お茶会2
舌戦を繰り広げる二人の中心では、まるで二人の戦局を現すように盤上での激しい攻防戦が行われてはいた。
知識のないレナからすればエルフ達がどこに住もうと違和感なく自然に受け流せたが、アルベールからすれば違和感でしかなかった。
そもそもエルフというのはとにかく気位が高い種族だ。そんな種族がこんな辺鄙な森に住むこと事態おかしな話である。
ましてやエルフが住む森でありながら、この森には大樹が存在しなかったのだ。エルフ、ダークエルフ、ハイエルフ。
どれだけ人種や風習に差があろうとエルフであれば神樹を崇拝し、大樹を神樹に見立て祈りを捧げる。そこだけは一律していた。
おそらく、アルベールは森に誰かいると聞いた時点である一つの真実にたどり着いていた。その裏付けをするためにアルベールは交渉へと望む前に森に入り散策をしたのだろう。
そして、彼がこの森に大樹がないと知ったその瞬間に勝ちを確信したことだろう。
「はて、どうですかな。無知なあまり、妄想が過ぎるようで」
自分が見せた些細な失態。それに気取られてことを反省し、余裕の表情を浮かべ淡々とコマを進めていく。しかし、アルベールは確信めいた口調で愉しげに話を続ける。
「じいさん。先程のあの女の言葉」
『やっぱり人間にも、女の人ちゃんといるんだ!やっぱいいね、人間種は!すぐに男女がわかるからね!』
「あの言葉から察するに、人間種以外の種族と何かしら交流があったことは容易に想像できる。おかしいよな?エルフは他種族との接触を嫌う。なのに、何であんな事が言えたんだろうなぁ?」
ニヤニヤ笑みを浮かべたまま的確に会話・チェス(ゲーム)を進める。そう、この男は楽しんでいた。
とどめを刺せるだけの必殺の手札を以っておきながら、アルベールはあえて口にせずだらだらと引き延ばしていた。
大樹はエルフだけが作り上げられる唯一無二の力。つまり大樹があればエルフがいるのであり、それ即ち人類にとっての脅威であった。
しかし、この森に大樹はなく王都近辺でありながらレナはエルフどころか森すらあることを知らなかった。
つまり、エルフは大樹が作れない状態にあり、自らの存在を隠蔽せざる負えない事態に陥っているのだ。
これは本来あり得ないことであった。上位種には上位種たる矜持がある。上位種とは現代における最強種であり、そんな者達が下等種のように自らを隠蔽することは、己自身を恥ずべきもの、または下等種に並ぶ劣等遺伝子であると公言しているようなものである。
それを理解してなお、彼らは自らの存在を隠蔽した。そこに彼らの弱みがあり、アルベールが手にしている切り札。
「…さあ、なぜなのでしょうか。小娘の戯言一つで物事を確定することほど愚かなことはありませんよ」
本当に、本当にこの男は質が悪い。既に決着している問答に時間を浪費するなど。エルフ側にしてみればこれ以上ない屈辱であったことだろう。
だが、ここで対話を放棄することも許されなかった。それは誇り高き一族の敗北宣言に他ならないからだ。
「そうだな。だがこの仮説が正しいのなら、お前達がここにいるのにも説明がつく」
「それは面白い妄想ですな。ぜひお聞かせ願いますでしょうか?」
「では、一つ。お前らがこんな辺鄙な場所で暮らしている理由だが。それは先程述べた通り……負けたからだろ?そしてその際多く仲間を失った。でなきゃ、この数は説明できない。数からして三分の一もいないんじゃないか?そして何より、俺が森ここにいること事態変だよな?普通許可するか?そんなこと。普段のお前たちなら、あの場で俺を殺しても問題はなかったはず。だが、お前はそうしなかった。なぜなんだろうなぁ……」
アルベールはここであえて言葉を止め、ちらりと長老を眺める。
「理由は簡単。それは、これから起こり得るかもしれない未知の脅威を恐れたから。だからこそ、お前達は人間ごときに峻厳な態度で接したのだろ?」
彼の解答に答えなどない。証人もいなければ証拠もない。しかし、アルベールの言葉はエルフを黙らせるだけの内容であった。
ピクリとも動かずチェス盤を眺め黙りこくるエルフだったが、その謎の静けさが余計に不気味であった。
アルベールへと殺気だたせる者達の痛い眼差しが余計強くなるのを感じつつ、アルベールはエルフの顔を覗き込む。
「……………………。」
「それとも何か?一言一句違わずに、今ここで説明できると?俺が提示する以上の真実を」
時より見せるもう一人のアルベール。その二つの顔を持つアルベールに、レナは少し恐怖を感じていた。
「………………………っ!!」
「ちょっと待って。あなたが言うように、仮に、他種族に敗れここに住んでいるからって何の問題があるの?」
レナが話に割り込み、状況を整理させる。
「あるさ」
即答で返す。
「自分達より強いやつらが勝手に戦争をして、勝手に負けてくれたんだぜ。これほどいいことはないさ。力をつける前にやっちまおうぜ。っていうのが普通だと思うけどな、俺は」
悠然と微笑するアルベールは、出されたお茶を片手で揺らす。そして表情はいつものアルベールへと戻っていた。
「なるほど。だったら同盟した方がお互いのためになるということね」
「そゆこと」
アルベールは優しくレナに笑いかけた。彼の笑みからはまだ何か違う意味がある気がしたが、あえて何も口出しをしなかった。
「いいでしょう。ならば一人だけ、あなた方に同行させる。これでどうですか?」
周囲を取り囲むエルフがいつ仕掛けてもおかしくない中、長老から出た折衷案。
「ああ。で、そっちの条件は?」




