お茶会
一―森の中心部
森の中心部にあるここは、外で感じた神秘的なそれとはまた違った魅力があった。清らかにして、心まで満たされそうな自然の香り。
口で取り込むすべての空気がうまいと感じるような錯覚。王都の美しく綺麗な街とは違った、自然の強さと優しさに包まれた不思議な一体感がある。
通常の森がこれほどの森になるまで、一体どれだけの年月を有したのだろうか?また、エルフ達が暮らすと噂の神樹はどれほどの森なのだろうか?
そして、思わず納得した。なるほど、これほどの森に人間ごときを招きたくないのもわからんでもない。
知識の種族として名高い彼らからすれば、凡庸にして愚かなる種族である人間がいかに矮小に映るか、この景色だけでも納得してしまう。
彼らが纏う気品のある風格は、生まれ持ってのものだけではないらしい。
「いやあー絶景絶景 。右も左も美女美女美女とは、目の前のあんたも美女だったら天国だったのになぁ。引退しないのか?爺さん」
軽く散策を終えたアルベールは、一息ついでに長老とお茶会という名の会議を始めていた。
本来はそちらがメインではあったはずなのだが、レナからすれば好き勝手に遊んで探索するほうがメインに思えるほどゆっくりと時間をかけて楽しんでいるように見えた。
「本題に早速入られてはいかがかな?見たところ時間もないようですし」
ようやくアルベールと長老が向かい合い交渉がスタートしたがいささか不自然であった。
木の根っこを机とし、丸太を椅子にしている有り様でとても客人対応をしているようには思えなかったからだ。
通常エルフ達が行う会議とは、どんな細事であろうと大樹の中で行われ崇高な願いと清らかな心を神樹に誓って行われる一種の祭事にも近いものであったはずだが、もはやこれでは会議の体すらなしていなかった。
つまるところ、最初から対話の意思がないと表明しているのと同義である。おまけに、木の上からは殺気が飛んできており交渉どころではない。
しかし、一番目が当てられないのは交渉を行う当の本人たちである。アルベールと長老はのんきにチェスをしているありさまであった。
「まったく、随分と嫌われたものだ」
アルベールは視線をわざと木の上にいるスナイパーたちに向け『殺せるのか?』とでも含んだ表情で煽った後本題へと入る。
「簡略化させて言わせてもらうと、援軍を出してくれ」
重々しい語るエルフとは対象的に、アルベールは余裕綽綽と言った感じで答えた。これはある種心理戦だ。
各々自分たちに近い形で交渉を成立させるために、相手を自分たちのペースに引きずりこもうとしていた。
エルフ側がこの交渉で欲しいのは『情報』、そしてアルベールが出す要求をいかに『自分たちが有利な条件』で人間側に突きつけられるかに焦点を当てている。
かわって人間側であるアルベールは、いかに『被害を出さず助力』させられるか。ここにかかっている。
そのため、最弱の種族であろうと下手に出るわけにはいかなかったのだ。何よりこの交渉は人類側にとって重要な意味を持つ。
エルフ側にしてみれば彼等との交渉は尊厳と威信をかけたやりとりに過ぎないが、人類側にとっては種族の未来をかけた戦いであるからだ。
仮にここでアルベールがエルフ(彼ら)にとって脅威となる何かを示せないのであれば、例え王国を手にしてもそこは人類最後の砦としての王都の尊厳は奪われ、未来永劫王都に住む人々はエルフの奴隷として生涯を終えることになる。
そのため、この交渉においてアルベールが持つ虚勢と虚言は必須であり、この知識の種族と謳われる種族をペテン師の如く手玉にとる必要がある。
「ほう?人間が我々上位種族に指図すると。せめて、平等な条約を結ぶのが筋じゃないですかな?」
当然の反応だ。なんの条件もなしに援軍を出せば、それは人類への服従を意味する。そもそもこれでは交渉として成立をしていなかった。
「まだそんなことを言っているのか?上だの下だのと、いい加減先に進んだからどうだ?せっかく長生きしているんだから」
『上』即ち、上位種族を指す。上位種族とは、身体能力と魔力が取分け高い種族を意味する。もしくは、そのどちらかが卓越しているものだ。
かわって人類は、最弱の種族。見た目がほとんどかわらないエルフ(この種族)を人類は長年恐怖してきた。その理由がご存じ魔法であり、エルフ(彼ら)と人類の決定的な違い。
傭兵達が忌み嫌われる理由としては、この種族の存在が大きいのだろう。
「我々は見下したことなど一度もありませんよ。ただ、どんなに平等に推し量ろうとしても、我々の視界には人間の"に" の字も視界に入らないので、ついつい見下げてしまうだけのこと」
生まれながらに劣等種、それ故にある劣等感が人間にあるようにエルフにも上位種であるが故の慢心と驕りが存在する。
その彼らからすれば、アルベールのこの態度は面白くないだろう。さっきの礼と言わんばかりに仕掛けてきた長老は、発言や態度からも見て取れるほど強者の言い分を吐露する。
「そうかそうか。森に暮らす田舎者には、文字を読むことすらできなかったのか。それはすまなかった」
両者共に薄ら笑いを浮かべ、穏やかな口調に反し内容はお互いに悪意を感じさせる。
「話は変わるが爺さん。この森にはやたらと美女が多いな?何でだろうな」
アルベールはエルフが出した不味いお茶を軽く口に含み、様子を伺う。
「それはそうでしょう。人間(家畜)と同レベルのエルフがいて、エルフを名乗れましょうか?」
表情を崩さず誤魔化しているのか、本当に質問の意図が読めていないのかはわからないがアルベールは不敵な笑みを浮かべ質問を続けた。
「男を見ないなと思ってな。先程数人見かけたが、こっちに殺気だたせている者たちはまだ若い。一体どういうことなのかな」
顎を引き、先ほどの表情とは異なる異質な目線がエルフを縛る。
「さて、何のことを言っているかとんとわかりませんが」
一瞬、常人にはわからないほどの細かな動揺。その一瞬を見逃さなかったアルベールは、冷静に嫌味を含むように告げる。
「ぼけたふりがうまいな、爺さん。男がいないのは、殺されたからじゃないのか?この森に住んでいるのは、住むところがないからじゃないのか?チェック」