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人類、滅亡させてみました  作者: No.0
一章
45/66

抱えるもの

☆☆☆

 愚直な男との対話を終えたレナは、アルベールの様子を確認するため元いたテントへと向かっていた。


すると、レナと入れ替わるかたちでエルフの娘は待っていましたと言わんばかりにシュタッと木から飛び降り剣を片手に再戦を所望した。


今にして思えば、二人がレナ達を助けに来た際エルフの娘の肢体には数か所にも及ぶ生傷が痛々しく刻まれていた。


それに引き換え愚直な男には目立った外傷はおろか剣戟を交わしたさいのあわや一太刀と連想させるほつれ一つなく泰然自若といった風貌で暗殺者たちを睨み据えていた。


 もし、この場であのエルフの娘が再戦を願わなかったのならば剣戟を交わしたことはおろかあの娘の生傷でさえ気づかなかった可能性すらある。


まったく、本当に、本当に頭が痛くなる話である。あれだけ愚直な男と向き合い一挙手一投足に至るまで注視したというのに何一つ相手を理解できてはいなかったのだから。


仮にアルベールが彼と向き合ったのであればエルフの娘のヒントなしにレナがたった今導き出した結論を言い当てていたのではないだろうか?


レナが真にアルベールに注力したいと願うなら彼と同等と、あるいは彼以上の何かを手にしなければならない。にもかかわらず、結果がこれでは………。


レナは大きなため息をし、額に手をあて戒めるように自責の念を脳裏に刻み込む。


その後、悲観する自分の悪癖を黙らせるべく愚直な男の誘致と自分自身の成長を胸に自分を奮起させ再び足はアルベールのもとへ踏み出した。


 目的地が近づくにつれ、レナは新たな感情に支配されかけていた。


その感情を表すに相応しい言葉をレナは知らなかったが何故かその感情が湧き上がった瞬間から歩くスピードはあがり気を抜くと笑みがこぼれる。


 暴走気味になる自分自身に唯一待ったをかけた理性がアルベールのテントの前でかろうじて働き静止させ、笑顔でテントに突入することだけはなんとか避けた。


 そこで、レナは再び深呼吸をし冷静さを取り戻した。


レナは冷静になった頭で自分がしようとした行いを振り返ろうとしたが、唐突に自分の体臭やら身だしなみやらが気になりそれどころではなくなっていた。


その奇行気味に慌てふためく姿は紛れもなく恋する少女であり、今の彼女からは王国で出会った頃のあの冷徹な少女の見る影は完全に失われていた。


 十分すぎるほどに身だしなみに時間を費やしすべての項目を確認し終えるまで約三分を有し、平常心を装いレナはゆっくりとテントへと入る。


「やあ、レナ。怪我はないかい?」


 部屋の前で散々服装チェックをしときながら、アルベールが起きているなど露とも思っていなかったレナは少しテンパるがコミュニケーション能力と引き換えに手に入れた完璧なポーカーフェイスでなんとか平静を装う。


「ええ。お陰様で」


「それは良かった」


 そういったアルベールの手には、彼の手帳がある。もちろん、ただ持っているわけではない。


レナとの会話を終えたアルベールの眼差しは、手帳へと戻る。少し不満気にするレナは拗ねるように髪をいじる。


特に普段と大きく変化があったわけではない。髪を整えて、アルベールとの買い出しの際に一緒に購入した口紅を軽くつけただけだ。


そう、たったそれだけの変化だ。よほどの女好きでない限り気づかないほど些細な出来事だ。それでも、慧眼なアルベールなら気がついてくれるのではないかと密かに心を踊らせていた。


しかし、彼女が望む報酬は得ることはなかった。


女性本来の心情ならば、ここで機嫌を損ねるなり何かしら八つ当たりをしてきてもおかしくなかったが、高潔である彼女はいちいち目くじらをたてるなんて幼稚なことはせず己の行動を冷静に振り返る。


