが来ていたローブを貸していた。もちろんそれは、彼女がエルフだと気づかせないためだ。
「すっごーい!人間てこんなにいるだ。あっ!あれって、私もやってた棒遊びだよね!そうだよね!」
エルフ到着するなりいろんなことに興味を示した。 人間に、建物に、匂いに、ここにあるすべてのものに興奮気味に話し始めた。
「ねぇねぇ、私もあそこに加わっていいかな!いいでしょ?」
エルフはアルベールに急速に近寄り話しかける。
それをレナは首根っこ掴んで引き剥がし、「近い」の一言。
「あぁ、別に構わないけど」
アルベールはエルフへとそう言うと、彼女は目を輝かせる。
「うん!いってきま~す!」
彼女が元気よく飛び出して行くと、アルベールは無愛想な男へと視線を向ける。
無愛想な男が元々、住民達がどの程度の腕前なのか興味があったらしくそちらへと視線を向けていた。
それを知っていたアルベールが、エルフのお守りを大義名分に行くように促した。
一一酒場
アルベールとレナが酒場へと入ると、ちょうどそこには傭兵仲間しかいなかった。
「おっかえりー。なんだ、意外に早かったな」
一番最初に出迎えたのはセレンだった。陽気にビールジョッキ片手にアルベールにしがみつくセレンは、正直お酒臭かった。
アルベールは今にも酔いつぶれそうなセレンを支え、目が据わった彼女に水を出すように要求した。
「なんだ、やっぱり会った瞬間抱きつくんだ。そういえば、アルベールがいない間ずっと元気なかったよね、セレン」
「はぁ!?元気なかったのはお前だろ?指揮官がいないと役立たずの魔法使いさん」
「ちょっと何言ってるかわからないけど。もしかして、僕が役に立ってないとか言ってないよね?」
「あぁ?お前が役に立ったことがあったか?」
「はいはい、二人共アルベールさんは疲れているのですよ。少し休ませてあげないと」
二人の攻防にいつも口出しするのはフィナの役目であったため、毎度のごとくフィナが口をはさむ。そして、セレンはアルベールを見て言う。
「そうだな。よし、アルベール。今晩は私が飯を作ってやるよ」
酔っ払いに刃物をもたせるのは危険だが、彼女はたびたび仕事前にお酒を飲むことがあったためそちらの心配をするものはいない。
「やめといたほうがいいんじゃない?セレンの料理は、タフネス自慢のリザードマンだって逃げ出すレベルなんだし」
「そうか。ならお前が先に食え!」
「ちょっ!来ないでよ!君が昔料理して、一体何人倒れたと思ってるの!今度は何人被害者を出すつもり?」
「そんなもん食ってみねぇとわからねぇだろ!まずはお前に食わせて、私の評価が変わるまで食わせてやる。そうすりゃあアルベールが食べるときには美味しい飯にありつけるってわけよ♪」
「あらあら、結局こうなるんですのね」
一一アルベールの自室。
アルベールは数日ぶり部屋へと戻ったが、相変わらず部屋はそこそこ綺麗だった。
アルベールは感謝しつつ、自分の前では決してそういった姿を見せないことからあえて御礼を告げていなかった。
そこに、コンコンとアルベールの部屋の扉からノックが響いた。
「どうぞ」
アルベールは部屋を開ける前からその正体をいつも知っていた。これも彼が身につけた技術の一つであった。
「よぉ。やってるか?」
酒瓶片手に部屋に入ってきたのは、セレンであった。
「あぁ、ぼちぼちね」
「そうか。それでよ、お前お腹空いてるか?」
先程は覆いかぶさって来るほどしがみついて来たセレンだったが、少し恥ずかしそうにアルベールに告げる。
アルベールはセレンの顔をちらりと眺め、数分前の出来事を思い出す。セレンはアルベールが留守の間、酒場の店員や厨房スタッフから料理を教わっていたことをフィナから聞いていた。
おそらく彼女がベロベロになるまで酔っていたのは、アルベールに料理を食べるか切り出すための火薬剤としてなのだろう。
だからこそ、彼女はいつ帰ってきてもいいように毎日飲んだくれていたんだろう。
「それがここ最近ろくなもの食べていなくてね。いただけるかな?」
「そ、そうか。待ってろ、今持ってきてやるから」
セレンはそれは嬉しそうに笑みをこぼし、急いで料理を取りに行った。
数秒後、セレンが戻ってくると野菜スープをアルベールへと差し出した。
「安心しろよ、味見はさっきあいつにさせたから。ちゃんと上手いって言うまで作ったから問題はない……と思う」
セレンが差し出した料理からは美味しそうな香りただより、白いスープが美しく透き通っていた。
「じゃあ、さっそくいただくとしますか」
スプーンでスープを掬い、アルベールは口へと運ぶと。優しい味が全身に染み渡った。
疲労しているアルベールのために、栄養などもしっかり考えられた料理となっていた。
旅の途中でも、何回か美味しい料理や温かい料理を食べまわる機会があったが、やはり誰かのために作る料理には到底かなわなかった。
「ふぅ。」
久しく出た吐息は、疲労とは違う一息をついた。一人戦い続けるアルベールを癒やす温かい料理に、なんとも言えない感情が猛烈に押し寄せる。
その姿を、足を組みながらセレンは眺め言う。
「うまいか?」
「あぁ、美味しいよ」
不等不屈を装うアルベールに、優しく語る彼女を見るとやはり思わずにはいられない。
男では女に勝てないと。そして、唯一アルベールにその眼差しを向けるのは彼女である。