傭兵
これは、いったいどれくらい前の物語なのだろうか?
数百年、数千年も前の物語かも知れない。
俺も含めこの時代の出来事を正確に知るものは誰一人として存在しない。
つまり、この本に書かれていることこそが最も正確で真実味がある物語。しかし、困ったことに我々はこの物語の主人公――彼の名を知っている。
なぜなら……………今我々が生きるこの時代にも語り継がれてしまうほど偉大で醜悪な人物であったがためだ。
名は、『アルベール・ラファーガ』。人々から憎み、恨まれ、人類の裏切り者として歴史に名を刻んだ人物。
その一方で、正義を謳い、悪を示し、笑顔をもたらした英雄として語り継ぐ者もいる。いったいなぜこのような矛盾が起きてしまうのだろうか?
それは……………君自身の目で確かめてほしい。今から語られる………最も真実に近い物語を。
一一とある村
そこは殺戮が繰り広げられていた。否、正確には食事が行われていた。熊を遥かにしのぐ体躯に、鎌を思わせる鋭いツメ。
そこから繰り出された痛烈な痛みに住民がひれ伏し、意気揚々と食事が始まる。人間からしたらただの地獄だが、モンスター達からすればただの日常。
王都から来たというフルプレートの男達は、その光景を見て真っ先に逃げおおせる。村から要請があって派遣された誇り高き騎士達は、たった数分前の傲慢な態度と一転していた。
それほどまでに人間とモンスターと力の差は歴然だった。モンスターは死肉をしばらく貪ると、次の標的へと動き出す。血に染まった爪からぽたりと滴り、口からは臓腑がこびりついていた。ゆっくりと、確実に次の標的である少女へと向かっていた。
少女は抱きかかえるうさぎの人形を震える小さな体で抱き、心の中で、目の前で喰い散らかされた両親を繰り返し呼び続ける。
しかし、モンスターの歩みは止まるどころか少女の死へと近づいてきていた。目の前に立ちはだかった死の象徴。つい今しがた喰い荒らした両親の血肉が少女の頭部に落下する。
ここでようやく死を覚悟した少女は目を閉ざし、痛みに耐えるべく全身に力を入れる。しかし一一少女に痛みは訪れない。ぐっと固く閉ざした瞼を開くと。
「いやぁ危ないところでしたねぇ」
と、何やらに抱きかかえられる姿勢になった少女にニコやかに笑みで返した。黒髪を靡かせ、騎士達が纏うフルプレートの鎧と異なった動きやすさ重視の服装をした男。
「怪我はないですか?私はアルベール、傭兵です」
状況が掴めない少女が辺りを見回すと、人間の身でありながらモンスターに立ち向かう者たちが目に入る。
「ったくよ、国民の皆々様が憧れる騎士様もこんなもんかよ!」
「いいから、早く倒してよね。こっちもらくじゃないんだから」
「そうですね。早く倒してしまいましょう」
アルベールと名乗った男の後では、双刃刀のような特殊な刀を持つ女性。その両脇に、杖を持った男と女性が立っていた。
彼らは互いに目を一瞬合わせると、見事な連携でモンスターと渡り合う。それは騎士達が得意とする剣術云々ではなく、それぞれのできる事を理解した行動。チームワークだった。
「ちょっ!ちゃんとタゲ取ってよ!僕魔術師なの知ってるでしょ!戦えないの!」
「うるせぇ!女一人に化け物の相手させる気かてめえは!」
「はぁ!?剣士がやらないで誰がやるの!」
「てめえ、戦闘中に私に喧嘩売るとはいい度胸じゃねぇか」
前衛はそう言うと、モンスターの攻撃を飛び越えるように避ける。そして、足に隠していたダガーナイフをモンスターに投げつけた。
「ガァァ……。」
「おい、セレン……まさかだよね?」
モンスターの視界に捉えていたセレンが消え、ダガーナイフを当てられた方向にはカゲミツただ一人。そう、目が合ったのはカゲミツである。
「グァァァァァァァァァァァアアア!!」
血に飢えた化け物。そのモンスターと目があった瞬間、死を彷彿とさせた。我々が知る熊や猪は、少なからず人間を恐れている。
だからこそ、人間が何かしらの手段をもちいれば逃亡する可能性が僅かながら存在する。
しかしながら目の前のこの化け物は、人間を餌として認識しているだけ。彼らの目には恐怖は微塵も存在しない。その化け物を正面に捉えた魔術師が取る行動はただ一つ。
「ちょっと!僕にモンスターのタゲつけてどうするのさ!」
その言葉とともに逃げの一手である。
「ちょっとは私の苦労も知れ」
普段から、このレベルの化け物を相手してるセレンにとっては今更のことだったが、後衛の彼がこれと対面したときの恐怖は常人とほとんど大差なかった。
「セレンふざけないでよ!普段誰のおかげで楽して戦えてると思ってんだよ!金輪際君に援護しないぞ!」