自分が望んでいるのは単なるエゴであり高望みをした自身への戒めであるとあっけなく引き下がる。


しかし、レナとて女の子である。愛しき相手から何かしら褒められたいもの。


「アルベール。彼、あなたの旅に同行するそうよ」


 レナは自らの功績をアルベールへと伝えた。あくまで報告程度にだ。


軽く、フラットに伝える。アルベールは手帳に当てられた指がページ掴んだところで指を止め、それと同調したように彼の動きは静止した。


「……。それは、君が取り付けたのかい?」


 いつもより、アルベールの声のトーンがワントーン低い気がした。笑って褒めてくれることを願うあまり、その変化に少し緊張が走った。


「ええ。不満かしら?」


 レナは生唾を飲み込み、本へと向けられた視線をじっくりと凝視した。


「いいや。君が必要だと判断した人材に、私はケチをつけない。ただ………、なぜ彼を選んだのか聞いてもいいかい?」


 アルベールは優しく笑った。不安がるレナの心情を声色だけで判断したかのように笑ったのだ。そしてようやく視線が重なった。


「必要だからよ。あなたに」


 レナもその笑みにようやく緊張が溶け、固まった身体に血が巡る感覚を感じる。


「私に?」


「そうよ。あなたは私に世界を見せると約束した。だからよ」


 緊張が溶けた反動からか、レナは自分でもらくしない回答を述べた気がした。おそらく、レナが被ってきた偽りの仮面のおかげでアルベールとて今のレナの心中を推し量ることはできないだろう。


だがこの胸の高鳴りが、少しばかりレナを大胆にしている。


「……………。そんな約束、君はすぐ忘れると思っていたが」


 アルベールは少し困ったように言葉に力がない。逡巡を巡らしているようにすら見える。


「忘れないわ、絶対。だから、もうあんなことをするのはやめて。私はあなたと世界を見たいの。あなたが辛いなら話して、そして頼って。私はあなたの役には立てない。でも、役に立ちたいとは思っているわ。だから、そのための人材も、お金も出来るだけあなたの期待に答えてみせるわ!だから、死なないで!」


 できることなら、レナはアルベールの懐にもう一度抱かれたかった。


エルフの森で包まれた暖かい包容の中で、初恋の相手に身を委ねてしまいたかった。そして願わくば、このままどこかへ連れ出して欲しかった。


だがそんなことをしようものなら、アルベールはにべもなく自分を拒絶してしまうかもしれない。だからこそ、自分が願う最低条件を口にした。


「……。」


 しかし、アルベールは押し黙る。 


「どうして、どうなのアルベール。あなたならできない話ではないはずよ」


 結果を示さずこんなことを言ったわけではない。あの男を引き入れたのは、アルベールに認めさせるためだ。


それに、アルベールにはたいして難しい話でもないからこそ切り出した内容だ。


それなのに、それなのに、アルベールは黙った。そして、怪訝そうな顔を浮かべる。


「レナ、私は物語に登場するような英雄とは違う。ただの人間なんだ」


「そうね。でも、あなたは凡人ではないわ。あなたが私に示した希望は、今も私の心にある。それは紛れもなく、あなた自身の力で成し遂げた力よ。なのになぜ、あなたはあなた自身の手で希望謳おうとしないの?あなたなら、そう難しくないでしょう」


 どれだけ遠回しに言葉を並べようと、結局はレナの本心はあそこへと戻る。


恋をろくにしてこなかった少女が迂闊に感情を込めた問答。その末に出た言葉『死なないで』これだけが答えだった。


 しかし彼は、それを知ってなお首を立てに振ろうとしなかった。


「……君は私を少し過大評価しすぎている。それに、私はあまり物語が好きではない。物語に登場する彼らは、いつだって自信家で、才能がある自分達を信じて疑わない。別に、それが悪いとは思わないよ。ただ、凡人の努力や思いがその物語に綴られることはない。私は凡人なんだ。彼らの想いも、英雄達の栄光の下で転がった屍も知っている。だから私は、英雄達のために死んでいくだろう。そんな私に、彼らと同じ願望を向けられては困る。ただ、それだけのこと」


 切ないまでに覇気のない声音はまるで未来予知でもしたかのように覆ようのない現実に打ちのめされたもののそれであった。


その様はかつて鏡越しに幾度も視線を交わしたかつての自分とあまりに酷似していた。なんどこの目をした自分自身を殺してやりたいと思ったことか。


もしも彼に魅せられるよりまえにこの目を目の当たりにしていれば彼の頭上にナイフを突き立てていたのは自分だったのかも知れない。


そんな考えが寸秒ながら過ったが、彼の瞳にはわずかながらまだ炎が宿っていた。


種火にも似たひどく弱々しいものではあったが彼はわずかな糧を胸に一歩、また一歩と進み続けいつの日か出会う英雄のために幾人もの英雄候補と出会って来たのだろう。


これが彼の選択であり、レナはその決断を見届けると誓った。だから彼がレナの願望を拒むのならこれ以上は意味をもたない。


それ故彼女はあっけなく引き下がった。しかし、彼女は故意か偶然か、最後の最後に呪いを残した。


「アルベール。私は、いつになったらあなたに勝てるのかしらね?あなたが進む先に、何があるのかは私にはわからない。あなたがなぜそんなことをしようとしているのかもわからない。でも、あなたが進む先にあなたの居場所がないのは、あまりに悲しすぎるわ」


 レナとアルベールとで行われる討論の結末は、最初で最後のレナの勝利終わった。

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