二本差し
一一そこは、プレリアス王国に負けないくらいの大国があった。
生活は厳しく、貧富の差が激しい国だった。
「オイ、知ってっか!本当の騎士って、剣を二本差らしいぞ!」
「何言ってんだ。うちにいる騎士達、全員一本しかもってねぇじゃん」
「だから、本物の騎士だよ!」
「本物って何だよ?」
「どんなやつでも一発で倒しちまうやつだよ!いいよなー。俺もなってみてぇーなー」
屋根に気持ちよく寝っ転がっている俺の後ろで、会話する二人の少年の話が耳に入る。友人二人の会話は、今ではほとんど覚えていない。
しかし、この会話だけは何故か鮮明にこびりついている。平和から始まった俺の人生だったからか、異人の逸話に心が踊ったのかもしれない。
あくびをしながら耳を傾ける俺だったが、街を見下ろした視線に悪行が目にとまった。店の前に立つ二人の男、騎士達が身に着けるフルプレートの鎧だ。
「この果実は誰が採ってきたんだ?」
「騎士様。何かご不満な点でもありましたか?」
「いいから、答えろ」
「私ですが?」
店主は若く、見た目は優男って感じの男だった。だが、商人には似つかわしくないローブを着て顔が見えない。
「そうか。じゃあ、この果実はお前のものだな?」
「そうですね」
騎士の偉そうな態度とは対照的に、物腰柔らかい対応を続けていた。
「ところで、この国は誰のものだ?」
俺だけじゃなく、周辺にいた住民達もため息を漏らした。
「は、はい?」
「この国は誰のものかと訊いたんだ」
「そうですね。王様のものと考えればいいんですかね」
「そうだな!王のものだな!じゃあ、この国を守るのは誰の役目だ?」
「騎士様の役目だと思いますが……」
唐突に、大声で、下卑た笑い声とともに待っていましたと言わんばかりに声が轟く。
ここまでくれば、どんなに察しの悪い奴でもこの先の展開は読めていた。それほどまでに日常的なものだったからだ。
「そうだ!お前たち見たいな愚図を守るのも俺たちの役目だ。なら、この国を護る俺たちにこの果実を渡してもいいと思わないか?」
いくらこの国が大都市だといえど、これが日常的に行われていればどうなるかは俺でも理解できた。
「アハハ、ご冗談を」
店主は苦し紛れに笑みで返した。
「なに、渡せないのか?つまりお前は、この国が滅びてもいいと言いたいんだな?」
店主の誤魔化すような笑顔に腹を立て、腰にかけていた剣で品物をなぎ倒した。
「あーあ、勿体ない。まだ食べられるのに」
多少困った表情を浮かべたものの、散らばった品物をすぐに拾い上げる。
その姿にさらに腹を立てると、品物を拾おうとした手を踏みつける。
「貴様にはプライドはないのか!」
騎士が一喝するや、足具でグリグリと踏みつけた手を圧迫する。
「プライドは食べられませんよ。私が持っているのは、この果物ぐらいですから。そんなものは、とうの昔に捨ててしまいました。売れればよかったんですけどね」
怯えることなく、ただ淡々と目の前の状況にあった言葉を並べる彼を見るや、帯刀していた見事な装飾の鞘から手入れを怠った見掛け倒しの鈍らを抜き出す。
「貴様のような奴は、いっそう死んだ方がよそうだな」
騎士が剣を大きく振りかぶると。
「やめといた方がいいですよ。無意味な殺生は、恐怖を振り撒き自分を穢すだけですから」
俺は、この男の言葉に背筋が凍るような悪寒がした。
剣を振り上げていた騎士も何かを感じたのか、一瞬震えて、後ろに 二、三歩のけぞった。
「アハハ、冗談ですよ。まだ僕死にたくないですから。これ、どうぞ」
落ちた果実を手渡しすると、騎士たちは逃げるようにこの場をあとにした。
ー一 数日後
日常は地獄とかした。魔物の集団が門を破り、城を落とし、虐殺を始めた。俺は子供ながらにもう生き残れないと確信していた。
城が落とされている時点で、この国が機能していないことが明白だったからだ。生き残っている住民たちは、燃える街中を散り散りに逃げ回っていた。
俺はそこに一人佇み、決まりきった現実の到着をただ待った。すると、一匹の魔物が俺に気がつき、足音を立てながら迫る。
俺は膝から崩れ落ちた。ずっと前から覚悟をしてきたことだ、今さらなんの感情もない。ただ、死を待った。
「……。」
だが、一向に死が来ない。その実感がなかった。街を破壊する雑音がするだけで、痛みを感じない。俺が目を開けると、一人の男が魔物の前に立っていた。
腰に二本の剣をかけた、どこかで見たような優男だった。優男は俺を背中越しに見ながら"たった一言だけ言い残す"と、何かを両断するような鈍い音を響かせる。
俺はその時衝撃が走った。頭の中にあった常識を否定されたかのような。魔物はモンスターとは一線を画す。
モンスターは自然界に存在するが、魔物は突然変異によって生まれた奇形種。
つまり、存在してはいけない類いのモンスターだ。
見た目は決まっておらず、単純な強さも比べるまでもない。
優男が剣をしまうと、数秒の間鳴り響いた音が消えると同時に魔物の体は真っ二つに切り裂かれた。俺は何があったのか理解ができず、数秒思考が止まった。
しかし、目の前の光景を見れば明らか。俺は魅せられてしまった。絶対的剣技に。才能がない、魔法が使えない、人間だから、そんな言い訳のしようがないほどの"絶対的な人間の努力の強さ"に。
その時から彼は一一俺の英雄になった。だから、あの男が言った言葉に絶望して……憧れたんだ。
一一 現在に戻り、ふと力が抜ける。強くなろうと弱さを隠していただけに、それを知られた今、その仮面をかぶる必要がなくなった。
しかし、誰でも自分の夢のルーツを知られることは恥辱を受けるような体験に等しい。他人の語る姿など見てられない。
エルフの娘の方向を向けず、自分はとんでもないことをしたのではないかと後悔する寸前で、彼女が口を開く。
「私は好きだなぁ」
思わずその言葉に反応をし、顔を向ける。
エルフは立ち上がると、男の前に立ちながら顔を近づける。
「ねえ、見せてよ。なるんでしょ?『英雄』に」
エルフはどこか嬉しそうに、後ろで腕を組ながらくるくる回る。
「私が見てるからさ!」
彼女の笑顔といつの間にか漂ってきていた微精霊たちの美しい光で、絵画のような美しい映像が男の目に宿っていた。
今にして思えば……彼女はいったい何を思い、ここまで着いて来たのだろうか……。
アルベール一行は、仲間たちと合流しいよいよ王都へ向かう。