「いいよ。その代わり、私も二度とお前の前で戦わないから。一人で戦えない遠距離隊が、私に喧嘩売ったらどうなるかわかるよな?」
耳につけたアクセサリーをじゃらりとならし、腰に手を当てて笑みを浮かべるセレン。
「わかった!わかったから!この化け物何とかしてよ!」
「わかりゃあいいんだよ。さて、このセレン様が助けてやるか。」
セレンは満足そうに胸を張ると、自慢の武器にブンブンと体の周りで回す。すると、次第に剣先が光出しボッと炎がつきエンチャントさせた。
「よし、行くか。フィナ援護しろ!」
「はい」
セレンはエンチャントさせた武器を振り回し、モンスターにたどり着くまでの間威力を高めるべく遠心力を利用する。
その間、フィナはコンッと地面を杖で叩き。
「フリーズ」
冷気がスッと通り過ぎると、モンスターの歩みが止まる。凍った足がモンスターの進行を妨げたからだ。そして跳び上がるように跳ねたセレンの一刀で、モンスターの頭の天辺から真っ二つに両断する。
「フン。わかったら、次から口の聞き方気をつけな」
モンスターの死骸の上から、肩に担いだ武器を片手に不敵な笑みを見せつける。
「セレン、君が結婚できない理由がようやくわかったよ。断言してあげる。君じゃ結婚できない」
「あぁ!なんでてめぇにそんな事言われなきゃなんねぇんだよ!だいたい、今回の件と結婚は関係ねぇだろ!」
「まぁまぁいいじゃないですか。今回はお互いの大切さを知れたということで」
アルベール率いる傭兵団、彼が率いるこのメンバーではいつもの日常が繰り広げられていた。セレンとカゲミツの小競り合い、それをなだめるフィナ。
アルベールの後ろで傭兵達がそんな会話をしていると、巾着袋片手に四十代ぐらいのおじさんが話しかけてきた。巾着袋からはジャリジャリと音がなっていることから、おそらくは金銭の類いであった。
「ありがとうございます。本当に、なんと礼を言っていいものか。さすが騎士様ですねー」
笑顔で巾着袋を両手で持ち、次に発する発言はまさに『これは謝礼金と言ってはなんですが』とでも言いそうな顔つきに、傭兵達は互いに顔を見合わせていた。それは驚きの表情ではなかった。
むしろ、これから起きる最悪を予期してといった感じだった。彼らは仕事柄して、こういうことがよくある。しかし、彼らは一度として感謝されたことはない。
「いやぁ、なんかわりぃんだけどよ。私ら、傭兵なんだよね」
アルベールが少女を降ろしたとほぼ同時にセレンが答えると、男性の表情が一変する。表情は引きつり、二、三歩後ずさりする。
そして、アルベールが先程助けた少女の手を急ぎ引き、アルベールから引き剥がす。男性が次に傭兵達と顔を合わせるときには、ニコやかな表情はもうどこにも存在しない。モンスターに向けた恐怖の表情がそこにあった。
「あ、そーなんですね。で……では……これで」
男性は逃げるように立ち去り、袋一杯に詰められた金銭を払うことなくあとにした。
「ったく、どこ行ってもこれかよ!逃げ回ってた騎士ばっかもてはやしやがって。決死に戦った私らには礼もなしかよ!」
「そう言うなよ。別に、感謝されるためにやってないだろ?」
「そうですよ。例え感謝されなくても、人の命を助けたことには変わりないんですから」
「お前らはいいよな、そんなポジティブで。あーやってらんない!次の国ついたら酒場の酒全部飲んでやる!」
そう、彼は傭兵。けして感謝されない存在。人は人の中で優れてそこ尊敬される。だが、人から外れた人間に芽生える感情はただ一つ。"恐怖"その一点に尽きる。
自分よりはるかに強大な存在に命をかけて立ち向かう。だからそこ騎士は畏怖と敬意を集める。しかし化け物と呼ばれる存在に対し、それと同等の力。
または、それに該当する力で戦う者は人類として扱われない。それ即ち化け物である。
人間は常識が通用しない相手に恐怖する傾向にある、その彼らが人の領分を超えた存在を認めるだろうか?答えは否だ。共に働くことも許さず、まともに交流すらできない。
その彼らがたどり着く職業は自ずと決まってくる。ここまでくれば理解していただけだろう。そう一一傭兵である。
それ故に、人類は傭兵を認めない。認められなかった。彼らが持つ人ならざる力、すなわち魔法。人類を絶滅の危機にまで追い詰めてきた存在。
その異種族(彼ら)が扱う圧倒的な力こそが魔法であり、人々は元来それらを憎み嫌ってきた。つまり、人類からはすれば彼らは人間ではなかったのだ。人類を追い詰めてきた存在そのものであった。
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